第3話  義兄

 入学式が終わり、教室に移動してオリエンテーションの時間。

 ロザミアの席は窓際の一番前。

 当然、この時間もロザミアはクラスメートたちから遠巻きにされ、誰からも話しかけられなかった。

 でも特別気にすることもない。

 家でも似たような状況だったのだから。

 入学式当日ということもあり、オリエンテーションが終わるとそのまま解散となる。


 教室では早くも、いくつかのグループが出来つつある。

 士官学校はいわば貴族社会の縮図である。

 男子や女子を含め、中心となるのはやはり侯爵、伯爵などの高位貴族たち。

 下位貴族と呼ばれる子爵、男爵家の子女は寄らば大樹の木陰とばかりに、高位貴族たちに恥ずかしげもなくおもねる。

 無論、公爵家出身のロザミアには誰も近寄りもしない。

 だから煩わしさを感じることもなく、寮へ戻れる。

 おまけに寮の部屋は一人一室という好待遇。

 部屋そのものは狭いらしいが、それでも十分。

 寮は学年と性別ごとに分けられている。

 一年生の女子寮は簡素な造りの建物だ。

 二年、三年と学年があがるごとにグレートが上がっていく、らしい。


 ――私の部屋は213号室……。


 まだ生徒の大半は校舎で友人との時間を過ごしているのだろう。

 寮の中は静かだ。

 部屋の中は机と本棚、ワードローブと必要最低限の家具があり、事前に送っておいた荷物が床に置かれている。

 手持ちぶさたになって持参してきた本をめくるが、集中力が途切れがちで目が滑ってしまう。


 ――学校の中を探険でもしてみようかな。


 本を閉じて、寮を出る。


 ――とりあえず、食堂に行こうかな。食事していれば時間を潰せるし。


 学校の施設利用は衣食住、全て無料。

 勉学以外に煩わされるということがない最高の環境だ。

 地図を片手に食堂へ向かっていると、『公爵』という言葉が耳に入ってきて思わず足を止めた。

 それから反省する。またどこかでロザミアの悪口を言っているのだろう。


 ――駄目ね。ちょっと神経質になりすぎてしまっているのかも。罵詈雑言に反応なんかしたら駄目。こっちが反応したら向こうを喜ばせるだけなんだから。


 しかし次に聞こえて来た言葉に、またも足を止めてしまう。


「……本当だって。ついさっき、校門に入っていかれるクリストフ副総長様をお見かけしたのよ!」

「!?」


 過剰に反応し、その会話をしている二人組の女子のほうを思わず見てしまう。

 はっきりクリストフ、と聞こえた。聞き間違いではない。


 ――どうしてクリストフお義兄様が? 私は無関係よね。それじゃ公務? そうよ。公務よ。学校のどなたかに用事があって来ただけ。


 それからまた少し歩くと、四人の男子グループと擦れ違う。


「……いやあれは、絶対ネヴィル様だった」

「!!」

「あんな特徴的なお姿を見間違えるかよ」

「なんで、陛下の側近である宮廷魔導士様が学校にいるんだよ」

「そういや、公爵家の誰かが入学したって話だから様子を見に来た、とか?」


 ヨウスヲミニキタ……?


 ――それは絶対にありえないわ!!!


 詳しく話を聞きたい。でも聞きたくない。


 ――やっぱり散策はまた明日にしよう。そうしよう。今必要なのは休息だわ。明日から本格的に授業も始まるんだし、体調は万全にしておかないと!


 回れ右をし、早足で寮へ帰ろうとしたその時、駆け足の女性たちと擦れ違う。


「クリストフ様とネヴィル様よ! 見なきゃ損じゃない!」

「お話できるかなぁ!」

「かなり人が集まってるから無理かもぉ。でも私はあの国宝級の美形を見られるだけで至福だから!」

「そうよね。公爵家のアメジストとアンバーですもんね!」


 公爵家のアメジストとアンバー。

 それはクリストフとネヴィル、その二人の瞳を元にした尊称だ。


 ――本当にあの二人が学校にいるの……?


 どうしているんだろうか。

 どちらか一方であれば公務で来る可能性はあるが、二人同時にというのはさすがにおかしい。

 さすがに気になり、今し方擦れ違った女子生徒たちが向かっていった方へ、ロザミアは駆け出す。

 群衆の盛り上がった声が聞こえてくる。

 男女関係ない人だかりができており、その中心にクリストフとネヴィルがいる。


 ――ほ、本当にいた……。


 二人は自分たちを取り囲み、熱狂する生徒たちを前にしてもいたって冷静だ。


「お二人とも、公務でこちらにいらっしゃったのですか!?」


 人だかりの誰かがそう聞く。

 ロザミアは顔も分からない人に心の中で感謝する。


 ――そう、私もそれを知りたい!


「いや、今日から俺たちはこの学校で教官を務める」


 ――は……ぃ?


 キョウカンヲツトメル?


「私もです」


 ワタシモデス?

 人だかりの盛り上がりはさらに最高潮を迎える。


「ネヴィル様、あなたのお書き成られたあの論文、読まさせて頂きました! 是非、私の論文も見て頂けないでしょうか!?」

「時間があれば目を通しましょう」


 ネヴィルと眼が合う。少し遅れ、クリストフとも。

 明らかな二人の視線が一点に固定されたことで、群衆が一斉にロザミアへ注目する。


「おい、あれ……」

「ああ、あれだろ。ギルディニアの狂犬――」


 ロザミアは脇目もふらず、その場から走り出した。


 ――教員!? 嘘でしょ!? あの二人が!? 仕事は!? 騎士団の副総長と側近魔導士の職は!? ありえないありえないありえないありえない……!!


 ロザミアは寮に突入するや、階段を二段飛ばしでかけあがり、自分の部屋の扉に体当たりをする勢いで、室内へ転がり込んだ。

 ぜぇぜぇ、と荒い息を繰り返し、ベッドに倒れ込んだ。

 ようやく自分を見る冷たい眼差しから逃げられると思ったのに。

 これは何かの嫌がらせなのか。

 王国内で将来を嘱望された二人の兄が、ロザミアの入学と同時にこの学校の教員になるなんて、悪い冗談だ。


 ――ど、どうしたらいいわけ……?

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