第10話『悪企み』


 皇帝コルネの背後を付いて、廊下を歩くティリーナは、壁に立てかけてある絵画を眺めていた。

 どれもこれも、青い髪の女の子が描かれており、中には背中に翼が生えていたり、布だけが裸体に巻きついているような際どいものまであった。


「気になりますか?」

「え、あ、はい。なんでこんなに青い髪の女の子ばっかりなのかなって……」

「それは宗教画のようなモノでして、この国の『天使様』を描いているのです」

「天使……」

「ええ、天使パンドラ。つまりは貴女様のことをみんな描かれているのですよ」


 そういわれて、ティリーナは顔が熱くなった。

 横ではラムダとルルが笑いをこらえており、思わずティリーナはラムダの肩をひっぱたいた。


「……笑わないでよ」

「いや、すまん。恥ずかしいよな。こんな扱いされるの……くくっ」


 ジトっとラムダに睨みを利かせて、ラムダより前を歩き出す。

 ルルは「後で謝っておきなよ?」と言ってラムダの肩に乗っていた。


「なんで私ばっかりこんな思いを……」

「そう言わずに。星辰機関として、パンドラ様がどのような人となりをしているのかを後世に残さねばならなかったとは思いますので」

「そのパンドラ様っていうのはちょっと……私は、ティリーナって名前なんで」

「失礼しました。ティリーナ様」

「あの、その「様」は……まぁいいか」


 頬を掻いて困ってしまうティリーナを尻目に、応接室の扉を開けるコルネ。

 「どうぞ」とティリーナを招いて、応接用のソファの方に案内し、彼女は対面のソファに腰をかけた。


「では、改めまして。私はこの≪貿易帝国ディアノート≫の、現皇帝コルネと申します」


 コルネの銀髪を太陽が照らし、まるでクリスタルのように輝いている。

 先ほど外から見たこの城と同じような光のように見えて、ティリーナは思わず見惚れてしまう。

 しかし、軍服を着たコルネの顔は、まるで氷のように無表情で、声は優し気ではあるが、緊張感を感じさせる。

 あんまり魅入るのも失礼かと思い、視線を変えると壁に立てかけてあるモノに気が付いた。


「あれは……?」

「あぁ、あれですか」


 壁に飾ってるのは、銃だった。

 ただの銃ではない。水鉄砲のようなタンクを持つ変わった銃だった。


「超超水鉄砲?」

「そんな名前なのですね。これは≪超水銃ヴォーパル≫と言い伝えられている我が家の至宝です」

「カッコいい名前だね」


 ティリーナが「私もネーミングセンス磨かないとなぁ」とつぶやくと、コルネはティリーナの瞳を覗き込んだ。


「ティリーナ様の作品なのですよね?」

「うん。嵐の時代は、とにかく水に困らないからって、銃弾を水にして水流で攻撃することを目的に開発したんだ」

「流石の発明品ですね」

「いやぁ……想定以上に威力が出すぎるからってリザに渡してそれからだったんだけど……」

「よろしければ返還致しますが?」


 ティリーナが大丈夫と言って遠慮すると、コルネは無表情に「ではありがたく」と言って礼をした。


「で?皇帝様?俺らになんか用か?」

「私は今、ティリーナ様と話しています。控えなさい空賊」


 やり取りに退屈していたのか、ラムダがあくびをしながら問いかけ、氷点下にも達していそうな冷たい目でコルネが見下している。

 真正面から睨みあう両者に挟まれて、ティリーナはとてつもなく居心地の悪さを感じる。


「……なんか仲悪くない?」

「もー、いちいちケンカしないでよー」


 ルルが両者の間に入ると、コルネは咳払いをする。


「まずはこの国の今の状況ですが」


 手元の資料を見ながらコルネは語る。


「この都市より、200kmほど北に位置するJシェルター跡地に、統一政府の秘密工作部隊が駐留しています」

「Jシェルター!?」


 そういわれてティリーナが驚愕すると、ラムダは「知ってるのか?」と聞いてきた。

 コルネの視線が少しまた鋭くなった。


「私が時を超えてくる前に居た場所のことだよ……ここでその名前を聞くなんて」

「今はその場所が奴らに乗っ取られておりまして。我々も手を焼いているのです」

「程度は?」


 ラムダが聞くと、コルネは隣のディンに視線を向ける。


「奴等は、周辺一帯に20体以上の≪モトロイド≫を展開し、その中心には≪機動要塞アレクサンダー≫が睨みを利かせて居ます」

