123.地下決闘場

 カナタの目的地は後日訪れる予定のルミナ達とは違う場所だった。

 学院近くの貴族街に近い雰囲気の区域とはまた別の場所……エメトと面接した場所ともまた違う。

 住宅街のようでいて人気ひとけが少ないのは、そういうことだろう。

 何の変哲もない酒場で招待状を見せると、カナタは地下室へと案内された。

 食材を保管する場所だと言い張れるからだろうか。

 その地下室からさらに階段を下りて、通路を歩く。

 壁には魔道具らしきものが埋め込まれていて、どこからか吹く風もあった。

 歩くにつれて通路は豪華になっていき、最終的には立派な邸宅の廊下のようになっている。


「子供……?」

「馬鹿、連絡が来てただろう。失礼致しました、招待状をお見せいただけますか?」


 突き当たりには扉があり、その脇で立っていた男二人にカナタは招待状を見せる。

 服装はきっちりとしているが、どこか同じ匂いをカナタは感じた。

 張り付けた笑顔と懐疑的な視線を浴びながら、カナタはその扉を開く。


「……広いな」


 入った先は簡単に仕切られた観客席、見下ろすと目に入るは何の障害物もない円形の決闘場。

 今日は人が入っていないので静かだが、シンプルなこの空間が作り出すであろう熱狂が容易に想像できる広大な空間だった。


「ようこそ決闘場リーズンへ」


 キョロキョロとカナタが見回していると、いくつかある扉の向こうから女性が現れた。

 きっちりとした格好をしているが、格好に似つかわしくない香水の香りを漂わせている。

 三回目というのもあって、カナタは促される前にその女性に招待状を見せた。


「エメトから話は聞いてるわ。さ、こちらへどうぞ」


 女性の案内でまた違う扉を潜ると、その先は丁度ロザリンドが泊っている高級宿屋のような装いになっていた。扉一つを隔てるだけでここまで雰囲気が変わるのかとカナタはつい決闘場のほうを振り向く。


「うふふ、可愛い。あなた本当に出場者? 大丈夫?」

「はい、大丈夫です」

「ここの人達にいじめられたらお姉さんに言いなさいね、試合以外での私闘はもちろんトラブルはご法度よ?」


 その様子が初々しかったのか、カナタは案内してくれる女性にからかわれてしまった。いや、流れのまま忠告されたというほうが正しいだろうか。

 

「まぁ、今はそうもいかないんだけどねぇ……嫌になるわ」


 かと思えば、すぐに愚痴に変わった。

 ここでは何かトラブルが起きているようだ。


「エメトさんも大変そうにしてましたもんね」

「あっはっは! エメトが一番大変かもね、あいつ今が一番ついてないわ。皺寄せが全部来てるもの」

「出場者の人が何かやってるんですか?」

「そうよ、まぁ、ここに来る奴等は血気盛んな魔術師か金目当ての魔術師かのどちらかだからトラブルは置きがちではあるんだけど……どうも今までとは違う嫌な感じなのよねぇ」

「嫌な感じってたとえば?」


 案内してくれている女性の横を歩けるようにカナタは小走りになる。

 その様子が女性に刺さったのか、女性は少し歩くスピードを落とした。


「んー? なーんかエメトとその部下の間がぎくしゃくするようになったり、過激な試合内容ではあったけど殺しは少なかったのが毎回殺しが出るようになったりね……何がどう変わったとは言いにくいんだけど、いやーな雰囲気がするっていう感じかしら」

「裏決闘場だからじゃ?」

「そういうんじゃなくてね。私達なりの義理とかラインがあったんだけど……そんなもの見えてないみたいな雰囲気になっちゃったような……。ま、悪人なりの居心地の良さってのがあったのよ、まだあなたには難しいか」

