みにくいアヒルの子

堀江ヒロ

第1話


 むかしむかし、あるところにお堀に囲まれた大きくて古いお屋敷がありました。

 そのお堀の茂みの中にある巣の中でお母さんアヒルがタマゴを温めていました。

 お母さんアヒルは雨の日にも風の日にも負けずタマゴを守っていました。ひと月も経つと、タマゴにヒビが入ってきます。

 ヒビはだんだん大きくなり、やがて割れると、黄色くて小さなヒナが生まれました。

 一つのタマゴが割れると二つ目も三つ目も割れ、それぞれヒナが生まれます。

 長男、次男、長女の三つ目までのタマゴからは可愛らしい子が生まれたのですが、最後の四つ目に生まれた末っ子だけはくすんだみにくい姿でした。


 みにくい末っ子は二羽のお兄さんからつつかれます。

「なんでボクはみんなと違うの?」

「黄色いわたしだってお母さんとは違うわ。大人になればきっとキレイな羽根になるわ」

 お姉さんアヒルだけは末っ子を守ってくれました。けれども、全くいじめは止みません。

「おんなのこのかげにかくれるなんていくじなしだ」

 お姉さんにかばわれるたびにますますエスカレートしていきます。

 肝心のお母さんアヒルは見てみぬふりをして我関せずです。

 別の巣のところへ行ってみましたが、追い返されダメでした。

 ついにはどこへ行ってもいじめられるようになってしまいました。


 思い悩んだお姉さんは末っ子のためにキレイな赤い羽根を見つけてきてくれました。それを背中に差すと兄たちよりずっとキレイです。

「これならみにくいなんて言われないわ」

 末っ子は水面に映った自分の姿を見て喜びました。

 しかれども、それを目にした長男アヒルにとられてしまいました。

「末っ子のくせになまいきだぞ」

 長男アヒルはさらに色々な羽根を見つけて自分に次々と差しました。

 次男アヒルも真似して羽根を見つけてたのですが、長男が全てひとり占めしてしまいます。

 赤青白そして黄色の羽根で着飾ったお兄さんは得意満面です。みんなに見せびらかして歩きます。


 しょげてしまった末っ子を気の毒に思いったお姉さんはお屋敷のまわりを探します。そこには真っ白なキャンバスにお花の絵を描いているニンゲンがいました。

 後ろからそっと絵をのぞいたお姉さんは考えました。ニンゲンが色を塗るために使っているキレイな水をかぶれば長男アヒルよりキレイになれると。

「今度はきっと大丈夫。イジワルなお兄さんなんか目じゃないくらいキレイになれるに違いないわ」

 大きな声を上げて末っ子を呼びに走ります。


 戻ってきたお姉さんが見たのは、ニンゲンに追い回される次男アヒルでした。

 こっそりお姉さんの言葉を聞いて、先回りした次男アヒルがキレイな水に飛び込んだのでした。

 次男にとってその水はベトベトして気持ち悪いかったのですがキレイになるためです。

 ガマンした甲斐あって、お花色のキレイな姿を手に入れました。見つけたニンゲンが怒って追いかけてきましたが、草をかき分けまんまと逃げおおせます。

 逃げ切った次男はキレイに彩られた自分の姿に上機嫌です。

 怒ったニンゲンを前に怖気づいてしまった末っ子は、当然次男と同じ行動はできません。


「どうだ、キレイだろ」

「ボクだってキレイです」

 お兄さん二羽はみんなに見せびらかして練り歩きます。


 お兄さんたちが意気揚々とカッポしていると、どこからか大きな鳥が飛んできました。タカという名の怖い鳥です。

 お母さんアヒルが羽根を広げて精いっぱい威嚇します。

 アヒルの子たちはみんな慌てて隠れます。お姉さんは背の高い草むらの中で息をひそめます。地面に同化して見にくい末っ子も難を逃れます。

 けれども羽根をつけた長男・お花色の次男は空から丸見えでした。

 タカは目立つ目標目がけて急降下します。

 するどい爪に捕まってしまった長男アヒルはどこかへ連れていかれて、戻ってきませんでした。


 しばらくすると、二番目のお兄さんは病気になってしまいました。キレイになるために飛び込んだ水が原因の奇病でした。


 お母さんはニンゲンに捕まってお屋敷に連れて行かれて、鍋の具にされてしまいました。まだ子供で身が少なく料理しにくい姉弟はニンゲンから見逃されました。


 みんないなくなってお姉さんと末っ子だけになってしまいました。

 怖くなった二羽はお堀を離れ、旅に出ることにしました。



 姉弟寄り添って旅をしている途中、お姉さんの黄色い羽根が白く生え変わり、大人になっていきます。

 とても美人になったお姉さんは色々なアヒルに結婚を申し込まれましたが、断ります。なぜなら、みんな得体の知れない末っ子の受け入れに難色を示すからです。

 末っ子も時が経つにつれ、くすんだ羽根が抜けていき、白くなってきました。季節が秋になる頃にはアヒルとは思えないほど大きくなりいじめられることはなくなりました。

 大きくなったおかげで空さえ飛べるようになりました。


 そんな旅の途中、末っ子によく似た白鳥という鳥がいるといううわさを聞きました。うわさを確かめに北へ向かいます。


 冬が過ぎ春の訪れが近づいたころ、二羽は湖で白鳥の群れに出会いました。

 お姉さんは喜びました。末っ子にソックリな鳥がたくさんいたからです。

 旅の果てにさらに羽根の抜け替わった末っ子は真っ白にかがやく美しい白鳥に姿を変えていました。もう既にみにくいアヒルの子はいません。

 こんなにたくさんの鳥がいれば末っ子が仲間外れになることはないでしょう。

 末っ子はお姉さんにうながされ、白鳥たちと友達になりました。


 友達がたくさん増えてしばらく経ったとき、ある白鳥が近づいてきて言いました。

「わたしたちといっしょに北の地へ飛んでいきましょう。そこにはもっとたくさんの仲間がいます」

 友達が増えると知った末っ子は喜んでうなずきました。そしてお姉さんを促して新たな旅へ出かけようとしました。

 けれどもお姉さんは飛び立とうとしません。

 お友達は次々と飛び立っていきます。

「さあ、あなたはお友達といっしょに行きなさい」

「姉さんもいっしょに行こう」

 末っ子の言葉にお姉さんは首を振りました。昔と違い、ここでは彼女こそが仲間はずれ、みにくいアヒルの子なのです。

 成長した姉弟の姿はもちろんのこと羽根の大きさも違います。いっしょに飛んで行くことはできません。

 アヒルであるお姉さんは白鳥たちについてくことができないのでした。


「アヒルである彼女は置いていきなさい。あなたは白鳥なのです」

 一羽の白鳥がそう諭します。

 その言葉に末っ子は首を横に振りました。



「いいえ、ボクはアヒルです。姉さんと姿が違うのはボクがみにくいアヒルからです」

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