筋肉大好きな聖女と隠れマッチョな呪われた王弟殿下

かのん(飛び犬のアイコンの女)

短編

 聖女とは清く正しく美しく。一輪の花のようでなければならない。


 そう思って生きてきた私の性癖はだいぶ歪んでいた。


「はぁはぁはぁ……っく、禁断症状がっ……だめよ。耐えるのよ」


 私は王城に呼ばれて向かう途中、騎士団の練習風景が目に入り、一度物陰に隠れると深呼吸を繰り返していた。


「煩悩よ、煩悩よされ! っく……はぁはぁ。よし、出来るだけ見ないように!」


 私は出来るだけ騎士団の美しい筋肉美を見たいけれど聖女としての威厳が保てそうにないので見ないように移動すると、謁見の間へと入り、国王陛下が来るのを待った。


 聖女とは傷を癒し呪いを解く能力を有する者であり、神殿にて保護され、王城から命じられる仕事を担っている。


 外の世界のような自由はないけれど、清らかな生活と自然と共に生きる道を歩める。


 私は謁見の間の天窓から雲が流れていくのを静かに見つめながら、小さく息をついた。


 雲がゆっくりと流れるように、時間も共に流れていく。


 聖女の生活とはそれと似ている。ゆっくりと穏やかであるが、確実に時間は進んでおり、一日が終わると適度な疲労と、寝たらまた明日が始まるのかという気持ちを抱く。


 聖女がその任を降りるのは、力を失った時か、嫁入りした時である。


 貴族出身の聖女はおおよそ十代で嫁に行くけれど私は平民であり、現在聖女の中で最も力がある為、未だそうした縁談話が出てこない。


 平民であっても聖女としての責任を全うすれば縁組はしてもらえるので、私はその順番待ちといったところである。


 ただ、すでに私は二十五歳。そろそろ本気で縁組させてもらえないだろうかという気がしている。


 これ以上行くと、嫁にもらってくれるところが無くなる気がするのだけれど。


 女性の生きがいは結婚することだけではないという人もいるけれど、今のこの国の現状的にはそれは夢のまた夢である。


 それに何より、私は温かな家庭に憧れを持ち、子どもが好きだから、いつかは結婚したいと思っている。


 出来れば、筋肉ムキムキの人がいい。


 厚い胸板に抱きしめられたいという妄想をしてしまうのだけれど、聖女である私がそんな煩悩まみれだと知られては印象が悪くなるのでずっと隠している。


 聖女の縁組は何人かの中から候補が選ばれ、そして最終愛称を見て結婚が決められるので、その中で最もマッチョで優しい人を選ぼうと決めている。


 その時、国王陛下が現れ、私は頭を深々と下げて声がかかるのを待っていると、大きなため息がまず聞こえた。


 それからゆっくりとした口調で国王陛下は話始められた。


「聖女ユーリーンよ。そなたに頼みがあるのだ。どうか話を聞いてほしい」


 こういう時の国王陛下は話が長いので、どうしてもっと短くぎゅっとまとめられないのだろうかといつも思う。


 恐らくちゃんとまとめておけば十分かからない内容なのだ。それなのに結局一時間以上かかってしまい、私は馬車の中でげんなりとしていた。


「はぁ……疲れた」


 しかもこれで終わりではないのである。


 国王陛下の願いは年の離れた王弟であるウィリアム・ロード様が隣国訪問中に呪いを受けたようで、それを内々に癒してほしいというものであった。


 ウィリアム様といえば、現在公爵位を国王陛下より賜っており、かなりの美丈夫であると有名だ。


 ただ、私からしてみれば体の線が細いような感じがして好みの筋肉ではなかった。


 しかもすぐにでも現状を見て、出来るだけ早い処置を頼むと公爵家へこれからしばらくの間泊まり込みに決まったのである。


 どうやらすでに神殿に根回しはされていたようで、荷物なども神殿から公爵家へとすでに送られているとのことであった。


 神殿が恋しいわけではないけれど、やはり貴族様のお屋敷に行くというのには緊張するものだ。


 公爵家に到着すると、すぐに執事長と使用人一同が丁寧に出迎えてくれた。公爵様は部屋で療養中とのことであり、私は執事に案内されてさっそく公爵様の様子を見ることにした。


 さすがは公爵家。家のつくりは豪華絢爛であり、天井がこれでもかっていうくらいに高い。


 そして廊下のマットですらふわふわで踏み心地が抜群なのである。


「こちらでございます。今はお休みになっておりますが……誰も入るなと仰せつかっておりまして、国王陛下からもそのように仰せつかっております」


「ここに入って何日目ですか?」


「隣国より帰ってこられたのが三日前、そして問題が起こり始めたのが二日前でしてそれ以降お姿は見ておりません。手紙のみを扉の隙間から受け取り、それを国王陛下へとお渡しした形となります」


