第2話


 むかしむかし、あるところにお堀に囲まれた大きくて古いお屋敷がありました。

 そのお堀の茂みの中にある巣の中でお母さんアヒルがタマゴを温めていました。

 お母さんアヒルは雨の日にも風の日にも負けずタマゴを守っていました。ひと月も経つと、タマゴにヒビが入ってきます。

 ヒビはだんだん大きくなり、やがて割れると、黄色くて小さなヒナが生まれました。


 一つが割れると続けて二つ目も割れ、三つ目のタマゴからわたしが生まれました。

 遅れること数日、最後の4つ目のタマゴから末っ子となるヒナが生まれました。

 先に生まれた二人の兄、そしてわたしは黄色い羽毛をまとっていたのですが、最後に生まれた末っ子だけはくすんだみにくい姿でした。



 兄姉とは違う末っ子は二羽のお兄さんからつつかれます。気の弱い末っ子は姉であるわたしの影に隠れます。

「なんでボクはみんなと違うの?」

「黄色いわたしだってお母さんとは違うわ。大人になればきっとキレイな羽根になるわ」

 あたしも兄たちも真っ白な羽毛の母とは違っています。くすんでいると言われようが末っ子羽根の方が色だけ見れば母に近いといっても過言ではありません。

 見にくいというのなら、兄たちの心のことでしょう。


 哀れに思い、目の届く範囲は末っ子を守ろうとしました。けれども、全くいじめは止みません。

「おんなのこのかげにかくれるなんていくじなしだ」

 わたしがかばうたびにますますエスカレートしていきます。

 肝心の母は見てみぬふりをして我関せずです。


 我が子というのは無条件で愛する対象ではないのですか? 生まれてから持っていた母への親愛の感情は失望へ変わっていきます。


 試しに、弟を連れ別の巣のところへ行ってみましたが、追い返されダメでした。

 ついにはどこへ行ってもいじめられるようになってしまいました。


 母や兄たちを見返してやろう。見た目が悪いというのなら、それを改善すれば良い。

 もう、末っ子の意思は関係ありませんでした。意固地になったわたしは尻込みする弟の言葉を聞き流し、方策をさがしました。

 くちばし・身体の色・体つき。違う生き物なのではないかと疑ってしまいます。

 思い悩んだ末にキレイな赤い羽根を見つけてきました。これを末っ子の背中に差せは兄たちよりずっとキレイになるはずです。

「これならみにくいなんて言われないわ」

 遠慮する弟を強制的に引っ立てて飾り立てます。渋っていた末っ子も水面に映った自分の姿を見て喜びました。

 しかれども、それを目にしていた長男に無理矢理とられてしまいました。

「末っ子のくせになまいきだぞ」


 ーーああ、死ねばイイのに・・・


 味を占めた長男はさらに色々な羽根を見つけて自分に次々と差しました。

 次男も真似して羽根を見つけてたのですが、長男が全てひとり占めしてしました。

 赤青白そして黄色の羽根で着飾った兄は得意満面です。みんなに見せびらかして歩きます。



 しょげてしまった末っ子をみて口惜しく思ったわたしは別の手段を求めてお屋敷のまわりを探します。そこには真っ白なキャンバスにお花の絵を描いているニンゲンがいました。

 後ろからそっと絵をのぞいたわたしは考えました。

 ニンゲンが色を塗るために使っているキレイな水をかぶれば長男よりキレイになれるはず。

「今度はきっと大丈夫。イジワルなお兄さんなんか目じゃないくらいキレイになれるに違いないわ」

 周りにみんなに聞こえるような大きな声を上げて、末っ子を呼びに走ります。


 ゆっくりと戻ってきたわたしが見たのは、ニンゲンに追い回される次男でした。

 長男に聞かせるはずだったわたしの言葉を聞いて、先回りした次男がキレイな水に飛び込んだのでした。


 ーーああ、馬鹿な次男・・・


 次男はベトベトして気持ち悪いその中へキレイになるために何も考えずに飛び込んだのでしょう。毒水の中へ。


 絵を描いている途中キレイな水をなめようとしたニンゲンがもっと大きなニンゲンに怒られていたのを目撃していました。

 もとより、末っ子には行動をさせるつもりはありませんでした。

 嵌めようとしていた長男ではなく、次男が毒をかぶることになってしまいましたが、末っ子をいじめていた彼も同罪です。


 何も知らない次男はガマンした甲斐あって、お花色のキレイな姿を手に入れました。見つけたニンゲンが怒って追いかけてきましたが、草をかき分けまんまと逃げおおせていました。

