第3話
ーー昔々のある冬の日。一面雪と氷にに包まれた極寒の地。
そこに人知れず消えてゆくモノがありました。そのモノの上に真っ白な雪がシンシンと降り積もります。
醜いモノ、そして美しいモノがスベテを分け隔てなく覆い隠してゆきます。
時を経て、北の地でも雪解けの季節が訪れます。
春を迎え、草木が新たな芽吹く頃、ソコには血の様に真っ赤な羽根が残されていました。
ソレは春の風に舞い、ふわりふわりと何処へともなく飛ばされてゆきます。
◇◇◇◇◇
むかしむかし、あるところにお堀に囲まれた大きくて古いお屋敷がありました。
そのお堀の茂みの中にある巣の中でお母さんアヒルがタマゴを温めていました。
お母さんアヒルは雨の日にも風の日にも負けずタマゴを守っていました。ひと月も経つと、タマゴにヒビが入ってきます。
ヒビはだんだん大きくなり、やがて割れると、黄色くて小さなヒナが生まれました。
一つが割れると続けて二つ目も割れ、三つ目のタマゴから私が生まれました。
遅れること数日、最後の4つ目のタマゴから末っ子となるヒナが生まれました。
先に生まれた二人の兄、そして私は黄色い羽毛をまとっていたのですが、最後に生まれた末っ子だけは灰色のくすんだ羽毛に覆われた姿でした。
お母さんアヒルはいたずらっ子なニンゲンの子供が紛れ込ませたのを知らずに温めていたのでした。
みんなとは姿が違う末っ子は二羽の兄からつつかれます。気の弱い末っ子は姉である私の影に隠れます。
「何で僕はみんなと違うの?」
「黄色い私だってお母さんとは違うわ。大人になればきっとキレイな羽根になるわ」
私も兄たちも真っ白な羽毛の母とは違っています。くすんでいると言われようが末っ子羽根の方が色だけ見れば母に近いといっても過言ではありません。
みにくいというのなら、兄たちの心のことでしょう。
兄たちに反発し、末っ子を守ろうとしました。けれども、全くいじめは止みません。
「おんなのこのかげにかくれるなんていくじなしだ」
お母さんも目の届く範囲は守ろうとしてくれましたが、つきっきりでいる訳にも行きません。
兄たちはお母さんの目を盗んでいたずらしてきました。私一羽きりでは追い払うことも出来ません。庇いつつ逃げるので精一杯です。
試しに、末っ子を連れ別の子たちがいる巣のところへ行ってみましたが、彼らの親アヒルに追い返されダメでした。
いじめられることこそありませんでしたが、なぜか私と末っ子を恐れているようでした。
しつこつくきまとっても私たちと関わりを持とうとせず、ついには私たち家族ごと仲間外れにされてしまいました。
ほかのアヒルたちから村八分にされた腹いせに兄たちのいじめはますますエスカレートしていきます。
どうすれば良いのでしょう。見た目が悪いというのなら、それを改善すれば良いのでしょうか。
方策を考えながら歩いていると、真っ赤でキレイな羽根が落ちていました。
どこからやって来たのでしょう? 周囲にそれらしい羽根を持つ鳥は見あたりません。
これを見せれば少しくらいは末っ子の心のなぐさめにならないでしょうか。
彼へのお土産にしようと拾いました。
「何で僕はみんなと違うの?」
呆けていた私に向かってしょげてしまっている末っ子は改めて問いかけてきます。私は末っ子の言葉に思考します。
狭い集団では異質な存在を許容しない。少数を排他するのは世の常なのでしょうか。
それとも己より下位の存在を見下すことにより、見当違いの優越感を得るためでしょうか。
私が末っ子を構っているのも結局、上から目線で憐れんでいただけということはないでしょうか。
「姉さん?」
考え込んでいた私に彼は重ねて問いかけてきました。
「心配しないでも、大人になればきっとキレイな羽根になるわ」
以前と同じ言葉を繰り返すのみです。私の言葉に彼はうなだれました。
慰めだと思った様ですが、単なる事実・・・のはずです。根拠はありませんが、何故かそれが真実だと分かります。
「ここを離れて違う土地へ行くのはどうかしら?」
嫌な思いまでしてここに留まる必要はありません。別の土地に安らぎの里を求める方が彼も幸せでしょう。
けれども、末っ子の回答は予想を裏切るものでした。ーー良い意味で
「ここでいい。ここなら姉さんといっしょに居れるから」
「・・・」
彼の純真さは眩しすぎて、直視できません。何故こんなに信用されているのでしょう?
