119.三つの魔術

「聖女の魔術で魔術滓ラビッシュを出せるのは三つよ。その中から選んでちょうだい」

「わかった」


 裏決闘場への潜入の大まかな段取りが決まった段階でカナタは報酬として聖女の魔術を受け取ることとなった。

 魔術滓ラビッシュを渡すだけとはいえ、誰かに見られるのは避けたいということなので修練場に行くかと思えば、エイミーが選んだのは学院の裏手の森の入り口。

 エイミーは少し周囲を警戒しながら、懐から小さな袋を取り出す。


「まずは……と」

「なんだ?」

「花の種よ。買ってきたの」


 そのままエイミーは小さな袋から花の種をいくつか周囲に撒いた。

 魔術と一体何の関係があるのかと見ていると、エイミーは魔術を唱える。


「『未来への歩みヴァクストゥーム』」

「お?」

「わぁ……」


 目の前で見ていたカナタも、少し離れた場所で敷いた敷物に座りながら二人を見ていたルミナも声を上げた。

 エイミーが魔術を唱えると撒いた種が光り、芽が出てそのまま花が咲く。他に生えている雑草はそのままだ。

 この魔術はどうやら負担が大きいのか、エイミーは大きく息を吐いた。


「これは、草木を成長させる魔術よ。どう? 凄いでしょ?」

「ああ……凄いな、こんな事出来るとは……。でも、これは聖女っぽいのか?」

「はぁ……わかってないわねえこの魔術の凄さが」


 エイミーの言う通り凄いは凄いのだが、聖女らしいかと言われると正直カナタにはピンと来ていなかった。エイミーが得意気にしていると、二人の様子を見ていたルミナから声が届く。


「この魔術があれば、薬に必要な薬草を育て放題ですね」

「そう! そうなのよ! 流石ねあんた!」

「ふふ、ありがとうございます」

「あ、なるほど……」


 ルミナに言われて、カナタはようやく納得する。

 トラウリヒは魔物の生息域と隣接し、魔物との戦いが絶えない国……であれば、当然薬の需要も跳ね上がる。

 この魔術によって薬の材料がすぐに育つとなればそれは確かに神の御業と呼んでもおかしくない。

 草木の成長が早まる様子とそれを行う聖女の姿は神々しく映るだろう。


「ま、疲れるから何度も何度もってわけにはいかないけど……本国にいた時はこれで薬草を増やしていたわ!」

「聖女らしいな」

「後は枯れた花の種を撒いた後、我慢できずに咲かせたりね!」

「聖女らしい……な?」


 しかし、便利な魔術なのは間違いない。

 戦闘に使えるかどうかは置いておいて、公爵家が独占する魔術としてのメリットは相当なものだ。

 知識がないカナタが考えるだけでも、不作が続く土地に行ってこの魔術を使うなど有用な使い方がいくつか思い浮かぶ。


「次は、『穢されぬ祈りフェアアイン』」


 次の魔術は下準備が不要なのか、唱えると同時に周囲に透明な壁が展開される。

 使用者も多い『障壁ミュール』のような防御魔術のようだ。

 しかし普通の防御魔術と違う点として、エイミーが普通に歩き始めると……そのままエイミーを囲む壁も同じように動き、進行上にあった草木を魔力で押し潰した点だった。


「おお」

「まぁ……」


 カナタとルミナは声を上げたが……ルミナと一緒にそれを見ていたコーレナやルイは魔術師でないがゆえにあまり凄さを理解できていないようだった。ちなみにエイミーの護衛騎士であるシグリは私は何も見ていません、と言いたいのか終わるまで後ろを向き続けている。