「そうかもしれません」


 女性の話は何となくカナタにも伝わった。

 一般的な善行や悪行とは別の場所にある、その場の雰囲気が淀んでいく悲しさ。

 非合法の商いをしている悪人だからといってどんな悪行も受け入れられるわけではない……悪人なりの超えてはいけないラインや人間関係の義理やけじめというものがある。

 今この裏決闘場はそれが曖昧になっていると女性は言いたいのだろう。


「ごめんね全く……あなたが子供だからかしら、言わなくていいことも言っちゃうわ」

「子供ですけど、出場者なのでここの様子は知りたいです」

「というよりあなた本当に大丈夫なの? 正直お姉さん心配よ? 子供がやられるところを見るのは気分が悪いわ」


 女性は心配そうにカナタを見下ろす。

 カナタはそんな女性に向けて微笑んだ。


「大丈夫です、やられないので」

「……!」


 カナタを案内する女性はここで働いて二年になる。

 ここに訪れた様々な魔術師、魔剣士を見てきたが……誰が強い誰が弱いなどは見た目や少し接しただけではわからない。

 そんな目に見えない実力がわかる眼力があれば、もっとうまく生きられただろう。

 だが……それでも時折、強いと確信を持って言える人間を見かけることがある。

 ただ大口を叩いたり、女の前で見栄を張ったりするのではなく、自分の経験に基づく自信によって断言する目の前のカナタのような人間を。


「なるほどねぇ、エメトが許可するわけだ」

「お姉さん?」

「んーん、なんでも。さぁ、着いたわよ」


 女性の案内でカナタは控え室兼自室に到着する。

 扉にはカナタ・ランセアとエメトとの面談の時に名乗った名前のネームプレートが貼られていた。

 女性が扉を開けると、それなりに広い部屋がカナタを出迎える。

 カナタには大きすぎるベッドに中央に置かれたテーブルの上には大きな籠が置いてあり、歓迎のつもりなのか籠の中には様々な果物と数本のワインボトルが置かれていた。

 当然、カナタにとっては全く嬉しくない。


「あらこれは片付けなきゃ駄目ね」

「ごめんなさい子供で」

「いいのよ。何かジュースを持ってくるわね」


 案内してくれた女性はカナタが部屋を見ている間にワインボトルを回収する。


「出場者にはこうして前日に生活スペースが与えられるの。試合が終わった後は出ていくもよし、次の試合まで宿代わりにするのもいいわ。宿泊費はとらないけど寝泊まり以外のこと……食事とかは別料金よ。別料金にしないと食べるだけ食べてここから逃げ出すくだならい輩とかもいるから悪く思わないでね」

「わかりました」

「水浴びとかもできるから遠慮なく言って。私はあなたの担当だからそこの共鳴の魔鈴を鳴らしてくれればいいわ」


 テーブルには最近カナタが買う度に実験して壊していた鈴の魔道具が置かれている。

 二つで一つの魔道具だが一つしかない。もう片方はこの女性が持っているということだろう。

 後は照明用インク瓶があれば爆破できるな、とカナタがさらっと恐ろしい想像をしてしまうのは実験のやり過ぎかもしれない。


「部屋の外は出ても大丈夫ですか?」

「出てもいいけど、スタッフエリアには入っちゃ駄目よ」

「…………」

「駄目よ?」


 女性はワインボトルを回収しながらカナタに釘を刺した。

 他にカナタが使わないであろうシガーカッターなども回収し終わると、にこっと笑顔を向ける。


「それじゃあ、何かわからないことがあったらいつでも呼んでちょうだい」

「なら、もう一個聞きたいことがあるんですけど」

「なあに? なんでも聞いて?」


 女性が聞き返すとカナタは真っ直ぐな目で問う。


「お姉さんの名前は?」

「あら、この流れで私に興味? 案外口説き上手? ふふ、ジェニーよ」

「カナタです、短い間ですけどよろしくお願いします」

「ええ、よろしくカナタ様。じゃあすぐにジュースを持ってくるわね」


 ジェニーはひらひらと手を振って部屋から出ていった。

 一人残されたカナタは背中からベッドに倒れ込む。


「さて、明日までに色々聞かないとな……うーん……ジェニーさんに聞くのは変かなぁ……。エメトさんを探したほうが詳しいかなぁ……。うーん……」


 当然カナタの目的は出場者として支援者パトロンを募ることではない。

 まずは過去のトーナメントの出場者を確認……エイミーとシグリから聞いた調査員達の名前があれば、この場所に違法魔道具の手掛かりがある可能性は高い。


「よし、エメトさんを探そう」


 ベッドから起き上がりながらカナタは方針を決める。

 エメトに、一生来ない事を祈ってる、と言われたことなど当然カナタは覚えていない。


――――


貧乏くじのほうから寄ってくる。

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