~海異~ 第八話

 女将さんには聞きたいことがまだまだたくさんある。


 あの足はその後どうしたのか。

 なぜあの岩場にはあんなにも靴などが落ちているのか。

 そしてそこだけはなぜ清掃していないのか。

 赤いハイヒールのお客さんは?なにより例の”足”を持ってきてよかったのか・・・現場確保としてそのままで置いておかなくてはいけないのではないだろうか・・・・・・


 でも今日は心身ともに疲れ果てました。聞くのは明日にしようと思い、とりあえず晴斗には嫌な思い出になって欲しくはない一心で、空元気ですが晴斗とのんびり楽しくテレビで地方の番組を目新しく見ているうちに、あなたは眠ってしまいました。



 ・・・・・・



 眠りが浅いノンレム睡眠のその瞬間、寝返りをうち腕を伸ばし隣にいるはずの晴斗の身体が手に当たりませんでした。傍にいないこことに気が付きますが、まだ寝ぼけまなこなあなた。電気は消されていた。晴斗がわざわざ消したのだろうか。テレビは点けっぱなし。テレビのうすら明かりの中、晴斗を探すのに部屋を上半身と首だけを捻り見渡しました。


 どこにも、奥の部屋のお布団にもいそうにありません。不思議に思い、だいぶ脳と身体が起きてきました。


「晴斗?」

 トイレかと思い呼びかけますが、返事は有りません。


 少し焦りながら立ち上がり、晴斗を探します。一応と布団をめくり、押し入れをチェック。カーテンをめくり、小テラスに出てみます。トイレも確認し、やはり室内に居ないので冷や汗が滲みでてくる。部屋の外へと行こうとしたとき、部屋玄関の靴おき場になぜか戦隊ヒーロー柄のサンダルが片方、一足だけが・・・・・・


《なぜ?!》


 すると、考える間を与えられることもなく

ギイ・・・ギイ・・・ミシミシ・・・・・・


 誰かが廊下を歩いているきしみ音があなたの部屋へとやってきます。


《晴斗かな・・・》

 一瞬そう思いましたが、嫌な雰囲気と予感で戸を開ける気になりませんでした。


ギイ・・・メリメリ・・・ギイ・・・

 どんどん近づいてきます。


ギイ・・・ベチャ・・・メリメリ・・・ギイ・・・・・・

 恐怖でとにかくすぐに晴斗かどうか確認できませんでした。でも晴斗が心配です。恐怖と勇気の葛藤が続きます。


 少し音が小さくなり部屋を通りすぎて離れたと感じ、勇気を出し戸を少しあけて覗いて見ました。いくつもある窓の月明かりと、突き当りの非常階段への誘導灯の光源でしか見えませんでしたが・・・・・・

 廊下を歩いている”ソレ”は若い男性の後ろ姿で、歩いた後は水浸し。水痕が続きます。足元が・・・片方は例の『スポーツシューズ』もう片方は、がありませんでした。


ベチャ・・・ミシミシギリギリ・・・ギイ・・・


 その左足は切り取られた足首の断面部分で歩いています。もう間違いなく生身の人間ではないのは一目瞭然。きっと、あの昼間に女将さんが拾い上げ持って帰ってきた自分の足を探してきたんだと、あなたはすぐに察しました。


《ヤバい!絶対ヤバい!・・・晴斗!》

 あなたは心の中で叫びながら、冷静にそおっ・・・と音を立てずに靴も履かずに、すり足でスポーツシューズの男が歩いていく反対側へと晴斗を探しに行きました。





 急いで旅館を走り回り、捜索します。旅館の一階、スタッフルームへと差しかかり助けを求めようとドアノブに手をかけ

ガチャガチャ!

と回しますが、扉が空くことはありません。


ドンドンドンドンッ!

「すいません!誰か!いませんか?!すいません!!」


 なんの反応も返答もありません。すると旅館の玄関先から

「どうしましたか?」


 女性の、低い声が遠く背後から聞こえました。振り向くとそこには朝に見かけた”赤いハイヒールの女性”が立っていました。まったく同じ場所で・・・


 あなたはとにかくすがる様に女性のもとへ駆け寄り

「すいません!男の子見ませんでしたか?!七才の男の子!息子なんです、気がついたら居なくて・・・」


「・・・ああ、そういえば少し前に、あっちにいきましたよ」

 赤いハイヒールの女性は顔を伏せながら、腕と指だけを伸ばし崖の方向を指しました。不安感と早まる心拍数で全身の体温が上昇し真夏の夜に寒気をも感じてきます。


「危ないですからね・・・ちゃんと子供”たち”を見ててあげて・・・・・・」


「はい、すいませんありがとうございます!」


 ・・・たち?


 この時、あなたは必死だったので色んな違和感に気づいてはいませんでした。


 気が先走るほど精いっぱい、もつれる足を奮い立たせながらほとんど見えていない暗い闇夜を走り、そして呼び叫びます。


「晴斗!どこにいるの?!」


 何度も呼びかけますが返事はありません。薄らな月明かりの中、例の気やすめなフェンスが見えてきてあなたはロープを掴み辿りながら進みました。


「晴斗!!」

 ロープの先、その向こう側、そして崖の手前で人影が見えました。同じ背格好の子供が、手をつなぎながら海の方をずっと見ています。あなたの声がまるで聞こえていないかのように。


 あなたはロープを飛び越え、急いで晴斗であろう子供の元へと走りました。必死に駆ける中、二人がゆっくり前方へと倒れていきます。瞬間、あなたはもっと急ぎ加速しました。限界を突破したかのように、いつも以上に早くなった気がしながら何とか手前の子にタックルをするように突っ込み、抱きかかえます。晴斗が少しでも怪我をしないように、自分の体を下へと空中で陸の方へと反転させ、その瞬間あなたも死を覚悟しました。


 背中に衝撃と、少し後頭部を打ち付けましたが、なんとかギリギリ丘の陸地で着地し踏みとどまり、あなたとは助かりました。


「はあ!はぁ!はぁ!・・・・・・」

《・・・もう一人の子は・・・だれ?》


 あなたの目前、右側はすぐ奈落への崖。目前にはキレイな月と、下半分は漆黒の闇が広がっていました。

 晴斗を抱きしめながら、とにかく安堵します。


 奈落へと落ちた子供・・・きっとスポーツシューズの”あいつ”のような霊が、晴斗を道連れにしようとしたんだと・・・まさか、”人”であるはずがないと・・・・・・

 疲労の中、自分を正当化しながら晴斗を救えたことの安心感に酔いしれました。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る