第55話 用心って大切

 コジッハという小さな港町に停泊する事になった。

 場所はゾーシヤアの端にある小さな港町でそこで最初の補給作業を行うそうだ。


「はぁ…はぁ……。やっと着いたの……」

「そうだな…」

「良かったな。お前らだいぶ参っていたもんなぁ」

「まぁね。まさか長時間の船の上で揺らされるとこんなに酔うもんだなんて思ってもみなかった」

「本当…。以前、国外に出た時は“こんな事”にはならなかったのに…」

「はっは!まぁ、しゃーねーな。船長が魔具による制御を止めて昔ながらの航行に切り替えたかんな。そら、慣れてねーなら酔っちまうわなぁ」


 現在、海賊船は魔具による制御を止めて帆に風を受けて航行する一般的な航海方法にシフトしている。

 この世界で発展してきた“魔法を基本とした技術体系”は、前世における科学を基本とした技術体系では成し得ない効果を発揮している。

 この船の場合は、進行・加速から姿勢制御、外敵からの結界による防御、大砲の様な攻撃用魔具、そして船酔いや感染病等の軽減、体調の制御や回復効果等、多岐にわたる。

 だが、勿論の事。それらを無限に使える訳では無く『魔力』と言う。この世界特有の『燃料』が必要になる。

 船を動かす為の魔力は、前世の燃料同様に備蓄されているのだが、勿論使えば使うだけ消費する。

 常に防御用の結界は張り続けなければならない為、その他にも魔力を回し続けては備蓄されている魔力の枯渇が早まってしまう。

 海上での長旅故に船の魔力枯渇は“死活問題”になる。故に結界以外の魔力消費を止めて運行する省エネ運行が基本となってくる。

 当然、船の姿勢制御や体調を整えておく魔具は停止対象となり、止められた結果、俺とウヨジィは船の揺れに耐えられなくなり船酔いする羽目になった。

 他の連中は流石に慣れてるらしく余裕綽々、勿論ンサヤイバリも何の問題も無い。

 魔具を使わない船旅に慣れてない2人だけが体調を崩していた。

 あまりにも辛い為に魔力の備蓄魔具に魔力を提供するから姿勢制御なり、体調管理の魔具だけでも常時使って欲しいと願い出たのだが。補充自体は歓迎はされたのだが、俺の魔力を放出する【門】が小さ過ぎて補充スピードが非常に遅いらしく、備蓄魔具の仕様が補充と放出を同時に出来ない作りの為、余りにも効率が悪いとの事で採用されなかった。

 備蓄魔具を通さずに各魔具に直接魔力を流す案も出したが、普段と違う使い方をする事で各魔具に不具合が発生してしまう可能性があるとコレも却下されてしまった。

 船酔いになった俺とウヨジィは一般的な船酔い対策を試してみるもあまり効果が無く、船酔い対策の薬等も殆ど無かったので、今後の事も考えて次に寄るだろう港町で買い込む事にする。

 そんなこんなでグダッとしているうちに、第一の目的地コジッハに着いた。


「薬屋は何処に…」

「んな気の利いた店なんてあったっけなぁ?」

「港町なんだから、船酔いの薬なり対応する魔具なら何処かしらにあると思うけれど」

「この町にゃ詳しくねーからよ。取り敢えず宿兼ギルドはあるってのは知ってんぜ」

「ま、分からん事は一度ギルドで聞くのが早そうだな」


 コジッハの港に入る為の海門に近づくと門番から入港を止められてしまった。

 他にも入港待ちの船がチラホラある。中にはコジッハの壁外警備船もある感じだ。


「どうした?俺らは、ちゃんと入港許可申請済みの筈だが?」

「すまんな。今、ギルドの方で“何か”起きてるみたいで連絡がつかんのよ。照会が出来んから門を開けるわけにはいかん」

「おいおい!俺らまで中に入れんのか?この町の冒険者だぞ?顔で分かるだろ!」

「そりゃ、お前らの事は分かっちゃいるがよ。ソレとコレは別だからよ!」


 門番と入り待ちの連中がやいのやいのと騒いでいる。

 どうやら“ちゃんとした町”では門をくぐるのにギルドにお伺いを立てて確認するのがスジらしい。ちゃんとしてる。俺が数年前までやっていた門番は命懸けだったが、所詮は『ごっこ』だったのだと思い知る。

 門をくぐる時の検閲作業は、獣の国の王都ルマニアでも勿論あった。厳重なのは王都だからだと思っていたのだが、雰囲気が田舎っぽい小さな町でもギルドを介した確認作業を行うシステムが確立されてる事を鑑みるに、ちゃんと整備されてる場所かどうかと言う事らしい。ギルドも無ければまともな人物を門番として雇う事も出来ない故郷の村は大分“まとも”では無かったらしい。

