欲しいもの

加加阿 葵

欲しいもの

 少女には欲しいものがあった。

 町のおもちゃ屋のショーウインドーに飾られた動物の置物。



 少女は母親に買ってほしいと頼んだが、母親が買ってきたのは小さな貯金箱だった。


「ママのお手伝いしたらお小遣いあげるから、自分でお金を貯めて買ってごらん?」


 お金を貯める物にお金を使ってどうするんだと思いもしたが、少女はしぶしぶ頷き、貯金箱を受け取る。自室のベッドのサイドテーブルに置かれた貯金箱は煌びやかな装飾が施されているわけでもなく、可愛いキャラクターが描かれているわけでもない。お金を貯めることだけに作られたと言ってもいいその箱を見つめ少女は眠りにつく。


 少女はその日から、お金を貯金箱に入れていく。

 あの動物の置物が欲しいという目標のために。


 両親の手伝いをし、祖父母から内緒でお小遣いなどを貰ったりして、貯金箱にはどんどんお金が貯まっていく。


 1か月くらいたったある日、少女がお金を貯金箱に入れようとした時、小銭が突っかかって穴に入らない。

 貯金箱が満タンになったのだ。


 持ち上げてみると、ズシっと重さを感じる。少女はそのまま貯金箱を胸に抱えて家を飛び出した。




 沈みゆく太陽の光に照らされ、ショーウインドーがオレンジ色に輝く。

 少女はお店に駆け込み貯金箱を店員に両手で渡し「あの窓のところにある動物の置物が欲しい」と告げると店員は優しく微笑み、ショーウインドーのほうに歩き、少女につぶやく。


「お客さま。運がいいですね。この商品最後の1つなんですよ」


 そう言って店員は動物の置物を袋に入れて、貯金箱を丁寧に開けお金を勘定する。


「はい、これおつりね……これに入れてくかい?」


 店員は袋の中を指さし少女に告げる。


 少女は店員の言ってる意味が分からず首を横に振り、右手で袋を、左手にお釣りをもらい、ペコリを頭を下げ店を後にする。


「ありがとうございました~」


 扉が閉まっていくのと同時に店員の声も遠くなる。


 少女はすべてが美しいオレンジ色に染まった景色を見ることもなく、一直線に家へ駆けていく。


 少女は動物の置物をもともと小さな貯金箱が置かれていたサイドテーブルに置く。

 動物の置物は当然貯金箱の数倍は大きい。サイドテーブルの上にドンっと佇む置物を眺め少女は気づく。




 貯金箱を開けてお金を使う喜びより、貯金箱にお金を貯めているときの楽しみの方が大きかったと。

 それは目標に向かって努力すること自体が報酬であり、その達成感が大事なのではないかと。



 少女はふと動物の置物の背中部分を見る。

 そこには小銭が丁度入りそうなくらいの穴が開いているのに気が付いた。


 思わず笑みがこぼれる。少女は服のポケットに入れていたおもちゃ屋の店員から受け取ったお釣りをその穴に入れた。


「次は何を買おうかな」


 少女は新たなる目標を思い浮かべながら両親の手伝いに向かった。


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欲しいもの 加加阿 葵 @cacao_KK

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