124.地下決闘場2
「うげっ」
「こんばんはエメトさん」
出場者に割り当てられている生活スペースを散策後、スタッフエリアへと続く扉の前に待機して一時間ほどでエメトはその扉から出てきた。
エメトは扉の横で門番として置いている自分の部下の横にちょこんと立って待っていたカナタの姿を見てわかりやすく表情を歪める。
「おい、何仲良く待ってやがるてめえら。不審者だぞ」
「いやこの子供、招待状持ってるんですよ! 俺達にとってはゲストですゲスト!」
「追い払ったら追い払ったでエメトさん怒るでしょ!?」
あまりに部下が正論過ぎてエメトは何も言い返せない。
カナタに会いたくないというのは完全にエメトの私情だ。
「ちっ……何の用ですかカナタサマこのやろう」
「エメトさんやけくそだ」
「疲れてるんだな」
「黙れ。それで、本当に何の用だい」
エメトが歩き出すとカナタも時間潰しに付き合ってくれた門番の二人に頭を下げてからそれに付いていく。
「というか何で俺の名前知ってんだ」
「え、だって酒場でもエメトって呼ばれてましたから……」
「ああ、そりゃそうか……混乱してるな俺も。で、用は?」
「最近の出場者の名前ってわかりますか?」
「……何でそんな事聞く? こういう場所で詮索する輩は疑われるぜ」
「疑われても特に後ろ暗いことがないから聞いてます」
エメトは周囲を見回して、廊下を曲がる。
出場者用の生活スペースとはまた雰囲気が変わっていき、やがて他のスペースよりも薄暗い場所に出た。
エメトは倉庫らしき場所に入っていき、カナタもそのまま続く。
エメトは扉を勢いよく閉めたかと思うとカナタに詰め寄った。その手にはナイフが握られている。
「お前何者だ? あのバウアーって奴の仲間か? あいつと同じように俺達の仕事場を荒らしに来たのか?」
「バウアー? バウアーって人がここにいるんですか?」
「とぼけんな、あいつもお前みたいに色々探ってきた……何か関係が……」
「いつからです? いつからここに?」
エメトがちらつかせるナイフに怯えることなくカナタはむしろ身を乗り出した。
ただの子供だと思ってはいなかったがここまでとは思わず、エメトはつい突き付けたナイフを引っ込めてしまう。
ナイフを出したのはただの脅し。もし手元が狂ったらカナタに刺さってしまいそうな距離だ。
(少しはびびれよこのガキ……!?)
身を乗り出すカナタを見てエメトは観念したようにナイフをしまう。
ここで知ったことか、と追い返すのは簡単だが、この二ヶ月バウアーのせいでエメトは割を食っている。
もしカナタがバウアーと敵対しているのなら、利用できるかも……バウアーに対して抱いていた苛立ちが思考となってエメトの頭をよぎる。
どうせ引いてしまった貧乏くじならば、開き直って利用したほうがいいかもしれないと。
「……二ヶ月くらい前からだ。面談の時に追い返したかったが、出資もしてやるってんで話を受けちまった」
「二ヶ月前……聞いた話の時期とほとんど一致する……当たりか……?」
「こっちの質問にも答えろ。お前、バウアーの味方か?」
「多分敵になりますね」
誤魔化す様子もなくカナタはさらっと言い放った。
何も明かさず、忠告にも耳を貸さないバウアーとは違ってあまりに素直。
疑う余地すら与えてくれそうにないカナタの態度。たとえ罠であっても、こんな子供に罠にかけられたのなら最初から自分には焼きが回っていたのだとエメトは賭けることにした。
「お前、軍の人間か?」
「違います」
「俺達をしょっぴきにきたのか?」
「違います」
「だったら、何で出場者なんて調べる?」
「ちょっと事情がありまして……ここをどうこうしようなんて考えてません。こういう仕事もあるんだなとは思いましたけど、好きにやったらいいと思います。出場者に戦うことを強制してるわけじゃないんですよね?」
「ああ、それは勿論だ。だったら面談なんてやんねえ」
