120.俺達が呼んだんじゃねえよ……

 面接官エメトは貧乏くじを引かされている。

 滅多に顔を見せない胴元へ現状の説明に苦労をし、決闘場に参加する出場者は異例の速度で減るので面接の仕事は増え、さらには部下が誰かの指示で勝手に動いている件についても色々と胃を痛めていた。


「あー、もう誰か職場ぶっ壊してくれねえかな」

「そういう発言はやめておけと言いたいが……気持ちはわからなくもない」


 整えていたであろう青髪をがしがしと掻くエメト。

 護衛の魔剣士であるダーオンもエメトの縁起でもない呟きに頷いてしまう。


 最近の裏決闘場は少し荒れている。

 流れ着いた魔術師を戦わせて支援者パトロンに金を出して稼ぐ……その基本的な構造こそ変わっていないが、試合はより血が増えて、死が増えた。

 表稼業でないからといって、過激になればいいというわけではない。

 裏決闘場をスポーツの延長として見ていた貴人達もおり、より多くの貴人を取り込むにははたまに死が見える程度の塩梅あんばいが丁度いい。

 トーナメントの度に死傷者が出ては、それが当たり前になってしまう。


「出場者も雑草のように生えてくるわけじゃねえんだぞ……ったく」

「……二ヶ月ほど前からだな」

「ああ、あのくそったれ・・・・・が来てからだおかしくなったのは」


 三ヶ月ほど前の話だろうか。突如として現れたハウアー・ベルナーズという男が発端だ。

 他の魔術師はさほどだというのにトラウリヒの魔術師相手だけ容赦なく、残虐に、止められても止まらない。

 最近では出場選手だけじゃ飽き足らず、裏闘技場の人間に金をちらつかせて外でも狩りをしている様子だ。

 調べによると昔はラクトラル魔術学院の教師だったこともあるらしいが……そんな雰囲気は一切ない。


「人間落ちるところまで落ちると変わるのかねえ」

「気を付けろ。どこまで手が伸びているかわからないんだぞ」

「大貴族の道楽か、それとも何か別の目的があるのか……俺にはわからん」

「エメト」

「わかってるわかってる」


 手をひらひらとさせて、エメトはいつもの酒場へと到着する。

 相変わらず賑わっているが、エメトの登場で少し空気がひりついた。

 この酒場は特別珍しくもない普通の酒場だが、エメトが来ると二階は裏決闘場の面接会場となる。

 どれだけ血の気が多い連中が酒を飲んでも金さえ払えばどうでもいいが、エメトがいる時にトラブルを起こせば……どうなるかは想像通り。それは裏決闘場の人間の手を煩わせることになるのでダーオンの剣が抜かれることになるだろう。

 俺がいる時に無駄なトラブルを持ち込むな。いない時は好きにしろ。

 ここはそんな自由なスタンスだからこそ、裏決闘場の人間が仕切っていても気楽に誰でも飲める酒場となっている。

 エメトは自分が来た時に感じるいつもの空気を無視して二階に上がろうとすると、


「エメトさんよ」


 珍しく客の一人に話し掛けられた。

 階段を上がりかけた足を止めて、エメトは客の方に目をやる。

 その客はがたいのいいスキンヘッドでエメトを睨んでいた。

 初めて見る顔ではない。むしろ何回も顔を見たことがある常連だ。

 そんな客がわざわざ話し掛けたということは何か言いたいことがあるのだろう、とエメトはダーオンを下がらせる。


「なんだい、あんた見る顔だな。ここのルールは知ってるか」

「もちろん知ってる。何度も来てる店だ……あんたにこうして因縁つけちゃいけないってことだってわかるさ」

「わかってて、何の用だ? 言っとくが、個人的な依頼なんて受け付けないぞ。奥さんとの夜の相談も受け付けない。俺は独身なんでな、同じ立場の人間に相談してくれ」

「ちげえよ!!」


 スキンヘッドの客は暗に下がれという意味のエメトの言葉に対しても退こうとせず、むしろ怒りを露わにした。


「おいおい、本当にトラブルか? うちに入りたいって輩の腕試しか?」

「さあ……何か言いたいことがあるのは間違いなさそうだ」


 面倒だな、と誰にも聞こえない声で吐き捨てているとスキンヘッドの客はエメトの村蔵を掴んだ。

 胸倉を掴まれながら、剣に手をかけようとするダーオンをエメトは手で制止する。

 別に一発殴られるくらいはどうでもいい。それよりもこのスキンヘッドが何を言いたいのかがエメトは気になった。

 ここが裏決闘場の人間が仕切る酒場であり、あまつさえその張本人であるエメトに危険を冒してまで胸倉を掴みにかかるほど怒りを表したその理由は一体?