「壁を作る防御魔術なのに固定化されないのか」

「ええ、『障壁ミュール』と違って膨大な魔力消費もないわ。ある程度の範囲内なら纏めて守れるし、通常の魔術領域で考えたら第三域以上なのは間違いないでしょうね」

「これは便利だな、守れると断言してたのも頷ける」

「これがデルフィ神のご加護よ。さ、デルフィ教に入りたくなったのならいつでも言ってちょうだい?」

「いや、それはいい」


 不満そうにするエイミーを置いておいて、カナタはこの魔術の利便性に少しにやける。

 防御魔術ではあるが攻防一体の魔術。大抵の攻撃魔術を防ぎながら敵に突っ込めば、それだけで相手によっては完封することだって出来るだろう。


「さらには闇属性の魔術相手には特に有利だし、呪術系統の魔術も寄せ付けないわ」

「ただの防御魔術じゃないってことか……加護というだけあるな」

「でしょ?」


 ふふん、と得意気なエイミー。

 さっきの魔術といい、今唱えたこの防御魔術といい……軽々と唱えている点からエイミーも特級クラスに値する腕前はあるということだろう。


「それで魔術滓ラビッシュが出る魔術としては最後……なんだけど……」

「……?」


 エイミーは三つ目はすぐ唱えることなく、ルミナ達のほうをちらっと見る。


「あー、ちょっと……あなた達、ついでに来てみない?」

「私達もですか?」

「大丈夫、危険な魔術じゃないわ」

「そう仰るなら……コーレナ、ルイ、行きましょうか」

「はい!」

「わかりました」


 ルミナ達はエイミーの傍まで歩いていくとエイミーはしゃがみこんで土を手ですういあげる。

 そして掬った土を歩いてきたルミナ達に差し出すように手を広げた。


「ちょっとこの土触ってくれる?」

「ええ、構いませんが……」

「なんですかこれ?」

「これはただの土よ」


 何のために? という疑問を抑え込んでエイミーの言う通りルミナ達は土を触る。

 当然、その土を触ったからといって何かが起こるわけでもなく、ただ三人の手が土で汚れただけだった。


「『曇りなき清浄アドレクヴェーレ』」

「え?」

「ええ!?」

「こ、これは……!」


 次の瞬間、驚愕はルミナ達全員から。エイミーが魔術を唱えた瞬間、土で汚れた全員の手から綺麗さっぱり汚れが落ちていく。それだけではない。

 まるで湯浴みを終えたような心地よさがその場を包み込んだ。


「体の汚れとか呪術系統の魔術とかを浄化する魔術よ。これは私がトラウリヒからスターレイに来る時みたいに、長旅とかでかなり重宝した魔術ね」

「便利だな、清潔にすればそれだけで病気になる可能性も減るって聞いたことがある……でも何で三人を?」

「これはカナタじゃなくて女のほうが価値がわかりやすいと思って」

「女性の方が?」


 カナタが何故性別が関係あるのかと首を傾げていると、横から突然肩を掴まれる。

 掴まれた手を見ればルイとコーレナが目を輝かせており、あまりに強い力にカナタはなすがままだった。


「カナタ様これ! これですよ! これにしましょう!」

「素晴らしい! 素晴らしい魔術かと!!」

「うわぁ……圧が凄いなぁ……」


 自分の手がみるみる綺麗になっていくのを見たからかルイとコーレナはこの魔術を推しているようだ。

 さっきの防御魔術とは逆に、この魔術に関してはカナタ以上に価値を感じているようである。


「駄目ですよ二人共……選ぶのはカナタですから」

「っと……も、申し訳ございませんカナタ様」

「ご、ごめんなさい……」


 落ち着いた様子でルミナはそんな二人を制止した。

 とはいえ、今の魔術でテンションが上がってはいるのか少し表情は明るい。

 自分の髪を触ってみたりと興味津々ではあるようだった。


「私達は気にせず、カナタが習得したい魔術を選んでください」

「えっと、いいんですか? 公爵家が独占する予定の魔術ですし……ルミナ様が選んだほうがいいのでは?」

「何を言っているんです。カナタの力抜きには成立しない取引でカナタの意見を一番に考えないなんてあり得ません。カナタの自由に、好きなように選んでください」

「……わかりました」


 ルミナの言葉のままに、カナタは意識を自分の頭の中に集中させた。

 三つの内どれを選んだほうがいいのか。公爵家の事情を考えず、ただ自分の欲を走らせる。

 自分にとってどれが一番有用なのか。どれが一番面白いか。

 カナタにとって魔術は趣味である魔術滓ラビッシュ集めから生まれてくれる予想外のサプライズ。宝箱の中身のようなものだ。

 ゆえに全部と言いたいが、それでは取引にはならないので自重する。


「私は何も見てません私は何も見てません」

「うるさいわよシグリ……それで? どうする?」

「俺は――」


 しばらく悩んで、カナタは三つの中から聖女の魔術を一つ選んだ。

 残り二つに後ろ髪は引かれるものの、その顔に後悔はない。

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