蛇足 三月
暗澹たる、というのは今の僕の為にあるのだろうな。自室で椅子にだらりと座りながら少年が思うのは、つい先ほどのことだ。
晩御飯を食べ、部屋に戻ろうというその時に両親が声をかけた。
どうにも、何かしらを埋めているその姿を親に見られていたらしく、それが何であるかと訊かれて、些かの逡巡を経て素直に答えたのだが、まあ信じて貰えなかった。いや、信じたいがどうしても疑ってしまう。といった風だった。
心配なのだ。心配で不安で、深雪のように居なくなってしまうのではないか。手を離した風船のように何処までも飛んでいって消えてしまうのではないか。そういう心配を両親はしているらしかった。
どうにも、目を離せば死んでしまうと思われていると知り、少年は失笑してしまった。
死ねるものか。死ねるんだったら、もう死んでいる。生きていることは嫌で、面倒で、億劫なのだ。死ぬのもまた、厭わしい。宙ぶらりんな命なのだと少年は自覚している。
風船というのはあながち間違っていないのだ。少年は自らの命が木の枝に引っかかってしまったのを見上げているのだ。わざわざ、取りに行こうとなんてしない。木を登ろうなんて思わない。風に吹かれていつか飛んでいってしまうのをただぼんやりと眺めているのだ。
一人で歩くには、余りにも風が強いのだと気付いた。
二人だから歩けていたのだと気付いた。
自分がこれほどまで弱かったことに気付かずに、高校卒業を目前とするまで生きてこれたことはある種奇跡なのだとさえ思えた。
両親に心配させたくなかったら深雪を抱きしめながら警察をその場で呼ぶべきだったのだろう。
もしかしたら、そうしていれば深山家は引っ越したりしなかったのかもしれない。深雪の育った家で、育った場所で暮らしていたのかもしれなかった。
たらればだ。全て済んでしまったことだ。終わってしまったことだ。いつだって、もしかしたらは少年の背を影のように捉えて離さない。
学校に行けば、冷笑が背中を追いかけてくるような気がして、次第に周りは全部敵だとばかりに態度が冷たくなるのを自分ではどうにも出来なかった。
それでもなお話し掛け遊びに誘ってくれる友人達には感謝を抱き、まだそういう気分になれないんだ有り難うと断る自分の不甲斐なさに情けない気持ちになり、悪いことをしていると少年は少しばかりの後悔を抱いていた。
物音が聞こえた気がして、自室の窓から外を覗いた。
父親が、庭の隅を掘り返している。
何かを拾い上げるのが目に入った。土に塗れた白いビニル袋。スコップがぶつかったのか、程なくしてビニル袋が裂けてしまって、中身を地面にぶち撒けていた。
おおう、というような声を上げてビニル袋を傍らに持ってきたゴミ袋に放り込んだ。
手に付いた。
汚ねえ。
そんな声が窓ガラス越しに聞こえ、見たくはないのに窓に張り付いた体は動かない。
スコップで地面ごと掬うようにカラスの死体をゴミ袋に放り込む。それを覆い隠すように上から庭の隅に溜まった落ち葉を入れて口を縛って玄関脇あたりに置くのを見た。
生ごみのように扱われて、捨てられるカラスが何をしたというのだろう。せめて、自然のままに土に還らせてやるのが道理ではないか。荼毘に付せないのならせめて、埋めてやろうというのは間違ったことだったろうか。
少なくとも、ゴミ袋に詰めて捨ててしまうよりは余程いいように思える。
あの日から、日常に溶け込めない。色んなことが気になってしまう。周りが普通なのだろう。忘れてしまうべきなのだ。死んだら、もう居ないのだ。それなのに、自分ばかりが、取り残され嫌な思いをしている。そんな風に感じてしまうのを、少年はどうにも出来ない。
机の引き出しに入れた薬を取り出して、手で弄ぶ。年末、飲んだよく分からない薬。寝不足で、これを飲むと体に合わないのか強い薬なのか知らないが、深雪の声がよく聞こえるようになる。幻覚の類なのだろう。何もせずとも聞こえるそれがより明瞭に、頻繁になるのだから、心が不安定になる何かがあるのだろう。
プラシーボかもしれないから、詳細を調べずにいる。
もし、なんてことないただの風邪薬だとしれたら、精神病等のようなところに入れられるのだろうか? そうして、何かしらの処置を受け、深雪の声が聞こえなくなり、心が穏やかになるように得体の知れない薬を処方されていくのだろうか。
そうであるなら心に平穏なんて要らないのだ。苦しいことが、深雪を失った証なのだ。この傷跡は誰にも奪わせてならない。
少年は壁にかかったカレンダーを目でなぞる。
もう時期に三月になる。卒業が近い。
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