 裏決闘場が荒れているがゆえに、些細な変化でも把握しておきたいとエメトはあえて胸倉を掴ませた。


「おいおい、俺の胸倉はたけえぞ? 覚悟はできてんだろうな?」

「ああ、わかってるさ! けど……けどよ! 見損なったぞエメト!!」

「…………あん?」


 エメトは名指しで見損なわれたが心当たりがない。

 そもそも大した接点がない上に、最近のエメトは忙しくしていてむしろ評価されてもいいくらいだ。


「何かそっちの仕事が大変なのはわかるさ……ここに来る頻度が上がったし、ここに来る魔術師も増えたもんな……!」

「ああ、ちっとな」

「俺は、いや俺達はあんたが悪いやつだとは思ってねえ! 俺達みたいな一般人じゃないのはわかってるさ、それでも気のいいやつだ! この酒場だってどんだけ飲みまくっても金さえ払えばって笑って許してくれる! 最高さ! そんなあんただからこそ……一線を守ってると信じてた!」

「……おい、何が言いたい?」


 周りを見ればどうやら不満を抱いているのはエメトの胸倉を掴んでいるスキンヘッドだけでなく、他の客までエメトに厳しい視線を向けている。しかし当のエメトに全く心当たりがない。

 自分の名前を使って何かされたか? と一瞬、今の悩みの種であるバウアーの顔がよぎる。

 自分の部下達は恐らく金をつかまされてトラウリヒの魔術師狩りをやらされた。

 少し前に服がほとんど焼けた部下四人と顔がインク塗れの一人が帰ってきた時のことは記憶に新しい。


(俺の名前まで使って何かやり始めたか……?)


 エメトがそんな可能性に舌打ちしているとスキンヘッドは叫んだ。


「いくら大変だからってよ! あんなガキまで使わないといけねえのかよ!!」

「は? ガキ?」


 ガキ? 子供?

 わけもわからずエメトが目をぱちぱちさせていると、スキンヘッドだけでなく他の客も立ち上がった。


「とぼけんな!」

「そうだエメト! 見損なったぞ!!」

「見境なしかよこの鬼畜!」


 普段、関わりが無いはずの酒場の客から非難轟轟の嵐。

 ここまで言われ続けても、エメトには何の事か全くわからない。

 護衛でしかないダーオンに視線をやるが、ダーオンもまた何もわからず首を横に振った。

 スキンヘッドは言いたい事を言い終わったからか、エメトの胸倉から手を離す。


「あんたらの仕事はわかってるさ。舐めた口利いた報いは受ける。けどよ、言いたくもなるだろ……! あんなガキまであんたらの仕事に巻き込もうなんてよ!」

「ま、待て待て一体何の話だ!?」

「何のって……! まだとぼける気か!? 上で待ってるガキのことさ!!」


 エメトはそれを聞いて先程昇りかけた階段を駆け上がった。ダーオンもそれに付いていく。

 恐らくはいつも使っている部屋にそのガキとやらはいる。

 エメトは駆けあがった勢いそのままに、いつも使っているはずの部屋をまるで知らない場所に踏み入るような気分で思い切り開いた。


「あ、こんばんは。お邪魔してます」


 そこには確かに、酒場の客が言っていた通り子供がいた。

 ちょこんと椅子に座っていたその子供はエメトとダーオンが入ってきたのを見て立ち上がり、礼儀正しく頭を下げる。


「本当に、子供……?」

「誰だ……てめえ……?」

「カナタ・ランセアです。出身はスターレイ王国。第二域まで使えます」


 エメトの問いにその子供……カナタは礼儀正しく答える。

 確かに子供、だが何十人もの魔術師をこうして面接してきたエメトはその見た目に騙されない。

 ここのことを知っていることといい、一人で来て落ち着き払っている様子といい、ただの子供じゃないのは間違いない。


「裏決闘場に出るにはお兄さんとお話しないといけないんですよね、よろしくお願いします」

「お、おう……よろしくな……」


 エメトはタバコを咥えながらカナタの正面の椅子に座る。

 しかし火を点けるのを忘れていることにエメトはしばらく気付かなかった。

 正面に座るカナタという子供からまるで……いくつもの死線を潜り抜けた戦士のような雰囲気を感じ取ってしまって。

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