結局何処にも行かず、ここに留まることにしました。
季節ひとつ過ぎる頃、成長した私たちと末っ子には明確な違いが現れてきました。
彼は首が長く延び、真っ白な羽毛へ生え変わりました。もうみにくいという言葉とは無縁でしょう。
この頃になると私や兄たちも黄色い羽根から白へ生え変わり、大きさもお母さんと遜色ない身体つきとなってきました。
けれど、末っ子の身体の大きさはそれを追い抜かしています。
相変わらず気は弱い末っ子は体格で劣る兄たちにつつかれても反撃できません。
けれども、空を飛べるようになった末っ子はたやすく逃げられるようになりました。
地を這う兄たちは全く追いつけるはずもありません。もちろん、只のアヒルである私も。
空を飛ぶ楽しさを覚えた末っ子は辺りを飛び回ります。
近くの畑へ、ちょっと離れた森へ、川をさかのぼり、見上げる山の向こうへ。どんどん範囲を広げていきます。
ある時、末っ子は彼と同じ姿の真っ白な鳥を一羽伴ってきました。
「友達が出来たんだ」
そう言って自慢げな顔で末っ子はその鳥を紹介します。
「初めまして。ボクは山の向こうにある湖からやって来た白鳥です」
聞けば、その湖には彼と同じ白鳥という名の仲間がたくさんいるそうです。
お友達が出来て大喜びの末っ子はその湖に入り浸るようになりました。
その代わりと言う訳ではありませんが、お友達もこちらに顔を出すようにもなりました。
「ふわふわの羽毛をもつ美アヒル見たことありませんか? あっ、美しいだけじゃなくて、優しくて強くて格好良い素晴らしい美アヒルなんですけど?」
そんな超人、もとい超鳥いるはずもありません。
一羽でアヒルの住処へ来るくらいです。そのお友達は変わり者のようです。
末っ子は同じ仲間の中で自信がついたのでしょう。以前の気弱な感じは鳴りを潜めていきています。
お友達が増えて喜ぶ末っ子の前では「良かったわね」とお祝いを述べた私ですが、心の内では手放しで喜ぶことが出来ません。
彼らは季節ごとに住処を変える渡り鳥でした。
末っ子はお友達である彼らと一緒にいた方が幸せなはず、と自らに言い聞かせます。彼がその幸せな選択を選ばないはずがありません。
お別れの時は遠からずやって来るのでしょう。
ヒナの頃と変わらず今も「姉さん」「姉さん」と懐かれていますが、もう彼と私では追いつけない差ができてしまっているのです。
飛べない
別れの時は納得できなくても、悲しくても彼を送り出してあげなければなりません。
「僕は当然ずっとここに残るけど」
・
・
えっ!? 私の覚悟は一体なんだったのでしょうか。でも、何故、如何して?
「でも、お友達と一緒の方が・・・」
「それより大事なことがあるんだ!」
私の言葉を遮って末っ子は薄桜色で彩られた羽根を差し出してきました。
「どうか僕をアヒルのままでいさせて下さい」
「・・・え? えぇぇぇぇっ!?」
むかしむかし、あるところにお堀に囲まれた大きくて古いお屋敷がありました。
そのお堀には真っ白な羽毛を持つーーでも、体格が異なる二羽の水鳥が仲良く暮らしていました。
みにくいアヒルの子 堀江ヒロ @horiehro
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