タクヤ②
俺はあの事故からしばらくの間昏睡状態だったようだ。目を覚ましたときには季節も変わるほど日時が経っていた。
目を覚ました俺の発言はどうやら支離滅裂だったようで、脳や精神面の検査が繰り返され難しい名前の診断がいくつかついて入院が長引いた。
周りの人の様子や話を聞いて憶測するに、俺はあの事故で相手方の車の運転手と肉体が入れ替わってしまったようだ。
いかんせん、眠っていた時間が長く乗用車2台のありきたりな事故だったので大きなニュースになっていたわけではなかったようで情報収集などには苦労したが地域のネットニュースなどをたどって事故の記憶を振り返る。
相手方の運転手であるこの体は重傷、今どうなっているのかはわからないが俺の本来の肉体は命に別状はなかったが、サヤカは即死だったようだ。
俺の肉体が入れ替わったことなどもうどうでもいい。俺がサヤカを殺したんだ。
ドラレコの映像等で、事故自体は相手方の運転手のハンドリングミスというか、俺からしたら巻き込まれた事故ではあったようだが、そんなことはどうでもいい。俺がサヤカの未来を奪ったんだ。
事故の詳細を知ってしばらくは無気力であったが、元の俺の肉体を見に行くとともにサヤカの家族がその後どう過ごしているのか知りたくて地元に帰って様子を伺いながらすごした。
俺の肉体は俺の家族とうまいことやって暮らしているようだが、サヤカの両親はずいぶんと雰囲気が変わっていた。
二人は小さな市営住宅に引っ越したようで、サヤカのお父さんはすっかり痩せて覇気がなかった。
サヤカのお母さんは頻繁に怪しげな施設に通っている。後に調べるとそれは小さな新興宗教の事務所になっていた。
外から様子を見る限り二人に会話はなく家庭内からはなんだか不穏な空気を感じる。
サヤカのお母さんは時々俺の実家に通っているが、俺の親から門前払いされ言い合いをしている場面を何度か見た。
サヤカのお母さんは俺の実家に向かって「人殺し」と繰り返し叫んでいた。
俺の家族や俺の肉体はこれをどう思っているのだろう。
でも俺がサヤカを殺したのは事実だ、何を言われても仕方ない。
俺はサヤカだけでなくお互いの家族の人生もぐちゃぐちゃにしてしまったのだ。
自分の肉体に戻りたいなんて贅沢を言える立場ではない。
この事故の加害者の肉体で、おそらく元の人生よりはかなり短い老い先をただ償いながら生きていこうと心に決めて、今日も細々と暮らしている。
幸福の聖人 近藤初志子 @ko_shikondo
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます