第4話 アタシにとっての変わらない日常


 部室に戻ったあたしだったが、その表情は暗く、深刻そのものだった。それもそのはず、親友である桐生ちゃんが不機嫌だからである。…またやっちまった。


「まずはみんなにごめんなさいは?」

「…ゴメン。」

「実ノ莉さん…。さっきグレースから話聞いてたけど、ちょっとばかり自意識が過ぎたんだと思うよ。性格的なものはすぐに直すのは難しいと思うから、意識して頑張ろう?」

「龍一君は甘いなぁ、もっとはっきり言ってもいいのに。」

「錦君…次からはみんなに相談できるように頑張る…。」

「頑張るんじゃなくてやるの。いい?」

「はい…。」


 やばい、錦君の当り障りのない言い回しが逆に心に痛い。


「…で、先生のところ行ってどうだった?パソコン何とかなりそう?」

「ううん…。実はいいところまでは行ったんだ。たまたま居合わせた番長と決闘する代わりに、あたしが勝てばパソコン買ってくれるって約束までしてくれた。」

「そうなの?だったら実ノ莉ちゃんの方が強いからパソコンゲットだね!」

「そうなんだけど…その約束をあたしは断った。」

「え?なんで?」

「…もし、あたしが負けたら部活動は解散、廃部にするって言われた。」

「…。」

「皆ごめん…。あたしはこの部を廃部にしたくない…、ここは先輩たちが守り続けてきた場所だし、これからもみんなの居場所になるから…あたしの勝手でみんなに取り返しのつかない迷惑を掛けたくないし…。…我儘のせいでパソコン貰えるチャンス潰しちゃって…ゴメン。」

「…はぁ、よかった。」

「うん、そうだね。」

「…はぃ?」

「パソコンは残念だけど、そこで踏みとどまった実ノ莉は正解だと思う。逆に引き受けてたらマジで殴ってたかもしれないわ。勝手に一人で突っ走ってふざけんなってね。みんなの部活動なんだから、もっと私たちに相談しなさいよ。さ、切り替えて次の案を考えましょう?」

「って言っても僕たちが考えられるものはほとんど出し切っちゃったんだけどね。実ノ莉さんがいない間に駄目だった時の事も考えて三人で話し合ってたんだ。これが代替え案のリスト。最終決定は部長が決めないとね。どれがいい?」

「みんな…ありがとう。」

「あ、でもさっきの行動は本当に反省して頂戴。ぶり返して悪いけど、十分に迷惑かけてるから。」

「…うん。ありがとう桐生ちゃん!」

「その調子、よし!切り替え切り替え!」


 持つべきものは友人だ。なんやかんやいつもあたしの事を助けてくれる。さぁ話の続きを…と思った瞬間、下校のチャイムが鳴ってしまった。


「…間が悪いなぁ。」

「じゃぁこの続きは来週にしようか。」

「そうね、今すぐどうこうって事でもないし。」

「なら今日は解散っ。みんなお疲れー。美樹、帰るぞ。」

「…あ、うん。あ。」

「?」

「実ノ莉ちゃんゴメン!私、教務棟に用があるの忘れてた。」

「また…。どれくらいかかる?」

「今日はいいよ!先に帰ってて!」

「うーん?うん。りょーかい。」


 何を思い出したのか、美樹は早々に部室から立ち去ってしまった。


「私達も帰ろ龍一君。」

「うん。」

「二人はこの後、放課後デートすんの?」

「あー、それはしたいけど…。」

「したいの!?」

「うーん…僕の家門限があるからさ、なかなか厳しいんだよね。」

「そ、そっか…。」

「おやおや?残念そうな顔してますな。」

「え、嘘。そんな顔してたかしら!?」

「嘘言っても仕方ないだろ?」

「グレースの家まで送るくらいは大丈夫だと思うから、途中まで一緒に帰ろ?それでもいい?」

「…うん!じ、じゃぁ龍一君、いこっか。」

「それじゃ実ノ莉さん、また来週。」

「うぃー。」


 二人が仲睦まじく退室していく。


 …うーん、なんか面白くないなぁ。一昨日錦君が入部して、昨日錦君の役割と部室を整理して、今日活動方針決める会議して…ん?そういえば二人の呼び合い変わってたような?


 龍一君とグレース。


 …おっとあたしとしたことが、こんなネタを拾い忘れるなんてどうかしてるぜ。まいっか、今日はそんな雰囲気じゃなかったし。にしても二人とも距離詰めるの早いなー。これが相愛の関係ってやつか?




 一人ってのも久しぶりだな。いつもだったら美樹か桐生ちゃんが寮まで一緒に付いて来てくれてたから、こうやって何か考え事しながら街の風景を見る事もなかった。あんまり考えたことなかったけど、この街ってどうやって成り立って行ったんだろうか?高いビルが立ち並び、たくさんの車が走っている。人込みは常に多く、老若男女が入り乱れ、時折簡単な魔法や魔術を使って相手を喜ばせたりしている家族連れやカップルが見受けられた。


 一歩間違えれば人を傷つけるかもしれないのに、何を考えてるんだあの人たちは。違うか。他人のどうこうまで考えられないんだ。自分たちさえ楽しければいい。今さえよければそれで幸せ。だから平気で魔法や魔術を街中で使う。確かに第三種魔術は一般利用が認められているし、七等位魔法は一般魔法として生活に馴染んでいる。それでも魔法や魔術が暴走して、四等位魔法レベルの威力を発揮してしまう事もあるようだった。


 魔法は嫌いだ。


 あんな思いは二度とごめんだ。


 …。


 唐突に聞こえて来た子供の泣き声にあたしはその発生源に目を向ける。街路樹の上を指さしながら親だろう男の人に訴えかけている。…有翼人種か。不便だよな。亜族として生まれて羽を持っているのに、風の魔法が無ければ飛べもしない。飛べる鳥だったらあの高さの木の上に引っ掛かった風船を取れるのに。周りの人たちは見て見ぬふり、我関せずを決め込んでその親子へ憐みの目線を向けている。


 魔法は嫌いだ。


 あの風船くらい簡単に潰せてしまう。


 それくらい危険なあたしの魔法。


「…っち。」


 あたしは瞬間的に魔法を発動して高く跳躍した。それでもちょっと足りなかったので、空中を蹴ってもう一段階跳躍する。風船を割らないように自身の身体を中空に固定し、枝に絡まった持ち手の糸を解き、ゆっくりと地上へ戻った。


「おい、もう離すんじゃないぞ。」

「すいません、ありがとうございます!ほら、お姉さんにありがとうして。」

「…お姉ちゃん、水色パンツ!」

「…!!!」

「こらっ!!すいません!娘が失礼な事を…!」

「あー…その、別に気にしてないんで。子供なんてそんなもんだし。」


 女の子は父親の後ろにこちらを覗いている。


「謝りなさい。ごめんなさいは?」

「…。」

「大丈夫ですよ。別に自己満足の為にやっただけなんで。」


 あたしはそのままその場を離れる。あの娘があたし向けたあの目は、魔法を怖がっている目だ。あたしはよく知っている。だったら早く離れた方がいい。


 ちらっと振り向くと、空の方から母親らしき有翼の女性が下りて来た。風の魔法を使い空からやって来たっぽい。…なんだ、ほかっておいても風船は取れたのか。しかし、あの娘は母親に近づこうとしない。やっぱり魔法が怖いんだな。


 夕暮れの街中を散策しながら帰路に就く。線路を一本挟んで線路下を抜けると、そこからは一気に住宅街の面持ちへと変化する。特になにかお店があるわけでもなく、すれ違う人も黙々と帰宅に向けて歩く人がほとんどだ。


 寮に着いたあたしは、早々に自室へ戻りベットダイブする。夕食まで時間がまだ少しあるため携帯端末を開き、ネットサーフィンをして時間を潰す事にした。


「…理想と現実って時に残酷だよなぁ。」


 とある海外の違法サイトを覗き見しながら自らの胸を揉んでみる。…うん、全然気持ちよくない。これはきっと男の妄想から生まれた描写なんだろうと思う。こうであってほしい、こうであれば共感性が生まれ相愛となる。雰囲気やムードも大事なんだろうが、にしても喘ぐほどではない。けれどあたしが将来目指したいものの為にも、なぜ気持ちが良いと感じるのか理解しないといけない。リンパ開発がうんぬんかんぬんとか書いてあるサイトを見たことあるが、そもそもリンパが何なのかもよく分からないし、くすぐったいだけで腕や腿を触られているのと何ら変わらない。


「…。…着替えよ。」


 とりあえず制服が皺になるので、頃合いを見計らって着替えることにした。ジャージズボンに厚手のTシャツ、パーカーを羽織り前チャックは胸部下で止める。全部閉めるとパーカーが伸びるからな…。過去に無理して前を全閉めしたら苦しくなって呼吸不全を起こしたことがあった。じゃぁなんで途中までジッパーを上げるのかって?そりゃそうしないとウェストがダボダボになって太って見えるからだし。胸に合わせてでかいサイズを着るのも裾や袖がひらひらして気持ち悪い。これが一番楽なの。


 着替え終わったあたしは部屋のPCの電源を入れ、イラスト練習用にインストールした無料のアプリを立ち上げる。何もない白い画面、お小遣いを貯めて買った安物のペンタブを使い、そこに線を入れながら人の形を創っていく。


「あぁ!駄目だっ!…。はぁ…。…描けない…。」


 中学の頃から三年、イラストを描く練習は週3ペース以上で続けてきた。しかし、あたしは今スランプに陥っている。


「…っち。」


 これもすべてこの身体カラダが悪い。練習し始めたころは人の身体を描く事に慣れず、どこかバランスの崩れた等身になっていた。ある日ココさんからアドバイスをもらって以来、それを実践し続けた結果、人を描くのは上手くなったと思う。しかしその弊害が…これだ。


「貧乳ってどう書けばいいし…。」


 自分を撮影して模写、ポーズをとって模写。服を着替えて模写。


 …そうしているうちに、筆が勝手に巨乳キャラを描くようになってしまった。後から修正すればいいと思って乳を消して線を入れるのだが、なんていうか変な所に線を入れてしまい、肩から腰のライン、肋骨と腹のバランス、脇のライン等が上手く纏まらないのだ。かと言ってストンと線を入れると男子みたいな体つきになってしまう。あの絶妙なちっぱい加減を表現するのにどうしたらいいのだろうか...!顔は文句なく可愛いのになぜ…。


 ___コンコンコン。


 ノックが三回鳴り、そのあと扉の向こうから声が掛かった。


『実ノ莉ちゃん、いるー?』

「なにー?」

『ご飯食べに行こー?今日カレーの日だよ!』

「何カレー?」

『わかんない。いつもの感じじゃない?』

「んー。」


 PCをスリープモードにして部屋を出ると、学校から帰って来た美樹が嬉しそうに待っていた。


「なんでそんなに機嫌良いんだよ…。」

「だってカレーだよ!嬉しくない?」

「中学生男子かて。」

「カレーはすごいんだよ!何を入れても全部カレー味になっておいしいんだよ!」

「はいはい。」

「…実ノ莉ちゃんはなんで元気ないの?」

「なんだっていいし。」

「えー、言ったら少しは気分良くなるかもだよ?姉妹なんだし試しに…ね?」

「…っち。」


 美樹はあたしをイラつかせる天才だ。今あたしが欲しくない言葉トップスリーをピンポイントで踏み抜いて来る。


「…。」

「…?」


 美樹を置いて食堂へ向かう。美樹の方を見てないのでどんな表情をしてるか分からないが、興味もないしどうでもいい。ただ付いて来てることだけは気配で察している。


 廊下に漏れるカレーのにおいが食欲を刺激する。


「…あ。」


 既に食堂でカレーにがっつく男子達の皿を見て、少しテンションが上がった。


 一般の家庭では入れる事のないであろう量増し用の具材。だがあたしはその具材がカレーに入ってるのが一番好きだった。


「あ、実ノ莉ちゃん嬉しそう。」

「喜んで悪いか。」

「ううん、実ノ莉ちゃんの機嫌がよくなって私も嬉しい!やっぱりカレーはすごいね!」

「どんだけカレー好きなんだよ美樹は…。」

「食べ物の中で宇宙一好き!」

「知ってる。」


 基本的に配膳はセルフでする。今日はカレーなので好きなだけよそいでもだれも文句を言わない。カレーに限ってはいつも余るほど作るからな綾さんは。そうして適当な席に座り、夕飯を頂く事にした。


「いただきまーす!」

「いただきます。」




 カレー。

 きっと独り立ちしても作るであろう___


 ___あたしにとっての母の味である。







 


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