121.貧乏くじ
「出場者として潜入するのはどう考えても俺でしょう」
店主から聞き出した出場者を品定めする場所に誰が向かうか。
そんなもの決まっていると言いたげにカナタは手を挙げた。
「俺以外は選択肢になりませんよ」
「ですが……」
「ルミナ様は品が良すぎるし、コーレナさんも同じような理由で怪しまれます。エイミーとシグリさんはデルフィ教徒だから無し、ルイは論外」
「まぁ、そうなるわよね……」
「私達は潜入したところで亡くなった調査員の二の舞ですからね」
カナタ一人に、ということに手放しで賛成しているわけではないがエイミーもシグリも納得せざるを得ない。
傭兵団にいたカナタ以外に血と暴力の世界にいた経験を持つ者がいないのだ。
使用人であるルイですら表社会で守られて生きてきた人間だ。どれだけ装っても悪い意味で真っ白すぎる。
そして出場者ともなれば自衛できる戦闘能力を持つのは当然……であれば、この中で出場者として潜入できるのはカナタしかいない。魔術師としての証明もできるので嘘もばれにくい。
「では私もお付きの人間として……!」
「いや、裏決闘場なんていかにも無法者が行くようなとこに使用人連れて行く人なんていないから……」
「うう……」
何とかカナタについていきたいルイだが、ぐうの音も出ない。
子供だけでも怪しまれるというのに、連れの使用人などいたら金や環境に全く困っていないことが丸わかりだ。
「表からの潜入は母上主導になるだろうからルイはそっちで協力して。俺が少しの間離れることになるだろうから」
「はい! お任せを!」
「私とルイはルミナ様達とは無関係を装って入ることになるかと思います……どこかの貴族の放蕩息子ならぬ放蕩娘として振舞えば中に入ることくらいはできるでしょう」
「ルイをお願いしますね、コーレナさん」
ルミナが思い出したように手を叩く。
「そうだカナタ、ディーラスコ家の名前は出してはいけませんよ。相手はベルナーズ家の人間ですから、すぐにばれてしまいます」
「あ、そうですよね……とはいえ平民の魔術師で子供というのは流石に不自然ですし……」
何か偽名を、と考える。
設定としてはどこかの貴族の馬鹿な子供、もしくは落ちぶれた貴族の子供が
しかし出場者を品定めする場なんてものを設けているのだからてきとうな名前を付けて、もしそんな貴族はいないと見抜かれたら面倒な事になる。
「それでしたらカナタ様、没落した私の家の家名をお使いください」
カナタがどうしたものかと考えていると、ルイが再び前に出る。
先程のようについていきたいと駄々をこねる時とは違って真剣な提案だからか、ルイはカナタに傅くように膝を折る。
「完全に没落したのは数年前……古い貴族名鑑には名が残っていることでしょう。そうでなくとも、没落した家を再興させるために
「そっか、ルイは昔貴族だったね。でも、いいの? 元の家の名前をこんな風に使っちゃって?」
「カナタ様のお役に立てるならそれ以上の使い方はありません。もう名乗られることのない我が家名に今一度、カナタ様の名と並ぶ栄誉をくださいませ」
「ありがとうルイ、じゃあ遠慮なく使わせてもらうね?」
「はい」
ルイの真面目モードを見たことがなかったエイミーとシグリは目の前の光景を見て呆然とする。普段カナタを溺愛しているだけの印象しかないが、側仕えらしい提案をしたりもする。
「ぐふふ……カナタ様が私の元の家名をだなんてなんだか……きゃー!」
「台無しだ馬鹿……」
「ぐふふって言ってるわよ……」
話が終わればその真面目さも保てなかったのか、ルイの浮かべる笑顔は淑女とは思えないだらしなさで……カナタには見られないように上を向いているのがまた小賢しかった。
♦
「なるほどな……若くして没落した家の再興のために金がいると……」
「戦ったらお金がもらえるって聞きました」
「そりゃ本当だが……お前みたいなガキがどうやって知った?」
「没落したとはいえ貴族の出なので噂だけは聞いていて……最近、この町で魔術師の死体が多いって話を聞いたので色々調べてみたら……という感じです」
「……なるほどな」
落ち着いて話すカナタをエメトは注意深く観察する。
同時に、またバウアーのせいかと口汚く罵りたくなるのを心の中で抑えていた。
カナタは背筋を伸ばして座っていて貴族の家の出であるのは間違いない。しかし、同時に子供の割に落ち着きすぎているところに怪しさを感じている。
「ならわかるだろ、ここは殺しもやる。お前みたいなガキはやめとけ」
「殺しがあるから何ですか? 戦いの中に殺しがあるのは当たり前じゃないですか? まるでここだけ特別みたいに言われても納得できませんよ」
「……お前、誰に指示されてそう言っている?」
「え? 誰と言われても……?」
エメトはカナタを見極めようと質問を投げかける。
図星を突いたつもりだったが、カナタの様子に変化はない。
こう言えと指示されているわけでもないのなら、今の言葉はこんな子供の本心だとでもいうのだろうか?