 そう言えば、獣の国で一年ぐらい過ごした獣人の村には門番はいてもギルドが無かったので、出入り時の照会作業なんて無かった。

 何はともあれコジッハのギルドで起きている「何か」がどうにかならない限り、門の前で立ち往生確定なのは確か、動けないのならば今のうちにやっておくべき事がある。


「クッフ船長!どうせ直ぐには動けなさそうだし、街に入れたら魔力も補充するんだろ?なら回復魔具を使わせてくれない」

「あ?そら駄目だ。確かに目の前にコジッハはあるから魔力が無くなっても直ぐ補充出来るかもしれねぇ。だが中には入れねぇ、もしかしたら開かねー可能性だってある。その場合にゃこのまま別の港町やら何処かやらに移動する事も視野に入れておかなきゃならねぇ。だから確実に魔力の補充ができると確認出来るまでは魔力消費は抑えなきゃならねぇ」

「ケチねぇ。2人の体調を治すだけなら、そこまで魔力も消費しないでしょうに」

「残念だな嬢ちゃん。いざって時がいつ来るのかわかんねーのが海の上だ。どんな時でも最悪を考慮して対応するのが定石ってやつなのよね。あきらめな」


 無情な事である。とは言え村の近くで波も穏やかなので船酔いが悪化する状況でも無し、気持ち悪いが吐き気が来るほどでも無い。ウヨジィと共に隅にでも座って待つとしよう。

 果たしてコッジハのギルドでは何が起こっているのだろう?



◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 トヒイ達がコジッハに着く少し前。

 コジッハ冒険者ギルド兼宿屋・一階ギルドカウンターにて、ギルドの職員と冒険者3人に雁字搦めの囚われた賞金首がいた。


 「懸賞金2000ルヤリ。『ルワコ=ソコソ』で間違いない。お前さんらの実力で良く捕まえられたな」

「あれ?そういう事、言っちゃう!こちとら冒険者初めて6年目のベテランだっての!」

「ベテランと言うにゃ6年目は微妙だろ…せめて二桁超えてからベテラン名乗れ。だが、ルワコの様な賞金首を捕まえる事が出来たんだから実力は確かなもんだな」

「は!だろう!オレらはやる時はやるデェベテランさんよ!!」

「そうだぜ!ガッチガチに情報収集して対抗策を念入りに準備、機を逃さず型にはめてやったんだ」

「流石にそんじょそこらの冒険者にゃー、ここまで用意周到に事は進められんと思うわ」

「いい仲間チームだ。今後も宜しく頼む。では賞金首の引き取りと懸賞金の支払いの為にライセンスを出してくれ」

「おうよ!」


 冒険者達のリーダー格の人物がライセンスを渡すと受け取ったギルド職員が専用魔具の上にライセンスを置いて処理を始める。その作業を始めるとカウンターの奥から2人のギルド職員が賞金首を引き取る為に出てきた。

 冒険者の1人も魔法と魔具で雁字搦めにして捕らえている賞金首を差し出そうと動いたところで“異変”に気がついた。

 拘束具が一部外れていた。


「本当に“用意周到に準備した甲斐があった”」


 バギンと賞金首ルワコの拘束具が外れ、拘束魔法が解除された。

 同時に目の前の冒険者に一撃をくらわせて殺害、その死体を出てきたギルド職員にぶつける様に吹き飛ばし、異変に気付き振り向いた冒険者のリーダー格に振り向ききる前に攻撃を加えて殺害、咄嗟に反撃魔法を放とうとした冒険者に発動前に蹴りを加えて吹き飛ばし攻撃を無効化する。

 立ち上がり態勢を直そうとしているギルド職員が反応する前に一撃を喰らわし殺害。

 流れる様にカウンター越しに向こう側のギルド職員に攻撃を加えようとするもカウンターに設置されていただろう結界魔具が作動し阻まれる。


「流石に防がれるか」

「何で動ける!!」

「別に“最初から捕まってなどいなかった”だけだ」

「な…」

「さてと」


 解き放たれた賞金首ルワコがギルド内を見渡すと何人かの冒険者が警戒する様に構えていた。

 冒険者の人数は8人だったが、誰もルワコに攻撃を仕掛けられずにいた。

 8対1、戦えるギルド職員を入れればもっと対立数が増え、明らかに多勢に無勢でルワコの圧倒的不利関わらず、不意打ちとは言えコッジハで1番の実力をもっていた冒険者やギルド職員を一撃で仕留めていく実力を目の当たりし、実力差を理解し攻めあぐねている状態となっていた。