「ならどんな結果になっても出ると決めた人の自己責任なので……お金を賭けるのも個人の範囲でなら別に……理不尽さも感じないので好きにやったらいいんじゃないでしょうか」
「……信じていいのか?」
「ええ、信じてください」
普通なら、エメトはこんな言葉は信じなかっただろう。
だが直前に語った子供にしてはまりにドライな価値観に共感したのかエメトはカナタの肩を掴む。
「俺は今バウアーのやつのせいで困ってる。出場者はぽんぽん殺すわ、部下を金で買収して勝手に使うわ、場合によっては
だがあいつがそこそこ出資してる上に過激さが一部から人気を集めてる上に本人が強いからこっちからどうこうできねえ……!」
「エメトさん疲れた顔してますもんね」
「
「正確にはちょっと違いますが……そうですね、狙いはバウアーって人です。話を聞くために連れ出すくらいはしたいです」
「……あれをここから追い出せるってんならお前に協力してやる」
まさかのエメトからの提案にカナタは少し驚いた。
エメトはエメトでカナタの表情がようやく人間らしく変わったことに勝機を見出す。
このカナタという子供の奥底は見通せないが、間違いなく血は通っていると確信して。
「正直ガキの癖にこんな肝が据わってるお前は信じらんねえ! だが、バウアーを追い出してくれるってんならお前が俺達に害あるガキじゃないと信じて協力してやる! だからお前も俺を一旦信じろ。お前の仕事に協力する代わりに、俺が平穏に仕事できるように協力しろ!」
「乗った」
「よぉし!」
エメトが右手を出すと、カナタはその手を思い切り叩いて協力関係成立。
エメトはカナタの実力を正確に把握できているわけではない。それでも相当強いことくらいは何人もの魔術師を面談してきた経歴からわかる。
カナタがバウアーをどうこう出来なくとも、ダーオンで殺せるくらい弱らせてくれればチャンスはあるとにやりと笑った。
「協力関係になったからには言わせてもらう。お前ナイフをちらつかせたらちっとは恐がるなりしろよ! びびらないガキとかおかしいだろうが! あれで怪しい度がまた跳ね上がったぞ!」
「はは、だって俺出場者ですから。エメトさんは出場者を殺されることに怒ってたし……だったら刺しませんよね?」
「ガキの癖にかわいくねー! そうだとしてもちっとはびびれよ!」
エメトは倉庫の木箱を蹴り上げて自分を落ち着かせる。
「んで? 知りたいのは出場者の名前だっけか? 誰を知りたい? 全部か? 頭に入ってるぜ」
「それならフォーゲルさん、シュリンさん、アンクラーさんがいたかどうかわかりますか?」
カナタはトラウリヒの調査員が使っていた偽名を伝える。
エメトがその三人の名前を聞くと、眉がぴくっと反応して表情が真顔になった。
「とりあえず、お前の目的がバウアーだってことは間違いねえみたいだな。それだけでも俺にとっちゃ収穫か」
「ということは……」
「ああ、ビンゴだ。出てたよ。そんで全員バウアーに殺された。試合中に顔の皮剥ぎ取られながらな。部下に死体を教会に運ばせたからよく覚えてる」
「バウアーは明日のトーナメント? には?」
「出るぜ」
欲しかった情報を貰えてカナタはにこっと笑う。
「なら、情報のお礼は明日になりそうですね」
「他には?」
「それならバウアーが魔道具を使っていた様子はありましたか? そうでなくても変な様子があるとか……」
エメトは考えるように天井を仰ぐ。
「いや、それは流石にわからねえな……少なくとも魔道具を試合中に使うようなことはないと思うぜ。使ってたら観戦してる貴族連中が気付くんじゃねえのか?」
「なるほど……ありがとうございます」
「変な様子も特には……最初の夜、徘徊してたくれえか?」
「え……?」
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