金メダルになった君へ

かめかめ

金メダルになった君へ

 そのノートパソコンは誕生日にやってきた。

 それまで手書きで物語を書いていた私に、姉妹が誕生日プレゼントとして贈ってくれたのだ。高性能で、かなりの値段がしたことと思う。

 この贈り物に恥じない作品を書こうと心に決めた。


 物語を書く人になろうと思ったのは小学校三年生のとき。

 国語の授業で、教科書に載っている一枚の絵から、自由に想像した物語を書くという課題があった。


 くじらの形の島が舞台で、山や森、浜辺に人や動物がたくさんいて、いろいろなことをしている。どこを切り取っても、全体を俯瞰してもいい。

 文字による自由な創作がこの世界にあることを知った。


 それから十五年、私の物語界隈はパソコンが来てから大幅に変わった。

 仕事から帰り様々な雑事を済ませると、執筆時間は二時間ほどだ。手書きでは千文字程度が限界だった。

 それがパソコンを使えば、二時間で六千字前後書けるようになった。革命だ。


 物語で賞をもらったのはパソコンが来てから半年たった頃のこと。

 絵本の原作に応募して、佳作に選ばれた。賞状をもらい、パソコンの隣に飾った。


 文章を書くことに本腰を入れたのはそれからだ。

 様々な賞に応募して、どんどん落選した。

 だけど、このパソコンがあれば私はどれだけでも書ける。

 たくさん書ける。素敵な物語がどんどん湧いてくる。


 だが、限界はやって来た。

 パソコンと出会ってから七年たった頃だ。

 寿命だ。

 パソコンはひどく熱を持つようになり、動作があまりにも遅くなった。


 その頃、勤めていた会社のパソコンは時流に乗った高性能なものだった。起動も早く、動作も早く、とにかくなにもかもがスピーディーだ。


 日中、素早いパソコンと相対して帰宅すると、とてものろのろとした我がパソコンと対話しなければならない。

 これはかなりの辛抱を必要とした。

 起動している間にイライラ。ファイルを開く時間にイライラ。保存するときにもイライラ。

 そして私は、パソコンを買い替えた。


 新しいパソコンを使いだすと、私の初代のノートパソコンはろくに動かなくなった。

 電源ボタンを押しても起動しないこともある。動いたら動いたで恐ろしく熱くなる。

 それでも私はそのパソコンを処分できなかった。


 そんなときに、東京オリンピックの開催が決定した。スポーツに興味がない私には面白くもないニュースだ。

 だが、ぽつりと耳に入った言葉にハッとした。


「都市鉱山からつくる! みんなのメダルプロジェクト」


 携帯電話やカメラなどの小型家電の金属を取り出し、精錬してオリンピックのメダルにするというプロジェクト。

 もちろん、パソコンも対象家電だった。


 このまま私の手許に置いておいても、動かなくなり重たいだけのパソコンが、金メダルになる可能性を秘めている。


 すぐにプロジェクトに参加している引き取り業者に連絡した。

 データ消去ソフトを自分でインストールして処理し、その後、パソコン本体を業者に送るという手はずだ。とても簡単で拍子抜けする。

 業者と手続きをして、バックアップを取り、データの消去を始めた。


 ソフトのインストールはあまりにも素早く終わった。

 動作が遅くなっていたパソコンなのに、実行ボタンを押すと、あっさりとソフトは動いた。


 モニター全面がクリームイエローになり、消去が何パーセント進んだのか表示される。

 10パーセントほどまではとんとんと快調だった。それから速度が落ち、1パーセントずつ数字が上がっていく。


 ものによっては一晩かかることもあると説明書にあった。明日も仕事だ、徹夜などできない。いつまでも見つめていてもしかたない、数字が変わっていくだけの画面のなにが面白いものか。

 それなのに、私はモニターから目を離すことができなかった。


 パソコンの中には私の大切な思い出がたくさん詰まっている。

 友人と夜明けまで続けたチャットのログ。プレゼントしてもらった花束の写真。個人ブログの下書きの文章。

 どれもバックアップ済みだ。次のパソコンに移し替えればいいだけのこと。


 だけど私には、このノートパソコンに詰まっている情報だけではなく、生活をともに歩んで彩ってくれた存在そのものが大切だった。


 時代遅れの分厚いモニターも、文字が擦り切れたキーボードも、画素数が低くて粗い画面も、なにもかもが私に馴染んでいた。

 私を助けてくれた。


 数字が大きくなる。数秒ごとに、1パーセントずつパソコンの命が消えていく。

 99パーセントが100パーセントになった瞬間、画面はブラックアウト。


 しばらく、動けなかった。


 七年前からクローゼットの隅に置きっぱなしだったノートパソコンの箱を取り出し、宅配の発送票を貼る。ガムテープでぐるぐる巻きにして、あとは宅配業者に渡すだけ。

 それで終わり。


 なんだか頭の中が真っ白になった気がした。パソコンはブラックアウトしたけど、私の頭はホワイトアウト。まるで吹雪だ。

 言葉にならない感情がビュンビュンと飛びすさぶ。


 ぼうっとしたまま宅配業者に箱を手渡し、その人の背中を見送った。

 しゃきしゃきと走っていく後ろ姿は、良く鍛えられたスポーツ選手のようで。


 ああ、そうだ。

 きみはメダルになるんだね。ここで終わりじゃないんだ。

 きみはこの世から消えてしまうんじゃないんだ。


 それから色々なことがあった。開催が危ぶまれた東京オリンピックもなんとか済んだ。スポーツにはまったく興味がなかったのに、いくつかの試合を見てみた。


 金・銀・銅。

 たくさんの選手が笑顔で首にかけるそのメダル。

 そこに、私の大切なパソコンがいるんです。

 いるんですよ。


 きみはどの国へ行ったのだろう。寒い国だろうか、暖かい国だろうか。きっと大切にされているだろう。一生の宝物にされているだろう。


 きみはもう、処理速度が遅いと苛立つ私に脅えることなく静かに暮らしていける。

 ただ、ときには思い出して欲しい。


 私がきみと共に書き綴った物語と、消えてしまったきみの熱を。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

金メダルになった君へ かめかめ @kamekame

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