118.愛しのたより

「裏決闘場……?」

「だっさ……」


 カナタが店主から得た情報をルミナは首を傾げ、エイミーは吐き捨てる。


「店主の話によると、力を持て余してる魔術師同士を戦わせる……普通の決闘にはないただの暴力や血を見たい人向けの場所だとか。少し前にそこの人間からトラウリヒの人間が来たら報告するように、と頼まれてデルフィ教の紋章を張り出したそうです。何故かまでは知りませんでした」

「ねぇ、ちょっと待ってよ……何で魔術師同士でわざわざそんな危険な戦いするの……? 戦争でもないのに……?」


 エイミーは裏決闘場の趣旨が理解できないのか、そこが引っ掛かるようだった。

 エイミー自身が聖女として育てられたから、というよりは魔物と戦うのに精一杯で人間同士の戦争などほとんど起きないトラウリヒの人間だからというのもあるのかもしれない。


「そういうのが好きな人達がいるんですよ。安定しているから刺激が足りない、みたいな人達が」

「……そんな事するくらいならトラウリヒに来て魔物と戦ってくれたらいいのに」


 ぼそっと裏決闘場への文句を呟くエイミー。

 ここで言っても仕方ないとわかっているのか聞き取れないくらい小さかった。


「表向きは貴人向けのゲームハウスになってるらしいんですけど……このゲームハウスってなんですか?」

「貴族がカードやサイコロで遊ぶ……つまりは賭博を楽しむ場所ですね。大きな町にはほとんどありますよ。隠語でタウンハウスと呼ぶ時もあります」

「あ、ギャンブルなんですね」


 何となく裏決闘場とも繋がる単語にカナタは納得する。

 つまり表では懐しか傷付かない賭博を、裏では人が傷つくのを見る賭博をしているというわけだ。

 決闘なのだから勝者も敗者もいる。勝者に賭けた者が儲かるという誰でもわかる図式だ。


「その裏決闘場の優勝者には魔道具が贈られたりもするようで……ともかく、何かあるのは間違いないかと」

「トラウリヒの人間が来たら報告してくれ、というのはあまりに怪しいですね……」

「ええ、間違いなくそこに手掛かりがあるわね」

「少なくとも、三人の調査員殺しの犯人はそこにいると見て間違いないでしょう」


 エイミーとシグリは顔を見合わせて頷く。


「店主の話だと出場者希望の魔術師なら割と緩いそうで、次の面談時期も店主が知ってました。ですが出場者側なので危険も多いと思います。表のほうは資産さえ用意すれば誰でも入れて、仮面で顔を隠すのが一般的なので、それ込みで楽しめる場だと……ここで金払いのいい人が裏決闘場のほうに案内されたりするとか。店主からはこの程度聞き出せました」

「ありがとうカナタ、助かったわ」

「協力関係ですから」


 カナタが店主から聞き出した情報をトラウリヒ出身の二人では得るのすら難しかった情報……それを踏まえて、これからの行動をカナタ達は話し合い始める。


「……潜入するならどちらからもが理想ではありますね」

「も、問題は資産よね……金貨三枚とかで何とかなるかしら……?」

「エイミーさん、貴族にとってそれは資産ではなくお小遣いと呼びます。吹いて消える額です」

「ええ!?」

「え!?」

「カナタまで驚いてどうするんです……」


 カナタ達が資産について話す中、ルミナの後ろに立っていたコーレナが難しい顔をしながら手を挙げる。


「話の腰を折ってしまい申し訳ありません……これは、どうやってみなさんが潜入するんでしょうか?」

「何を言ってるんですコーレナ……ですから賭博に使える資産を……」

「いえ、その……カナタ様どころかルミナ様も、エイミー様も……まだゲームハウスに入れる年齢ではないのでは……?」

「「「あ」」」

「表向き、ということは表向きはクリーンに見えるようにしていると思いますから、子供だけで賭博場は恐らく入場拒否されるのでは……こういうのは保護者同伴が一般的かと思います。若いというだけで使える資産も軽く見られがちですし……ましてや子供だけでは……」


 そう、あくまで店主がカナタに話した資産さえ用意すれば誰でもというのは大人相手の話。

 いくら仮面で顔を隠そうと、資産を用意しようと、子供だけで入れるはずがない。


「こ、コーレナとシグリさんを親にして……」

「命令とあらばやってみますが私は成人して間もない年齢ですし、元来騎士として育てられたので今更貴族らしく振舞える自信がありません。それに、賭博で金払いのいい貴族が案内されるという話でしたから……賭博は貴族の嗜みでもありますし、慣れていない身でどういう風に見られるかがよく……」