だとしたら、この子供はどういう人生を送ってきたのか。
エメト自身、険しい人生を経て今はここで仕事をしているが……ここまで割り切った感性にはなっていない。
物心ついた時から残飯を食らって、物乞いをして、盗みをして、死体を見ることだって何度もあった。
だからといって、殺しがあるからなんだ、と戦場に飛び込むことはできない。
「ここにいる前はどこにいた?」
「え?」
「いいから答えろ。没落した後、どこにも頼らずに過ごしたなんてことはないだろ」
疑われているのはカナタでもわかった。
貴族の家の養子と言うわけにはいかない。カナタは一瞬考えた。
「魔術の才能を買われて傭兵団にいました。そこで戦場に何回か」
「おいおい……」
目の前の人間を騙すためかつ嘘を交えてカナタはエメトにそう伝える。
魔術契約による警告はなく、契約には反していないと判定された。
エメトが信じていないというのもあるだろうか。
「馬鹿かてめえは! いくら傭兵団が戦える奴等を探してるからってガキを使うわけねえだろ!」
「そんなこと言われても本当なので……」
「っ……!」
嘘を吐くな、と叩きつけたいところだが……エメトは自分の中で腑に落ちている部分もあって言葉に出来ない。
戦場を経験している人間ならば、カナタのこの落ち着いた雰囲気にも納得できる。
家を再興するためになんでもするというここに来た理由とむしゃらさも合致する。
「エメト」
「あんだ!?」
カナタを判断できない苛立ちからか声が荒くなる。
ダーオンは気にせずエメトに耳打ちした。
「スターレイ王国にはカレジャス傭兵団という子供だろうが誰でも使う傭兵団がいる……そこの出身じゃないか」
「ああ!? じゃあこのガキの言ってることは本当だってのか!?」
「ああ、魔剣士の間では有名だ。メンバー一人一人が第二域の魔術師までなら一対一でも苦にしないと……そこ出身なら第二域という発言も辻褄が合う」
「合わせんなよそんな辻褄……より混乱するわ……」
ダーオンからの情報でさらに頭を抱えるエメト。
自分の勘が、このカナタというガキはバウアーに続く貧乏くじの可能性があると言っている。
どこかの組織の差し金か? 悩みの種であるバウアーと何か関係があるのか?
いや、流石に子供は使わないかとエメトは冷静になるよう自分に務める。
最近、殺しの頻度が多いせいでトラウリヒの魔術師は軒並み逃げ出して人不足……とはいえ子供をあそこに放り込むのはどうか。
エメトは思考とストレスからか、口で遊ばせていた火のついていないタバコを噛み切ってしまった。
「自分は第二域まで使えます」
そんなエメトの頭上にカナタは声を掛ける。
「あ? ああ、言ってたな」
「何か不満ですか?」
「いや、不満はねえが……」
「俺が子供だから、出場させてくれないんですか?」
「まぁ……あー……そうなるか……」
「ずいぶん甘いんですね、今ここでお二人を倒せば実力で見てくれますか?」
カナタの言葉に一瞬だけ空気が止まる。
エメトとダーオンが険しい表情でカナタを睨む。
対して、カナタも礼儀正しく座ったままその視線に笑顔を返した。
ダーオンが剣を抜けば今にも魔術を唱えそうなカナタを見て、エメトは大きく息を吐いた。
「……決闘場での怪我や生死は自己責任だからな」
「そんなの当たり前では……?」
「ちっ……ほら」
エメトは懐から招待状を取り出し、カナタに放り投げる。
「試合は五日後、前日までにその中に指定されてる場所に行け。さっきの大口に実力が追い付いてなくて
「わかりました」
「とっとと出てけガキ、俺としては一生来ないことを祈ってるぜ」
「いえ行きますよ。ありがとうございました」
カナタはエメトとダーオンに頭を下げて部屋を出ていく。
ほとんど厄介払いに近い形でカナタを出て行かせたエメトはテーブルにぶつけるように突っ伏した。
「あー……ちくしょう……なんだあのガキ……!」
「ラクトラル魔術学院の生徒……というわけでもなさそうだな、肝の据わり方が学生のそれじゃない。魔剣士や騎士のそれだ」
「そりゃあんなとこに通ういい子ちゃんがこんな場所に来るかよ!」
「そういえば……あのバウアーは元ラクトラル魔術学院の教師だったそうだな」
「ああ、あれが反応したら一応警戒強めるか……」
子供を決闘場に放り込む事に良心が痛むような善人ではないが、あれがただの子供だと思えるほど警戒心は麻痺していない。どちらにせよカナタの動向は部下を使ってマークするのは確定だ。
エメトはきゅうう、と体の中が痛むのを感じた。
「胃がいてえ……まーた貧乏くじじゃねえだろうな……くっそ……」
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