こぐまの夢
口羽龍
こぐまの夢
北海道のある山道を、1組のヒグマの親子が歩いている。子熊の名前は、りく。母熊の名前は、よしこ。去年の冬に生まれ、順調に育ってきた。春になると様々な所を歩き、よく人間の車に出くわした。だが、人間の車は見向きもせず、通り過ぎていく。ヒグマが怖いからだ。ヒグマは人を襲い、殺すこともあるという恐ろしい生き物。強くて、勝ち目はない。
今日も2頭は山道を歩いていた。この辺りは全く開発されていない山林だ。どこまでもそんな場所が続いているようだ。その先には川があり、ここでよく鮭を捕まえて食べたっけ。
「ついてきなさい」
よしこはりくを警戒していた。ここではぐれたら、もう生きて帰ってこれないかもしれない。この時期の子熊は、まだまだ母と一緒にいるべきだ。もっとしっかりと愛情を与えないと。
「はーい!」
りくは必至でついていく。だが、よしこの歩くペースは速く、追いつけない。そして、よしこの姿がどんどん小さくなっていく。このままでは置いてけぼりにされてしまう。どうしよう。
りくは走った。だが、よしこに追いつけない。よしこはだんだん距離が大きくなっていくのに気が付いていない。
やがて、りくはよしこを見失ってしまった。どこに行ったんだろう。全くわからない。りくはうずくまった。どうすればいいんだろう。お母さん、迎えに来てよ。だけど、よしこは来ない。
「おかあさーん、おかあさーん!」
りくはよしこを呼んだ。だが、よしこは来ない。もうどこか遠くに行ったんだろうか?
「どうしよう・・・。はぐれちゃった・・・」
その時、1人の男がやって来た。黒いベストに帽子をかぶっている。釣り道具を持った釣り人だ。
「ん? 人?」
男は何かに気が付いた。お母さんとはぐれた子熊だろうか? このままでは衰弱して死んでしまうかもしれない。保護しなければ。だけど、この近くに母熊がいるかもしれない。もし見つかったら、殺されるかもしれない。なかなか拾う気になれない。
「まさか、拾いに来た?」
だが、男は立ち去ってしまった。母熊がいるかもしれないという恐怖からだ。今はそっとしておこう。だけど、また来なければ。この子は放っておけない。もし、明日もいたら、動物園かクマ牧場に引き取ってもらおう。
行ってしまった男を見て、りくは寂しくなった。どうして行ってしまったんだろう。何とかしてくれると思っていたのに。
「行ってしまったのか・・・。早く助けてよ・・・」
りくは寂しそうにしていた。また、あの人が助けに来てくれないだろうか? もし来てくれなかったら、死んでしまうよ。死にたくないのに。
翌日も、りくは同じ所にいた。だが、よしこはやってこない。もうあきらめたんだろうか? 今頃、どこにいるんだろう。全くわからない。
と、そこに昨日やって来た男がまたやって来た。今度こそ保護しようというんだろうか? りくはワクワクしていた。もし、救ってくれるのなら、救ってほしいな。
「お前、大丈夫かい?」
「助けて・・・」
りくの言葉は、男にはわからない。だが、寂しそうな鳴き声で、助けてほしいとわかったようだ。
「よしよし、助けてやろう」
と、男はある場所に連絡をした。それは、ここから少し離れたところにあるクマ牧場だ。だが、りくには全くわからなかった。
「すいませーん、お母さんとはぐれた子熊がいるんですけど」
それから男は、子熊と一緒に付き添い、保護していた。それまでの間、持ってきた食料を食べていた。
しばらく待っていると、クマ牧場の職員がやって来た。彼らを見て、りくは思った。彼らは誰だろう。僕を保護しようという団体だろうか?
「こちらです」
「大丈夫かい? もう大丈夫だよ」
クマ牧場の職員はりくを抱きかかえ、クマ牧場に向かった。だが、りくには何かわからない。これからどこに連れられるんだろう。全くわからない。
車に乗せられた光景を見て、りくは思った。あれだけ大きな木があんなに小さく見える。よしこは大丈夫だろうか?
しばらく走ると、車はクマ牧場にやって来た。クマのはく製がある。ここには多くのクマがいるんだろうか? これから僕は、ここに住むんだろうか?
りくを抱えた男は、子熊の部屋にやって来た。部屋の中は温かい。まるで生まれた洞窟のようだ。
「さぁ、もう大丈夫だよ」
男はりくを離した。目の前にはミルクの入った皿がある。子熊はそれに反応した。
「ミルク!」
りくはミルクを飲み始めた。とてもお腹が空いていた。本当に嬉しい。とてもおいしい。
「おいしい!」
と、りくはよしこの事を思い出した。今頃、どうしているんだろう。こうして保護された僕をどう思っているんだろう。心配しているんだろうか? 会いたいと思っているんだろうか?
「お母さん、はぐれちゃってごめんね」
そして、夜が訪れた。夜はとても静かだ。昔はオオカミの声が聞こえたそうだが、今ではシマフクロウの鳴き声しか聞こえない。やっと安心して眠れる。そう思うと、ほっとした。
「おやすみ、お母さん」
りくは眠りについた。その中で考えるのは、よしこの事だ。とても心配だ。今頃、どうしているんだろう。
りくは夢の中で、よしこと再会した。まさか再会するとは。
「お母さん?」
「りく、よかったね。でも、あなたとはぐれてしまって、ごめんね」
よしこはりくを置いてけぼりにしたのを後悔していた。だが、後悔してももう遅い。もうりくは戻ってこないのだ。
「いいよ。ここで幸せに暮らしてるから」
りくは今の生活が幸せだと思っている。こうして人間に保護されて、幸せに暮らしているのがいい。だけど、よしこと一緒にいるのがいいな。
「なら、嬉しいわ。あなたを育てられなくて、ごめんね」
よしこはほっとした。どこかで生きているようだ。だけど、独り立ちするまで育てられなくて、申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「大丈夫。この人たちが、僕を育ててくれるから」
「よかった。これなら安心して生きられるね」
りくは笑みを浮かべた。ここなら安心して暮らせそうだ。
「うん。僕もお母さんも、頑張って生きてね」
「わかった。頑張るよ」
そろそろ帰る時間だ。悲しいけれど、ここでお別れだ。今度はいつ、夢の中で会えるんだろう。全くわからない。
「さようなら」
「さようなら」
そして、よしこは消えていった。りくは涙を流している。だけど、泣く時ではない。これから立派に成長して、子供をもうけたら、その時に涙を流そう。そうすれば、きっとよしこは喜んでくれるだろうな。
こぐまの夢 口羽龍 @ryo_kuchiba
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