「なるほど。わかりました。では私は中へ入りますが、どのようなモノ音が聞こえようとも入らずにいて結構ですので」


「どうか公爵様をよろしくお願いいたします」


 執事長は深々と頭をさげた。おそらくはそのまま外に待機するのであろう。


 私は呼吸を整えると一度ノックしてから部屋へと入った。


 部屋の中は真っ暗であり、かすかに息遣いと小さなうなり声が聞こえた。


 部屋の中でかなり暴れまわったのであろう。足元には物が散乱しており、私はかすかに部屋に入り込んできていた明かりを頼りにベッドの方へと足を進めた。


 ベッドの上でうずくまっている人影が見え、私は声をかけた。


「ごきげんよう。聖女のユーリーンと申します。国王陛下の命により、内密にここに呪いを解きにまいりました。体を見せていただけますか?」


「っはぁ……聖女? あぁ。兄上か。……っく。この醜い体を見せろと?」


「はい。呪いを見なければ対処の使用がありません」


「……わかった」


「少しだけ、カーテンを開けますね」


「っ。あぁ……」


 私はカーテンを少しだけ開けると、部屋に明かりを入れた。


 ベッドの上には毛布をかぶった状態のウィリアム様がおり、私は小さく呼吸を整えると、ベッドのふちにこしかけて話しかけた。


「大丈夫です。ここで見たことは、他言いたしません」


「はぁ。分かった。っく……見ても、笑わないでくれ」


「はい」


 毛布を脱ぎ去ったウィリアム様の頭には、なんと可愛らしいうさぎのお耳が二つ、そしてお尻の所にはふわふわのしっぽ。そして手は可愛らしいもふもふの手に変化していた。


 私はぐっと笑うのを堪えると言った。


「すみませんが、呪いの全容を確認するために、全身の衣服を脱いでください。大丈夫です。これまでも異性の全裸は見慣れております。よろしくお願いいたします」


「っは⁉ 全裸だと⁉ なななな何を破廉恥な!」


「……公爵閣下、これは治療です。治療に破廉恥も何もありません」


「だだだだだが、君のように美しいうら若き乙女に、俺のような……男の体を見せるのはっ」


「大丈夫です。私にも好みがございます」


「なんだと⁉ 俺の体が好みでないと考えていると⁉」


 私は一体何の話をしているのだろうかと思いながらも、冷静な口調で答えた。


「私の好みはマッチョです。筋肉が好きなのです。ですから」


「聖女殿。もしや君は俺がマッチ棒のような体だとでも考えているのか?」


「……」


 そうですとは言えずに、私は何といえば全裸になるのであろうかとため息をつきたくなるのをぐっと堪えた時であった。


 ウィリアム様はベッドの上で立ち上がると、勢いよく来ていたガウンを脱ぎ捨てた。


 おぉ、やっと決意を固めたのかと思って私はその体を見つめた。


 その瞬間、胸が、一気に苦しくなるのを感じた。


 洋服の下に隠れていたウィリアム様の体はマッチ棒ではなかった。


 鍛え抜かれた体は騎士団の屈強な男達にも負けない作りをしており、しっかりと腹筋も割れている。


 私は口元を抑えて、必死に自分の揺れる心を押さえつけた。


 我慢よ。我慢よ! 貴方は聖女でしょう。ウィリアム様がマッチ棒ではなく隠れマッチョであったことを知ったからって、うっとりしてはダメ。


 うっとりしていてはウィリアム様に不審がられて、呪いを解呪させてもらえないかもしれないわ。


「俺はマッチ棒ではないぞ。男子たるもの鍛えるのは当たり前。わかったか」


「はい。申し訳ありません。大変眼福、いえ、良質な筋肉、いえ大好き……はい。では解呪の為に体を確認させていただきますので、ベッドに横になってください」


「……空耳か?……わかった」


 恐らくそこでウィリアム様も、冷静になり始めたのであろう。静かに恥ずかしそうに唇を噛むと、うつぶせになってしまった。


 私はウィリアム様がうつぶせになったことをいいことに、じっくりとその体を見つめた。


 やましい気持ちがないと言えば嘘になるけれど、呪いの状態を把握するためには必要なことである。


 背中の背筋もしっかりと着いており、腕、背中、腰、足に至るまで、美しく鍛え上げられている。


 私は首を横に振り、目に聖力を集中させると呪いを見つめ、そして手を翳した。


「これは、どういうふうに呪われたのですか?」


「……隣国にて酒場で飲んでいたのだが、そこに魔女がいたのだ。一晩夜伽を乞われたが断ったところ、こうなった」


 何とも理不尽な魔女だと思いながらも、なるほど魔女の呪いだからこうもこんがらがって解きにくいのかと私は小さくため息をついた。


「これは中々に厄介な呪いですね。ですが、解けないわけではありません」


「本当か⁉ 聖女殿、本当か⁉」


 ガバリと起き上がり、私の両手を握ってくるウィリアム様に、私はどきりとしながらも、平静を装ってうなずいた。


「え。えぇ。もちろんです。ですが、一回では難しそうなので、時間はしばらくかかりそうです」


「どのくらいだろうか?」


「そうですね。一か月もあれば、大丈夫かと思います」


「一か月⁉ あの、できれば、もう少し早めることはできないものか? 王城で任されている仕事もあるのだ」


 たしかにうさ耳をはやしたまま仕事をすることは難しいかもしれない。呪い体に他に悪影響をもたらさないとも限らない。


 私は少し考えると、覚悟を決めて言った。


「最終手段を使えば、一週間で、可能です」


「出来るのか⁉ では、それで頼みたい!」


 私は、じっと少し考えて、小さく息を吐いてから、顔をあげてウィリアム様を見た。


「……接触が必要不可欠ですが、大丈夫ですか?」


「接触?」


「はい。体に直接触れて、呪いを体から私の体へと移していきます」


 その言葉にウィリアム様は首をかしげると尋ねてきた。


「……聖女殿の体に? それは聖女殿は大丈夫なのか?」


「大丈夫です。体の中に一時的に呪いは残りますが、体の中であれば時間をかけて解呪していけますので問題ありません。問題は接触するという行為です。直接的な言葉で言うと、接吻をした状態で、体を抱きしめるようにピタリと合わせ、それを毎日一週間行います」


「なっ⁉」


 顔を真っ赤に染め上げていくウィリアム様に、初心な人なのだなと私は思った。


 確か私よりも二つほど年上だったと思うけれど、隠れマッチョにかわいい一面など、私の好みにぴったりすぎて、困ってしまう。


 公爵様なんて恋をしたところで自分が恋人になれるわけでもない相手である。


 不毛な恋はしたくはない。


 けれどそれ以外に解呪の為に短縮する方法もない。


 ウィリアム様はうさぎの耳を項垂れる。


「……聖女殿にそのような無体を……しかし、俺は王城での仕事も担っている為、滞らせるわけにはいかないのだ。……呪われた状態では安全上王城内に入って仕事をすることが叶わない……」


 葛藤するウィリアム様に、私は小さく息を吐くと、ウィリアム様が罪悪感を抱かないようにと笑顔で告げた。


「私は大丈夫です。ウィリアム様のその肉体を堪能させてもらいますから」


 罪悪感を払しょくさせる為にそう告げたのに、若干ウィリアム様が引いたような視線をこちらへと向けたのが解せない。


「……本当に申し訳ないのだが、よろしく頼む、聖女殿」


 私は恭しく一礼をして頷いた。


「かしこまりました。では、今日から始めさせていただきます。ベッドの上に横になってください」


「ベッド⁉ い、いやそれは、まずいのでは」


「え? では、ソファにいたしますか?」


「あ、いや、うむ」


 出来るだけ密着をして触れている面積を多くし、その状態で聖力を注ぎ込みたいのだけれどと思いながら、ウィリアム様がソファに座り、私は失礼と告げて、その上へとまたがると体を密着させた。


 ウィリアム様が小さくうめき声を漏らすのが聞こえた。


「不快かもしれませんが、我慢してくださいませ」


「不快ではない。むしろ……なんでもない。よろしく頼む」


「かしこまりました」


 私は目をぎゅっとつぶっているウィリアム様を見つめ、整った顔の美丈夫がこのように美しい筋肉を持っているなんてと思いながら、そっと口づけをした。


 密着した箇所が熱を帯び始め、体の中の呪いが自分の方へと移ってくるのが分かる。


「んっ……っふ……」


 唇の端から、ウィリアム様の何とも言えない艶めかしい声が漏れ、私は煩悩を打ち消すように必死になるほかない。


 呪いを解くまで一週間。


 私は自分の煩悩に打ち勝つことが出来るのだろうかと、そう、悩ましく思ったのであった。



 そして一週間後、ウィリアム様の呪いを全て体内に取り込んだ私の頭には可愛らしい耳が、そしてお尻にはふわふわのしっぽが生えていた。


 結局この呪いを体内で解呪するまでの間は、この屋敷に留まる予定である。


 そんな私を見てウィリアム様は決意したように口を開いた。


「結婚しよう」


「は?」


 この一週間でウィリアム様に惹かれていた私は嬉しいような、この人、もしかしてケモ耳フェチなのかな? と疑惑を抱いたのであった。


 ただ、筋肉フェチの私からしてみれば最高の結婚相手であることに間違いはない。


「喜んで!」


 これから毎日筋肉を拝んで生活が出来るのかと思うと、私の胸は高鳴ったのであった。




★★★★


 読んで下さりありがとうございました!(●´ω`●)

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