時間の流れ

根竹洋也

時間の流れ

 あるところに、冴えない青年がおりました。


 最近ではよくある事ですが、その冴えない青年はトラックに撥ねられ、Web小説の世界に転生することになりました。


 青年の前に女神が現れて言います。


「冴えない青年よ。あなたは今からWeb小説の主人公です。あなたが活躍できるように特別なスキルを与えましょう」

「おお、これは、よくある異世界転生だな!」

「はい、よくあるやつです。どんなスキルがいいですか?」


 青年改め主人公は即答します。


「時間操作に決まっている! 俺はかっこよく時を操るぜ!」

「なるほど。あまり意外性はありませんが、良いでしょう。あなたに世界の時を操る能力を与えます」


 次の瞬間、主人公は眩い光に包まれ、気がつくと洞窟の中にいました。

 しかも、ちょうど目の前で美少女がゴブリンに襲われているではありませんか。


「キシャア!」

「いやあ! 助けてぇ」

「ふっ、まかせろ! はっ!」


 主人公が手をかざすと、ゴブリンの動きがまるで石になったかのように止まります。


「ま、まさか、あなたは伝説の時間操作魔法の使い手!?」

「え? ちょっと時間を止めただけだけど……なんかやっちゃった?(棒読み)」


 わざと惚ける主人公。

 こうしてあまり意外性が無いどこかで見た感じのプロローグを経て、主人公の物語が始まりました。


 その後も、主人公は時間を操る魔法で敵をバッタバッタと倒しまくり、たくさんのヒロインに好かれ、意地悪な奴に思い知らせてやったりしながら、冒険を続けました。


 主人公の生きるWeb小説の世界は連載を続け、その継続力が評価され、ある程度の読者を確保します。


 そして、ついに主人公の世界は書籍化されることになったのです。


「やったぜ! 俺のかっこいい活躍がたくさんの人に見てもらえる! もしかしたらコミカライズ、やがてはアニメ化されたりして!」


 主人公は期待に胸を躍らせます。


 そして主人公の世界が出版されました。

 最初のプロローグが始まります。書籍版では構成が変更され、ゴブリンに襲われる美少女の場面からスタートでした。


「キシャア!」

「いやあ! 助けてぇ」

「ふっ、まかせろ! はっ!」


 時間操作魔法を発動する主人公。しかし――


「キシャアア!」

「いやああ! うっ……!」


 時間操作魔法は発動しません。ゴブリンにやられてしまう美少女。


「あ、あれ……? なんで?」


 何度も魔法発動を試す主人公。ですが、一向に魔法は発動しません。

 その時、懐かしい女神の声が聞こえてきました。


「主人公よ……何をしているのですか?」

「あ、女神! 時間操作魔法が発動しないぞ! どうなってる?」

「ああ、そのことですか……」


 女神は平然と答えます。


「この書籍版の世界ではなので、あなたの魔法は使えないのです」

「?」

「私が与えたのは、Web小説の世界の時を操る魔法。Web小説では時間はに流れます。しかし、縦書きの書籍の世界では、時間はに流れるのです」

「そ、そんな……」

「キシャア!」

「う、うわあー」


 ゴブリンから情けなく逃げ出す主人公。


 その後、魔法の使えない主人公が冒険をすることはありませんでしたが、努力の末に商売を成功させ、主人公の世界はいつの間にかビジネス書として好評を博したそうです。


 おしまい

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

時間の流れ 根竹洋也 @Netake

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