第6話 第二王子アルバート
授業が終わり、ふぅーっと息を吐き出す。
――お腹も空いてないし、今日はこのまま寮で休もう……。
席を立ったその時、すぐ間近に人の気配を感じて顔を上げると、オレンジ頭が立っていた。その顔にうんざりする。
「何か用?」
「ちょっと付き合え」
「いやよ」
「逃げるのか?」
「逃げるって何? 私、疲れてるの。話ならここでいいでしょう」
ロザミアとオレンジ頭のやりとりに、教室がぴりつく。
「話じゃない。勝負だ。今朝は油断したが、孤児ごときに負けてたまるか!」
「今朝はボロ負けだったと思うけど?」
「あれは油断したからだっ!」
「いいわ。でも一度だけ。再戦はうけつけない」
「まるで自分が勝つことが決まってるみたいだな」
オレンジ頭がハッと笑う。
「勝つか負けるかはどうでもいい。あなたにつきまとわれたくないだけ。ところで、あなた……」
「何だ?」
「……お名前は?」
「はあ!? ふ、ふざけるな! 俺を知らないだと!?」
「それはお互い様でしょ。あなただって私の名前なんて知らないでしょ。孤児としか聞いてないけど!?」
「ロザミアだろ!」
「ぐ……」
「俺は、カインツ・ヴァル・レシャド! レシャド伯爵家の嫡男だ!」
男は自分のことがまったく知られていないことに怒りで顔を赤黒くしながら吼えた。
――名前を覚えてなかったのは完全に私に非があるけど、面倒な人につっかかられちゃった……。
カインツに連れて行かれたのは、学校の中庭。
ギルディニアの狂犬を相手に決闘が行われるということを聞きつけた学生ギャラリーが集まって来ている。
――これ以上、悪目立ちをしたくないのに!
しかしここで決闘を避けて、逃げだとカインツに勝ち誇られるのは腹が立つ。
「勝敗はどうやってきめるの?」
「相手の戦意を喪失させたほうの勝ちだ!」
カインツは腰の剣を抜くと、彼の周囲から青い水が沸々と湧きあがる。水魔法の使い手らしい。
ロザミアもアシュタロトを抜く。
「『水牢』」
カインツがこちらに呪文を唱えれば、ロザミアを包み込むように水柱が発生するが、自由を束縛される前にロザミアは縮地で脱出する。
教室で見せた時のように縮地で一気に距離を詰めようとするが、同じ手には引っかからないとばかりに、カインツは自分の周囲に水の障壁を展開する。
「お前の技は通用しないぞ」
カインツは水で出来た球体を無数に生み出すと、凄まじい速度で飛ばしてくる。
一つ一つの大きさは手の平ほどのサイズだが、それでも速度が乗っているだけに一発でも当たれば骨は簡単に折れてしまうだろう。
ロザミアは近づくこともままならず回避するだけで手一杯になる。
後ろへ跳んで避けた瞬間、バランスを崩す。
「俺の勝ちだ!」
カインツが破顔し、一気に距離を詰めて剣を振るってくる。
しかし次の瞬間、笑ったのはロザミアのほう。
鉄壁にも見える水の防壁。しかし攻撃した瞬間、その防壁は消える。
その瞬間を待っていた。
すぐに体勢を立て直し、カインツの剣をさばき、一歩踏み込む。
カインツは少しでも距離を取ろうとして後ろへ跳び、再び防護壁しようとする。
しかし縮地で懐に飛び込むのが早かった。
ロザミアはカインツの腹めがけ蹴りを見舞う。
カインツの体が吹っ飛び、地面に転がる。
「ぐぁ……ぁぐ……」
「安心して。骨は折れてないから。ただ鳩尾を狙ったから呼吸はしにくくて苦しいだろうけど、死んだりはしないから。これで私の勝ちね」
ロザミアは背を向けた。
「言っただろ! 戦士を喪失したら負けだって!」
背中めがけ斬りかかってくるのを、振り向きざまに一閃を繰り出し、剣を弾く。
「あっ」
しかし勢い余って剣はギャラリーのほうへとんでいってしまう。
ギャラリーの波が割れ、剣が落ちていく先にいたのは、穏やかな笑みをたたえた青年。
「危ない!」
剣を叩き落とそうと縮地を使い、剣の柄をギリギリのところで掴み取る。しかし勢い余って、その青年の胸に飛び込んでしまう。
「大丈夫?」
「あ、あの……!」
すると、周囲の生徒たちが「第二王子殿下」と口々に呟き、男女の関係なく深々と頭を下げ、最敬礼
をする。
――そんな。よりにもよって……1?
「あ、アルバート殿下! 申し訳ございません!」
彼の腕の中であたふたしながら、頭を下げる。
「構わないよ。いいものを見られて良かった」
アルバートに地面へ下ろしてもらうと、ロザミアは片膝を折り、深々と頭を垂れた。
「ギルディニア公爵家の長女ロザミアが、第二王子殿下にご挨拶申し上げます……」
アルバート・ヨアヒム・フォン・カーマイン――白銀色の髪に、理知的な光をたたえた赤い瞳を持つ長身痩躯の青年は、にこりと気品を備えた笑みを浮かべた。
アルバートは今の王太子の異母弟であり、士官学校の三年生。
王家に生まれた子弟はすべからく士官学校へ入学することが務めとされている。
――よりにもよってアルバート殿下に見られるなんて……。
アシュタロトを鞘に戻すと、カインツの剣を手に近づく。
「これで正真正銘、私の勝ちよね。負けを認めて」
「ぐ……」
ロザミアが肩を怒らせ近づくと、カインツは悔しげに顔を歪めたまま顔を背けた。
意地でも負けを認めないつもりか。
周りのギャラリーも「潔く負けを認めないなんて」「卑怯だぞー!」と面白がって囃し立てた。
「カインツ。さすがにその態度は騎士道に欠けるのではないか?」
そこへ声をかけたのは、アルバート。
カインツははっとした顔をする。
「君も士官学校の生徒であれば、負けを認めるべきでは? それとも伯爵家は潔く負けを認めることを良しとしない家風なのか?」
「……そんなことは」
「じゃあ、するべきことは分かっているね?」
「……俺の負けだ」
歯ぎしりしそうなほどの勢いで、ようやくカインツは負けを認めた。
しかしロザミアからしたらどうでもいい。負けを認める認めないにかかわらず、ロザミアの勝利は誰の目からも明らかだ。これで明日以降、突っかかってこないでいてくれればそれで十分。
ロザミアは踵を返し、それからもう一度、アルバートに対して「本当に申し訳ございません」と頭を下げ、その場を後にした。
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