「私は成人すらしていませんし、この国の貴族の作法とかわからないので無謀かと!」


 ルミナは縋るようにコーレナとシグリの言い分を聞いた後、ルイをちらっと見る。


「る、ルイ……は無理ですよね」

「ルミナ様? このルイにも聞いてくれていいんですよ?」

「無理でしょうね、カモにしか見えないでしょう」

「コーレナさん?」


 ルイへの評価を誰も否定しない中、冷静にカナタが続ける。


「イーサン先輩も無理ですね、悪い意味で目立ちすぎますし……主犯と思われるバウアーと面識があるでしょうから」

「ど、どうするのよ……? 出場者側から入るにしても……子供三人で乗り込んだら怪しまれるに決まってるわよね……? 流石に私でもわかるわ……!」


 予想していなかった問題が浮上し、途方に暮れる。

 魔術学院の生徒なので実力は申し分ない。資産は集めれば疑われない。

 しかし年齢という、経験と時が作り出す人としての厚みや貴族としての雰囲気はまだカナタ達には醸し出せない。

 表から入るにしても、金払いがいい上に貴族としての格が伝わらなければ裏側には案内されないだろう。


「仕方ありません、何とか私が渾身の厚化粧で……!」


 コーレナが決意を固める中、カナタが顔を上げる。


「エイミー、聖女の魔術で防御に長けた魔術はありますか?」

「な、なによ、報酬の話? せっかちね……ちゃんと教えるわよ?」

「そうではなくて……同伴の人間を守れるだけの力は?」


 カナタが聞くと、エイミーはふんぞり返るように腕を組む。

 自信があるとアピールしたいのだろうか。


「あるわ。これは虚勢でも嘘でもない。トラウリヒの聖女は時に民を治し、時に民を守る者。そこらの攻撃魔術で聖女の防御魔術は破壊できない。させないわ」

「信じても?」

「何なら報酬として選ばせるがてら見せるわよ? あなたの第三域くらいなら防いであげるけど?」


 繰り返し聞かれて、鼻息荒く少し喧嘩腰になるエイミー。

 しかし当のカナタはそんなエイミーの様子に満足そうに頷いた。


「なら頼るか……ルイ、手紙書くの手伝ってくれる?」

「はい、カナタ様。こちらに」


 ルイは荷物の中から当たり前のように便箋を取り出し、カナタを空いているテーブルに案内する。

 カナタはバッグからインクと羽根ペンを取り出して、誰かへの手紙を書き始めた。


「ああ。駄目ですよカナタ様、見知った異性が送り主であるのなら、愛しの、とつけませんと」

「え? そうなの?」

「はい、ですから私に手紙を出す時があったらそうしてください」

「やだなぁ、いつも一緒じゃん」

「きゃっ、カナタ様ったら私達は一心同体だなんて」

「言ってないよ?」


 騒がしく手紙を書くカナタとルイを元のテーブルから眺めるルミナ達。

 エイミーはカナタ達を見ながら、こそっとルミナに耳打ちする。


「ね、ねぇ、スターレイ王国ってそんな文化あるの……? 見知った異性相手に誰でも愛しのってつけるの……ふ、ふ、ふ、ふしだらじゃない……?」

「作法というわけではありませんが、恋人や家族相手には書く人もいらっしゃいますね」

「え、ええ……!? そ、そんなの、こ、子供ができちゃわない?」


 エイミーの発言でルミナ含めその場の全員が固まる。


「え?」

「え?」

「ぶふっ!」


 シグリは我慢できなかったのか噴き出した。

 聖女への教育は色々な意味で不十分なようである。







「誰か。誰かいないの?」


 三日後、アンドレイス領ディーラスコ家の屋敷。

 コンサバトリーに差し込む朝の陽ざしに相応しい美しい声が響いている。

 この場所から優雅に一望できる中庭に咲く花々も、この女性が唇に咲かせたルージュには敵わない。

 カナタの養母……ロザリンド・ディーラスコは一つの手紙を読んで、使用人を呼ぶ鈴を鳴らした。


「ロザリンド奥様、お呼びですか」

「近日中の全ての予定をキャンセルするわ。お断りの手紙の代筆を手伝ってもらえる?」

「承知致し……え? す、全てですか?」


 テーブルに積み上げられた手紙はロザリンドが手に持つ一つ以外は封が開いていない。

 否。その手に持った一つを開けたことで他は全て開く意味を一先ず失っていた。

 驚く使用人をロザリンドは一瞥する。


「何か言いたい事があって?」

「い、いえ! 勿論お手伝いさせて頂きます! 一度失礼致します!」

「ええ、お願い」


 自分では手に余ると、ロザリンドに言いつけられた使用人はロザリンドの専属使用人の下へと走る。

 ロザリンドが理由もなく招待されたパーティや茶会に欠席するなど今までなかったこと。

 それが急に人が変わったように全てをキャンセルなどと言い出すのだから緊急事態と言ってもいい。


「何も不思議なことなどありません。愛しの我が子が手紙を書いてまで頼ってきたのです……母として応えない理由がどこにありましょうか。魔術都市オールター何するものぞ。賭博場の一つや二つ、このロザリンドが手玉にとってあげましょう」


 ロザリンドの手にはカナタから送られてきた手紙。

 ――愛しの母上へ。

 拙い字で書かれているこの一文を、ロザリンドは愛おしそうに撫でていた。

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