第33話 最終話
翌日、舞踊場の前で深川と鉢合わせた。
時生の後ろには、かったるそうにガニ股で歩いてくる千田がいる。
が、深川の後ろにも誰かいる。
「えっ……えぇぇぇぇぇ!?」
と叫んだ時生。
「んっ? お、おぉぉぉぉ!?」
と驚いた深川。
二人の声は仲良くハモり、深川の後ろの生徒がいぶかしげに顔を出した。
(や、やっぱり……)
「在田 真生!?」
「えっ、なんで知ってるの、マオくんのこと」
「そりゃあ知ってるよね! アイドルだもんね!? 有名人じゃん!」
「っていうかそっちこそ! キンパツの不良だッ。えっ? あの、屋上とかココに不法侵入してタバコ吸ってた人じゃないの?」
「千田さんじゃないよ!」
時生は大声で言った。
「千田さんは――その、不法侵入はしてたかもしれないけど、舞踊場でそんなことするような人じゃない」
あの時、零れた汗を自分の服で拭いていた千田が、そんな無法行為をするとはどうしても時生には信じられなかった。
案の定、チッと舌打ちをして千田は言った。
「ああ。俺じゃねぇ。疑われるのは慣れてるがな」
背後の千田の機嫌が悪くなったのを察知して、時生は慌てて言った。
「違う! いや、キンパツは違わないんだけど! この人、2年の千田さんッて言って、むちゃくちゃ高く跳べるの。すげーの。で、俺らの状況話したら来てくれて……」
「むむう!? マオくんだって、俺が困ってるって言ったら助けてくれるって言って来てくれたんだもんね!」
千田は時生の肩を掴んだ。
「おい、あのー、なんて言ったか忘れたが、あの顔のいいアイドル崩れのイケメン様がいるみてーだし、俺は帰ってもいいだろ」
「だめです!」
時生は食い下がった。
空気を変えたのは在田だった。
「いいよ、帰っても。『アイドル崩れ』でも、そこの似合っても無いキンパツの踊りよりはマシだろ、俺の方が」
舞踊嬢入り口にブリザードが吹いた気がした。
千田は地を這うような低い声で言った。
「なんだと?」
「なあ、深川くん。どこに靴置けばいい」
「オイッ! 俺を無視すんじゃねぇぞこのアイドル崩れが!」
「弱い犬ほど良くほえるってね」
「ざけんじゃねぇぞ! 時生テメェ早く案内しろ」
そして、2年の在田と千田を入れて出場した全国大会で、時生たちは奇跡の審査員特別賞を受賞した。
ミスも後悔もあるにはあったが、客席の戸次先輩が泣いて喜んでいるのを見られただけで、踊ったかいがあったというものだった。
その後、あれだけ騒いだタバコ騒動が収束した。
犯人が捕まったのだ。
屋上や舞踊場の裏でタバコを吸っていたのは、猪原先輩と同級生の医学部進学志望者だったらしい。今年は絶望的だと見切りをつけて、ストレス発散に吸っていたと認めた。だが、初犯はいざしらず、後半の犯行は最後まで部活と勉強を両立した上で、模試のA判定を出していた猪原先輩を妬んでのことだったらしい。
全く、人騒がせな逆恨みだった。
犯人は卒業の追い出し公演に向けて躍り込んでいた戸次先輩に見つかり、あっけなく御用になったのだった。
そして、春が来て3年が巣立ち、季節が少し進んだ。
2年になった時生はまだ身長は平均より下だし、筋肉もそんなについていない。
だけど、最近は少し、考え方が変わった。
(背が足りないなら、その分人より高く跳べばいいんだ)
在田先輩がアイソレーションの音楽をかける。
悠馬と、深川。
先輩たちはもういないけれど、数人の後輩もできた。
「うし。全体練すっぞ!」
黒髪になった千田先輩が、部長らしく集合の声をかけた。
ジイ。ジイー。
窓の外から、今年初めての蝉の声が聞こえた。
また今年も夏が来た。
END
城聖高校男子舞踊部 ~マッチョになりたい少年は柔道部と間違えてダンス部に入部し青春する~ 丹空 舞(にくう まい) @vimi831
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