「……とんでもない規模だな」


 そういうと、ラムダは考えこむ。

 そんな様子を見て、ティリーナは手をあげた。


「あの、モトロイドって何ですか?」

「統一政府が有する有人兵器ロボットです。一体でも歩兵100人相当の戦力にもなります。それを20体以上ありますので我々では手が出せない状態です」

「……」


 ティリーナはカイの言葉を思い出す。

(たしか、カイがタイムリープ前にロボットがシェルターを襲撃していたって言ってたけど、そのロボットのことだよね……?)

 そんなものが現在にも存在し、兵器といて未だに運用されていることは、ティリーナにとって驚愕の出来事だった。


「で?俺らにそんな大戦争モノの兵力相手にどうしろっていうんだ。正面切れば俺だって死ぬぞ」

「分かっています。そこでティリーナ様に相談があります」

「私に?」


 ディンはティリーナの目を見て、まっすぐに伝える。


「この戦争を≪ルガル≫の力で、終わらせてください」


   ―――――――――


 ロードクリステラ城の前にある噴水広場で、ティリーナは噴水に腰をかけて溜息を吐いた。

 憂いの先には、先ほど応接室で話し合ったことが、頭の中を駆け巡っていた。


「……戦争を終わらせる……私に出来るのかなぁ」


 何度目か分からぬ溜息を吐きながら、夕方の噴水広場の景色を眺める。

 すでに昼間に居た子供連れや恋人たちの姿は少なくなっており、騎士たちが自宅に戻るために人が往来している。

 そうしてぼーっとしていると、こちらに向かって歩いてくるラムダの姿を見た。


「よっ、肉串食うか?元気出るぞ」

「ラムダ……ルルちゃんは?」

「先にアダマシアに戻るってよ。……んん!うまいなこれ」


 片手の肉串をほおばりながらラムダが噴水に座る。

 差し出してきた肉串を受け取り、ティリーナはその肉串を眺める。

 シェルターに居た頃は、肉なんてものは貴重な食材で、ティリーナにとってはご馳走だ。

 牛肉そのものジューシーな見た目と、塩コショウの香ばしい匂いが腹の虫を呼び起こす。

 ごくりと唾を飲み込んで、肉串をほおばると、じゅわっと肉汁と共に口いっぱいに旨味があふれだす。


「おいしぃ~~~~!!」

「だろ?普段は買い食いなんてしたら、エリスがぶちぎれるからなぁ」


 もくもくと食べるティリーナを見て、ラムダが微笑み、二人で夕方の噴水で肉串を頬張る。

 そうしていると、何故かティリーナは涙があふれてきた。


「どした?」

「わかんない……」

「まっ、数日で色々あったしな。色々溜め込んでたんだろ」

「そうかも」


 そういって涙を拭くと、肉串がまたすこし塩味が増したような気がした。

 勢いのままにがっついて、最後のひとかけらまで美味しく平らげると、何故か少しだけ寂しく思えた。


「はーーおいしかったーー」

「買い食いしたことはエリス達には内緒だぞ?」

「わかったよ。 ……さっきの話なんだけどさ」


 ラムダが居住まいを正しながら、横目で見つめてくる。


「≪ルガル≫のことか?あれは隠してたわけじゃないぞ」

「まさかアダマシアに乗ってたなんて思わなかったよ。って違うよ」

「じゃあ何が聞きたいんだよ」

「私、どうしたらいいと思う?」

「……。」


 ティリーナの迷う気持ちを察して、ラムダは串を手元でくるくるともてあそびながら考える。

 夕日が陰って茜色の空に染まり、星が見え始める。

 その星を見上げながら、ラムダは答えを口にした。


「やりたいことやったらいいと思うぞ」

「……やりたいこと」

「その前にやらないといけないことはあるけどな。 ……決めた」


 ラムダの顔を見ると、彼は笑っていた。

 ただ、それは純粋な笑いではなく、悪だくみのような笑顔で、ティリーナは魅入ってしまう。


「お前、今日から、空賊団の団長に任命な」






「――――――はっ?」



 ティリーナ=リスメイルは、空賊団の団長になった。




ーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上で第一章終了です。


ダラダラと長くなってしまいましたがお付き合い頂き感謝致します。

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