「何だ?揃いも揃って棒立ちか?だがまぁ、コイツら程度がこのギルドで1番の実力者ってんなら、かかっては来れないわな」


 ゴツっと死体になった冒険者を軽く蹴飛ばすとグキョリと首が普通ではあり得ない角度に曲がった。周りで固まっている冒険者達はソレを見て身を固くする。


「貴様は何が“目的”でこんな事をする?」


 カウンター越しにギルド職員が聞いた。


「目的ねぇ…。聡明な、お前らなら分かってんじゃねーのか?」

「皆目見当も付かんが…」

「へーそうかい。それなら、そう言う事でも構わねーぜ。別にどうでも良い事だしな」

「教えろ!何が目的だ」

「【ドーコレクッシカアの真書】」

「は?何を…」

「ドーコレクッシカアの真書が必要なんだよ」

「そんな物を貴様が求めて何になる?『世界教』の経典だぞ?こんな所で暴れても手に入るような物ではないぞ?」

「そらそうだな。普通のギルドなら意味なんてねーだろうさ。だがこのギルドは…と言うか「ギルド長」はちょいと違うだろ?」


 ルワコは天井を指差し不敵に笑う。


「長年生きてる。ここのギルド長は『世界教』や『賢者信奉者』更には『魔王軍』とすら繋がりがあるんだろうが」

「だとして、こんな事をしても真書を手に入れる事なんぞ出来んぞ。ウチのギルド長が何を言った所で『覇王』が最重要経典の真書を渡すわけがない」

「んなこたぁ分かってんだよ!」


 ドンと力任せに足を叩きつけると下にあった冒険者の死体が踏み潰されて爆発したかの様にバラバラに砕け散った。


「今日、このギルドに【キビジキイ】がいねー事も分かって行動してんだよ。言っただろぉ。用意周到に準備したってよ」

「ますます分からん!なら何の為にこんな事をする?」

「は!んな事、聞いてくんなよ!実際は分かってんだろ?俺が“何者”なのか知ってんだろ?優秀なギルドの連中だ、知らねーわけがねー。なら理解してんだろ?“俺ら”の『目的』をよ」


 ギルド職員との会話に気を取られている内に逃げ出そうとする冒険者の進行方向にバラバラになった冒険者の一部を投げつける。

 ギョッとした冒険者が咄嗟にルワコの方を向くとバッチリ目が合ってしまい、金縛りが起きたかの様に動けなくなってしまった。


「逃げんな。逃げんな。可哀想だけどよ。ここからは出さねーぜ。全員、俺の目的に為に留まってもらうからよ」


 ルワコは不敵に笑うとカウンター越しのギルド職員の方に向き直る。


「【禁忌国キスイダンジマ】出身のはぐれ者…。なのは知っている…」

「そーだぜ。そーだ。俺らの国がテメーらにぶっ潰された理由がそのまま、俺らの生きる理由であり、復讐が目的だ」

「ああ、その『目的』は分かる。それでも、こんな事が何に繋がるのかは理解出来んのだが」

「そんなもん『嫌がらせ』に決まってんだろ?」


 ギルド館内がざわついた。

 ギルドに捕まったフリをしてまで入り込み大暴れした理由が、まさかの単なる“嫌がらせ”だった事に全員が状況を理解出来なかった。


「勿論、ドーコレクッシカアの真書も狙ってはいるんだぜ。まぁ、嫌がらせのついで程度だが。さてそろそろ、その扉の向こう側で動いてた連中がギルドの周りを取り囲んだりしてんだろ?その為にわざわざ会話を繋いで時間稼ぎしてたんだろ?」

「状況も理解した上で「嫌がらせ」とやらを続けるのか?」

「続けるさ、それこそ今やめても意味は無いだろ」

「そもそも意味はあるのか?」

「“ある”さ」


 ギィとギルドの正面扉が開いて1人の男が入ってきた。


「おや?取り込み中で?」


 入ってきた男は若く、眼鏡をかけた優男といった風体で《世界教》の僧服を着ていた。


「入ってくる前に外の連中に状況は聞いてんだろ?白々しいぜ」

「ええ、聞きましたが、それが何か?」

「お前、世界教の【武闘僧】だろ。思ってた以上に来るのが早えな?僧侶の巡回時期ともずらした筈なんだがな」

「ん?そりゃ私事で来てたので、この騒ぎに出会したのは全くの偶然ですよ」

「そうかい。でもまぁ「運」が悪かったな。アンタにゃ伝言役にでもなってもらおうかな」

「えー面倒ですよ。勘弁して下さい。私事で来てるって言ってるでしょ。構わないでください。用事が済めば出て行きますから」

「おいおい。世界教の武闘僧ともあろう者が、こんな状況で見て見ぬふりか?世界教は世界平和を掲げてるだろ。この状況を無視するんは理念に反するじゃねーのか?」

「んーその“教え”は間違いですよ。世界教は『世界意識を中心に世界は1つである』と言う教えであって、必ずしも“平和”を求めている訳ではありません」

「成る程ねぇ。お前、他の胡散臭え僧侶達とは違えな」

「そうですか。では用が済むまでそこら辺で寝てて下さい」

「そうは行かねーよ。お前んとこの覇王に伝言頼みてーんだからさ」

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ハーフアス 〜半端野郎の異世界転生録〜 もみあげ @ponnkotu4

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