 逃げ切った次男はキレイに彩られた自分の姿に上機嫌です。


「どうだ、キレイだろ」

「ボクだってキレイです」

 口惜しいことに、兄たち二羽はみんなに見せびらかして練り歩いています。


 わたしの怨讐が天に通じたのか、兄のカッポを邪魔するように、どこからか大きな鳥が飛んできました。タカという名の怖い鳥です。

 普段は無関心な母も羽根を広げて精いっぱい威嚇します。

 わたしは急いで背の高い草むらの中で息をひそめます。

 けれども羽根をつけた長男・お花色の次男は空から丸見えでした。

 タカは目立つ目標目がけて急降下します。

 するどい爪に捕まってしまった長男はどこかへ連れていかれて、戻ってきませんでした。

 地面に同化して見にくい末っ子は難を逃れます。このときばかりは自分の見にくい姿に感謝していました。


 しばらくすると、毒水をかぶった次男は徐々に体調をくずし、病気になってしまいました。

 母はニンゲンに捕まってお屋敷に連れて行かれて、鍋の具にされてしまいました。まだ子供で身が少なく料理しにくい姉弟はニンゲンから見逃されました。


 わたしが恨みに思っていた二羽の兄と母がいなくなり、末っ子とだけになってしまいました。

 願望が叶ったというのに、かえって怖くなったわたしはお堀を離れ、旅に出ることにしました。



 姉弟寄り添って旅をしている途中、わたしの黄色い羽根は白く生え変わり、身体も母と遜色ない大きさとなり、大人になりました。

 美人だともてはやされ、行く先々で色々なアヒルに結婚を申し込まれましたが、断りました。なぜなら、みんな得体の知れない末っ子の受け入れに難色を示すからです。

 その末っ子も時が経つにつれ、くすんだ羽根が抜けていき、白くなってきました。季節が秋になる頃にはアヒルとは思えないほど大きくなりいじめられることはなくなりました。

 大きくなったおかげで空さえ飛べるようになりました。


 そんな旅の途中、末っ子によく似た白鳥という鳥がいるといううわさを聞きました。うわさを確かめに北へ向かいます。


 冬が過ぎ春の訪れが近づいたころ、二羽は湖で白鳥の群れに出会いました。

 長い旅路に疲れてしまったわたしは、終点についたことを確信し、喜びました。末っ子にソックリな鳥がたくさんいます。

 旅の果てにさらに羽根の抜け替わった末っ子は真っ白にかがやく美しい白鳥に姿を変えていました。もう既にみにくいアヒルの子はいません。

 こんなにたくさんの鳥がいれば末っ子が仲間外れになることはないでしょう。

 彼をうながし、白鳥たちとの友達をつくらせました。

 もう、わたしは必要ないでしょう。

 ヒナの頃とは違い、ここではわたしが仲間外れ、異質な存在です。


 末っ子にに友達がたくさん増えてしばらく経ったとき、ある白鳥が近づいてきて彼に言いました。

「わたしたちといっしょに北の地へ飛んでいきましょう。そこにはもっとたくさんの仲間がいます」

 白鳥の言葉に喜んでうなずいている末っ子を見て、暗澹とした表情を隠せません。

 それに気づかず、わたしを促して新たな旅へ出かけようとしています。

 末っ子はわたしの翼を引っ張ります。それでも動かないわたしを彼は不思議そうな顔でのぞきこみます。

 偽りの姉弟の振る舞いをよそにお友達は次々と飛び立っていきます。

 暗い気持ちを隠し、彼に決別の言葉を告げます。


「さあ、あなたはお友達といっしょに行きなさい」


 ああ、益々もって、姉面していた卑小なアヒルのお役ごめんの時がやってきました。


 ーーわたしが飛び立つことはありません。


「姉さんもいっしょに行こう」

 わたしは首を振り、共に行けないことを示します。


 ここではわたしこそがこそが仲間はずれ、みにくいアヒルの子なのです。


 当初足手まといだと思っていた末っ子は旅の道程でわたしの背を越え、今やりっぱな白鳥の成鳥。立場は既に逆転してしまいました。

 一対の翼を持っていてもわたしは飛ぶことが出来ません。試しに羽ばたいてみましたが、高所からほんのちょっ滑空するくらいがせいぜいです。

 成長した二羽の姿はもちろんのこと羽根の大きさも違います。いっしょに飛んで行くことはできません。

 アヒルであるわたしは白鳥たちについてくことができません。


「アヒルである彼女は置いていきなさい。あなたは白鳥なのです」

 一羽の白鳥がそう現実を諭します。

 その言葉に末っ子は首を横に振りました。

 けれども、凡愚な彼は気づこうとしません。それとも、気づいているのに見て見ぬふりをしているだけでしょうか。



「いいえ、ボクはアヒルです。姉さんと姿が違うのはボクがみにくいアヒルからです」



 弟の確固とした物言いに・・・昏い笑みが零れました。

 その言葉を予想していたのでしょうか。


 ーー嗚呼、彼の言葉に歓喜した浅ましい自分が嫌になる。この念いは一体いつから? 最初から?


 それを自覚した途端、吐き気をもよおしました。今の自分がどの面下げて姉と名乗れるでしょうか。


「あなたはわたしの弟のはずがない。水面に映った自分の姿をよくごらんなさい。アヒルとは違う生き物なのよ。お友達と行くべきなの」

 それだけ言い残し、白鳥から逃げ出しました。





 末っ子は辺りを探しましたが姉は見つかりません。一体どこに行ってしまったのでしょうか。

 心当たりの全ての地を飛び回り、出会った鳥たちに尋ねます。

 生まれ故郷、お屋敷のお堀にも行ってみましたが、発見に至りませんでした。行方はようとして知れませんでした。

 未練を残しながらも、他に行く先もない末っ子はお友達の後を追いかけることにするのでした。





 白鳥のいなくなった湖に一羽のアヒルが姿を現しました。白鳥の行先を知らない彼女の向かうは遠き北の地。


 飛べないそのアヒルは自らの足で北を目指します。空を飛べばすぐに超えられる谷を迂回し、険しい山を登り、時折現れる獣から身を隠します。

 身体は黒く薄汚れ、以前美人アヒルと言われた姿は見る影もありません。旅の途中で翼は折れ、身体の所々毛が抜けてきました。

 行けども行けども白鳥の姿など一度も見かけません。どれほど進めば良いのか分かりません。


 夏が過ぎ、秋を迎え、冬に至ります。雪が降り、凍えるほどの寒さが身を切り裂きます。

 辺り一面雪と氷にに包まれ、食べる物もありません。

 とうとう力尽き、薄汚い身体を大地に横たえました。


 動きを止めたモノに真っ白な雪がシンシンと降り積もります。

 醜いモノも美しいモノも分け隔てなく覆い隠してゆきます。


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