ドライブしようぜ
俺たちは駅のほうへ、目的があるわけでもなくただ歩いていた。
外国製のスポーツカーが歩道沿いの道路に止めてあるのが目についた。
色はブリーフのように真っ白で、座席を外から眺められるロードスタータイプの車体だ。
車のナンバープレートは「1010」と、この手の所有者に多い意味ありげな番号だった。
エンジンはダブルベースより低い音を奏で、地面をビリビリと震わせていた。
「あーら、山羊谷ちゃんじゃないの」と、車の所有者が声をかけてきた。
山羊谷の知り合いらしい。車を降りてこちらに近づいてきた。
車は忠犬のようにうなりながら、飼い主が帰ってくるのをそこでじっと待っていた。
「かっこいーですねえ、乗っていいですか」
俺は所有者の了解を待たず、運転席に乗り込んだ。
そして、大きく手を振って「ハーラン」と男の名を呼んだ。
男もドアをまだぎ、右側の座席に座った。
「少し、ドライブしてきまーす」
言い終わるとブレーキペダルを踏み、パドルシフトを指先で引掛け、1速に入ったのを確認し、アクセルペダルを踏む。
タイヤが奇声を上げ走り出す。さらに、アクセルを踏む。
電子制御で調教された狂犬が鋭く加速する。頭が後ろに持っていかれる。
それまで低く鳴っていたエンジンはけたたましくほえた。
男は「魔物のようだ」と言って嬉しそうだった。
高速の入り口レーンに進み、高速へ乗り入れた。
アクセルを踏む。ギアはまだ2速だが、すでに百キロを越えた。3速に入れる。
夜の高速をライトが前方だけ照らす。周りの建物の照明だけがうしろへ流れていく。
俺たちは「ハハハ」と声を上げて笑っていた。
道がまっすぐになったところで路側帯に車を止めた。
「今度はお前の番だ、ハーラン」
ギアをニュートラルに戻し、シートから離れた。
男は「できない」と言ったが、無理やり運転席に座らせた。
「どうしたらいい?」
「まずこちらのペダルを踏め。そしてこのパドルを引いたら、足を外して右を踏め」
「こいつは難しいな」
男は苦笑いをして首を横に振っていた。
「あとシートベルトはしろ、ルールは大切だ」
感がいいのだろう、言ったとおりの操作を一度で完璧にこなしていた。
俺はシートベルト、バックミラーで後方の安全確認をし、男に「右の足でそーっと踏んで」と言った。
すぐに車がガツンと前に跳び出した。
男はアクセルを床につくまで踏む。
両手を10時10分のかたちでハンドルを握る。
けたたましいエンジン音と加速が頭を一瞬でマヒさせる。
男はギアを一速のままアクセルを踏み続けた。
男は嬉しそうに口を開けて笑っていた。
そして、ハンドルを回すことを知らないハーランは車を中央分離帯に激突させた。
少しのあいだ、気絶していたようだ。
男はエアバッグの中に顔をうずめていた。
俺は男の頬を何度かたたいた。何も反応がなかった。
「大丈夫か、ハーラン」、俺は叫んで頬をたたいた。
男は薄目を開けたが、焦点が合っていないみたいだった。
「くそっ、痛い、どうなっているんだ。お前は誰だ?」と、男が言った。
「おまえこそ誰だ?」と、俺は言った。
「山羊谷蓮だ、知らないのか、私は――」
「知ってるさ、探したよ」
車の時計は10時10分のまま点滅していた。
いろいろな符号が合ったのだろうか。理由はよくわからなかった。
男は何が起きたのか理解できていないようだった。
俺はひとり、車を降りて、夜中の暗い路側帯を歩いた。
そして、一番近くの料金所から高速を歩いて降りた。
翌日、各種メディアが有名タレントの交通事故のニュースをやっていた。
ピーターからは家賃を払える程度の僅かな報酬をもらった。
転生者から約束の金をもらいそこねたなあと、俺は考えにふけっていた。
ハーラン ~俺たち、のってるスーパー魔術師~ チアル @tiall
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