第5話 これからの事はゆっくり考える
「アレがロージアンかぁ。……………雪、全く見当たらないんだけど?」
「まだ雪が降る季節には早いから」
御者席に座ってエルメオの話し相手になっていると、遠くに大きな城塞都市が見えてきた。
ぐるりと壁に囲まれ、その奥にさらに大きな城壁があるその都市の名はロージアン。ウォルテラ王国の最北端に領地を持つロージアン辺境伯の領都だ。
近くにいくつかダンジョンがあるだけでなく、都市から見てさらに北に行ったところにある山から下りてくる魔物たちの脅威に常に晒されている辺境の都市だ。
この商隊も、魔物の襲撃に会う事が増えてきているが、ここまで来ればもう大丈夫だろう。
雪はどこかとそわそわしているエルメオの話し相手になっている間に、どんどんとロージアンが近づいて来る。
十年ほど前、この街を旅立った時には一番外側を囲んでいる城壁は建築中だったけど、十年も経てば完成していて当たり前か。
近づくにつれて城壁の状態が分かるようになってきた。
明らかに新しく作り直した部分がいくつかあった。
「やっぱり危険な街なんだな」
「そうだな。南側の城壁でさえ所々壊された形跡が残っているし、北側はもっとひどいだろうな」
「やっぱ北側が危険なのか?」
「そうだな。ダンジョンから魔物が溢れ出る事さえなければ、基本的には北の山から下りてきた魔物たちが街を襲うくらいだからな。店を開くなら街の中央に近い所か、もしくは南側が良いんじゃないか?」
まあ、皆考える事は同じだから、中央も南側も人気で土地なんて余っているわけないんだけど。借りるにしても賃料もそこそこするんじゃないだろうか。
エルメオの荷物検査が結構長引きそうだったので、僕だけ先に街に入る事にした。
首から下げていた冒険者証を門番に渡し、魔道具を使って問題がないかを確認したらすんなりとは入れた。
ダンジョンも、魔物たちの領域もどちらも近いロージアンでは冒険者に対する優遇は他の街と比べると多い。
それだけ冒険者ギルドが信頼されている、という事でもあるんだと思う。
古い記憶を頼りに街の中を歩き続け、やっとの思いで到着した孤児院は、立派な建物に建て替えられていて、本当にここであっているのか自信がなかった。
立派な門の前で立ち尽くしていると、洗濯物を干していた女性が僕に気が付いて、話しかけてきた。
「もしかして、レイモンド?」
「そうですけど、どちら様ですか?」
「忘れたの!? ミッシェルだよ!」
「ミッシェル? あのミッシェル?」
ミッシェルは随分と成長していた。
当時はガリガリで、男か女か分からない見た目をしていた子どもだったけど、今は女性らしい体つきをしている。
彼女は「久しぶりね、レイモンド!」と言って抱き着いてきた。
立派に育った胸の膨らみが存在を主張している。マリアベル様よりも大きい気がする。
「随分とまあ、様変わりしたね」
建物も、ミッシェルも。
余計な言葉は呑み込んで建物に視線を向けると、彼女は「レイモンドのおかげだよ!」と笑顔を浮かべた。
「毎月仕送りしてくれてたでしょ? とんでもない金額で戸惑ったけど、お金と共に派遣されてきた人がしっかりと管理してくれて、建物も新しく立て直してくれたんだよ。それより、レイモンドこそどうしたの? 今まで顔を出さなかったのにいきなり来て」
「雇い主が亡くなってしまったからとりあえず戻ってきたんだよ」
「そう、なんだ……」
先程まで嬉しそうに笑みを浮かべていたミッシェルが何とも言えない表情をした。
「安心していいよ。仕送りというか、お金は継続して送ってもらえるそうだから」
「別にそんな事心配してない! レイモンドが、悲しそうだったからなんて言えばいいか分かんなかっただけだよ」
そう言ってミッシェルは再び僕をギュッと抱きしめてきた。
そして、背中に回された手じゃない方をそっと僕の頭に持っていき、優しく撫でた。
「素敵な人だったんだね」
「…………うん、素晴らしい人だったよ」
多くの国民に慕われていた女王様だもの。
しばらく抱き着かれたまま大人しくしていたけど、子どもたちに揶揄われたミッシェルが頬を赤くしながら洗濯物を干すように指示を出した。
素直にミッシェルの言う事を聞いて子どもたちは洗濯物を干し始める。
僕はミッシェルに連れられて、建物の中に入るとミッシェルの私室だという部屋に通された。
「……男を部屋にあげていいの?」
「他の部屋だと子どもたちの目があるからさ。それに、私の知っているレイモンドは女の子に優しいって知ってるから」
ミッシェルに座るように促された椅子に座ると、目の前にハーブティーが出された。
「この後はどうするか決めてるの?」
「いや、特には。雇い主の命令でね。自由に生きろって言われたんだけど、今まで言われるがまま働いていたから急に自由にしろって言われても、ね」
「そっか。泊まる場所は決まってるの?」
「特に決まってないよ」
「じゃあ、しばらくはここで暮らしたら? レイモンドの仕送りのおかげで運営できてるし、誰も文句言わないでしょ」
「そうかな?」
「そうだよ。文句言う奴は私が黙らせるから!」
あの気が弱かったミッシェルが、ねぇ……。
「ゆっくり暮らして、やりたい事を考えればいいよ。もし、特にやりたい事がなければお手伝いしてくれると嬉しいけど」
「そうだね。とりあえずはそうしようかな」
そうして、僕は育った孤児院で子どもたちに囲まれながら新しい生活をスタートする事にした。
これからの事は何も決まってないけど、マリアベル様に言われた通り、自由に生きて行こうと思う。
元影武者は自由に生きろと言われたので自重しない みやま たつむ @miyama_tatumu
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