~海異~ 第九話
もう限界です。警察や旅館のことなどもうどうでもいい。今すぐに帰ることに決めました。
抱きかかえた晴斗は気を失ったままです。急いで自分の車へ向かい、後部座席へ寝かせます。キーは抜いてましたが、ロックをし忘れていて結果的に正解でした。昼間、海に入るとき浮き輪やテント、サンダルなどを車に置いたままだったのでそれを出し入れの際に最後ロックし忘れていたのです。
しかし、車のキーや貴重品は旅館の部屋にあります。晴斗をまた一人にする不安もあり、自分の勇気も必要でしたが迷いは一瞬。急いで旅館へと入ります。
点々と非常灯や誘導灯の明かりがあるだけですが、今までの暗闇よりはそれだけでもないよりマシで助かります。玄関に居た赤いハイヒールの女性はいませんでした。しかし足の無いスポーツシューズの男はまだ徘徊しているかもしれない。慎重に、音をたてないように、まるで忍者のように侵入しました。
二階へと上がる階段で、また足音がしました。
トン、ギイ・・・ベチャ・・・トン、ギイ・・・ベチャ・・・
上から一階へと降りてきている所のようです。あなたは物置場となっている一階の階段裏へ隠れてまた通りすぎるのを見計らいます。
こちらを振り向くこともなく、さっきと変わらずまるでゾンビかのようにゆっくりとあなたのいる階段から去っていきます。
男の方を警戒しながら階段はまだゆっくりと静かに上がり、二階に上がるや否やそこからは猛ダッシュで部屋へ走りました。
宛がわれた自室へと駆け込み鞄をつかみ、またすかさず外へ。発射腔が詰まった水鉄砲や着替えの服数点、櫛や帽子などいくつかのアイテムを置いてとにかく車へ急ぎます。
一階へ降りて、また静かに移動します。見渡す範囲では男は居ません。
あなたは旅館の外へと無事に出ることができ、車へと急ぎます。
少し安堵したのも束の間。
車の後部座席の窓から、晴斗を覗き込む足の無いスポーツシューズの男がいました。
あなたはその場で立ち止まり、考えます・・・・・・
男は覗いているだけで、ドアを開けようなどとはしませんでした。どうしようか考えている間も、身動き一つもせずにずっと覗いているだけ。今のところ危害はないが、逆にあなたが車に乗り込めません。
《足だ。足を渡せば・・・彼は自分の足を求めている》
そう考え、また旅館へと戻ります。
到着したあなたは先ず旅館の玄関。普通なら、いや、持ち帰ること事態が普通ではないのだが、とりあえず自分なら室内へは持って入りたくないはず・・・・・・
もしなければスタッフルーム。戸を壊してでも入ってやると勇みました。
玄関には館内用のサンダルが数足、いつもと変わらず並べられている。その先には靴箱のような棚があったのでそこを開けました。
その瞬間、ゾワッ・・・と寒気がしました。まず目に飛び込んできたのは赤いハイヒールが、しかしまた片方だけ・・・・・・
そして、ムワッ・・・と異臭が鼻をつんざくように刺激しました。絶対にここだ。引き戸である箱の反対側を開けてみると、そこに例のスポーツシューズがありました。
それを取ると、また吐き気が蘇りますがいまはそれどころではありません。靴の・・・足の重みが気持ち悪さを訴えてきます。まだ海水で濡れていてひんやりとした布地部分も、なんだかなにかの浸透を連想させてきます。
あなたは不快感を脱ぎ払い、晴斗の元へ、”あいつ”のところへ走りました。
車の場所へ着くと、男は消えて居なくなっていました。周囲を見渡しますが、見当たりません。夜目になれてきましたが、それでも数メートル先ぐらいしか見えまないのでゆっくりと車に近づき、晴斗を確認。窓から子供の足が見えたので無事と判断できます。
すると後ろから
「あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”・・・」
口と目を目いっぱい開き、あなたの目の前に顔を突き出してきました。あなたは恐怖のあまり悲鳴を上げることも身動きも取れません。目は白目がなく、漆黒で間っ黒な目。まるで先ほど見た深く暗い海のようでした。
「あ”あ”あ”うあ”あうあ”あ”・・・」
あなたは震えながら、ゆっくりと男の足を目の前へ持ってきて見せつけます。
男は奇声を発しながら自分の足を受け取り、数秒ほど立ちすくむ。あなたはその瞬間を何分間をも感じました。
男の体の肉がみるみるうちに崩れていき、骨だけとなり最後にはフッ・・・と消えました。
トン・・・トトン・・・
男が持っていたシューズは地面へと軽やかに落ちました。その弾むような音は、中身が詰まっていた今までの重量感は消えてただのシューズ部分を残し、中身の足も身体と共に崩れ消えたようです・・・・・・
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます