117.心当たりは十二秒

「改めて、よろしくお願い致します。エイミー様の側仕えであるシグリといいます。エイミー様がお二方の助力をお求めになることとなったこちらの現状をご説明させて頂きます」

「ど、どうも……」

「よろしくお願いします」


 エイミーがカナタとルミナの協力を取り付けた六日後……ルミナの父親、ラジェストラからの返事が届いてから改めて集まった。

 ラジェストラからの返事はルミナの予想通りイエスだったが、条件が一つだけ追加されていた。

 それは、カナタが手に負えないと判断した場合は即座に手を引け、という一文。

 その一文からはカナタへの絶大な信頼が含まれており、その条件含めて改めてエイミーは了承した。


「エイミー様はあなた達をどう説得できるか相談したり図書館を駆けずり回ってたりしていまして……ここまで必死になるのは魔物と戦った兵士達に治癒魔術を使う時くらいなので新鮮でした」


 シグリがカナタ達に頭を下げて、その赤髪が揺れた。

 エイミーは不満そうにシグリを睨む。


「い、言わないでよ!!」

「シグリさんは聖女の肩書きで動くには限界があると気付いていたんですね?」


 ルミナが言うとシグリは頷く。


「本国でのエイミー様の影響は絶大です。普段聖女の恩恵を享受している私が言うのはどの口がという話なので……それに、私もデルフィ教徒ですから」

「なるほど、確かにデルフィ教徒の方々からでは説得力が薄いですね……」

「スターレイ王国に思った以上に浸透してないというのもこちらに来てからすぐに気付きました……エイミー様は気付きませんでしたけど」

「デルフィ神は私達が死後、闇の中を迷わぬようにと常に待って下さっているような慈悲深い神だというのに……何故広まっていないのかしら……? 不思議ね……?」


 不思議そうにするエイミーだが、カナタ達に信仰を強要しようとはしなかった。

 話を聞いていたカナタは宗教や信仰にはあまり興味も無いが、死後に希望があるというのはいい考えだと思いながら微笑む。

 そうやって死の瞬間を少しでも安らかに迎えられる人が増えるのなら、きっといいことなのだろう。


「理由はもう一つありますが……今は関係無いのでさっそくこちらの現状をお話します」

「……?」


 シグリの瞳が少し動いて、エイミーのほうを見たのをカナタは見逃さなかった。

 しかし、それが何を意味しているのかはわからない。

 エイミーが盗聴防止の魔道具を起動すると、シグリは何かを言い出しにくそうに咳払いをする。


「まずはこちらの条件提示があったとはいえ、我が国にご協力頂きありがとうございます。皆様の協力を取り付けられたのでようやく言うことができます。私とエイミー様は現在、孤立無援の状態だからです」

「え?」

「やはり……」


 シグリの口から語られたエイミー達の現状は予想よりも切迫していた。

 ルミナは何となく予想がついていたのか驚いていない。


「恐らく……他の調査員と誰も連絡がつかないのでは?」

「その通りですルミナ様。私達以外にこのオールターに来ているはずのトラウリヒの調査員は四人いました。フォーゲル、シュリン、アンクラーという偽名でこちらに来ており、一人は第二域、もう二人は第三域の実力者でしたが、三人全員の死亡を確認しております。もう一人は詳細不明ですが、恐らくは……」

「……っ」


 エイミーは俯き、ぎゅっとテーブルの下で拳を作った。

 恐らくその三人に祈りを捧げたであろう手が今はこうして力強く悔しさを滲みださせている。


「……俺達を説得する材料を探している間に、ですか?」

「あ、いえいえいえ! それは違います! 連絡がつかなくなった後にエイミー様がお声掛けしたという時系列なので、その点についてこちらから恨み言を言うつもりなどは全くありません。

少なくとも、エイミー様がお二人に無謀な一回目の取引をした時点で二人は亡くなっていたかと。元々、彼等が先にオールターに到着して情報収集をし、エイミー様が確実にこちらに到着しているというタイミングに教会で情報交換する予定でした」


 トラウリヒは隣国だが、オールターからはかなり距離が離れている。

 通常の馬車で来るなら一ヶ月以上……貴人用の馬車でも最速で三週間ほどかかるだろう。トラブルがあればさらに前後する。

 本来ならトラウリヒから来るエイミーがこの町に到着するタイミングなどおおまかにしか想像つかないが……確実に到着しているのがわかる日がある。


「確実……学院が始まる初日?」

「その通りです。入学初日にこの町にある教会でエイミー様と情報を共有する予定でした。残念なことに、教会にはエイミー様が到着する前に調査員の遺体が二つ。そしてすぐ後に三人目の遺体が投げ込まれました。最近では、持ち物から他にもトラウリヒ出身の人達の遺体が増えているとか」

「それでイーサン先輩の術式を調べることにしたってわけか……」

「はい、この状況でエイミー様と私で町を調べに行くわけにもいかず……学院長であるヘルメス様に守られている学院内の手掛かりに固執したというわけです。その節はご迷惑をおかけしました」

「いえ、エイミーが文句を言いたくなる気持ちはちょっとわかりました」


 とはいえ、イーサンの術式を消したことについて改めて謝罪する気はカナタにない。

 エイミーにとっては手掛かりだったかもしれないが、イーサンは手掛かりである前に被害者であり人間だ。治せる手段があるのなら、あのままでいいわけがない。


「その手掛かりも無くなって……後は皆様も知っての通りの流れですね」

「調査員が殺害されて……だからトラウリヒ出身以外の現地協力者が欲しかったのですね」


 ルミナが言うとシグリは「はい」と頷いた。


「トラウリヒ出身の魔術師が狙わている中、スターレイ王国出身かつ公爵家の権力があり、極めつけは違法魔道具の術式を消せるカナタの存在……。確かに、協力を仰ぐなら私達以上の適任はいないでしょうね」

「そうなのよ……トラウリヒと違ってこっちの教会の人達は戦う力がないから……」


 体を小さくさせているエイミーは不安そうにカナタとルミナをしきりに見ている。

 やはり割に合わない、と協力を解消されることを危惧してのことだろう。

 だがまだ話を聞いた段階、ここで退くなら最初から了承していない。

 ここまでの話を聞いて、とある疑問がカナタに浮かんだ。


「調査員を殺した人は何故トラウリヒの魔術師ってわかるんだろ……? 俺なんてどこの出身かだなんて言われなきゃわからないけど……」

「それは……その……」


 エイミーにはわかるのか、目を伏せる。

 同じくシグリにもわかっているようで……言いにくそうに目を閉じた。


「これはそのぉ……デルフィ教徒の弱点と言いますか、欠点と言いますか……。

私達は教義によって神の存在を偽ることはできないんです。なので調査員かどうかはともかく、デルフィ教に詳しい人間が神について少し質問すればトラウリヒ出身かどうかはすぐにわかってしまいます」

「そもそも秘密の調査が向いてないってことですね」

「はい……外部の人間を使って魔道具が流出したことをいたずらに広めてしまうのも……。

ですが、狙いすましたかのように調査員が三人も殺害されている点から……恐らく、有力な情報を得られるであろう場所に潜入していたのではと予想しています」

「三人共核心に近い部分には迫っていたということでしょう」


 殺されたということは殺されるに値する理由があったということ。魔術師という力を持った人間が殺されるのならなおさらそう思う方が自然と言える。

 無差別に殺されているのなら他にも大勢殺されているはずだ。


「町に出て何とか潜入場所を探りたかったんですが……」

「状況が状況なので町に出るに出れなかったというわけですね」

「はい……探れたのは学院の近辺か教会付近くらいで……。情けないものです……」


 なるほど、これではエイミーとシグリだけでは手詰まりだろう。

 トラウリヒ本国に支援要請はしているだろうが……それもいつになるかはわからない。

 そんな縋るようなシグリの話の中で一つ……偶然にもカナタには心当たりがあった。


「待てよ……? 神様について少し質問……?」






「いらっしゃ……んあっ!?」


 日が傾き始め、橙色の日差しが町を照らす中、カナタはイングロールと一度来た魔道具店を訪れていた。

 扉から入ってきたカナタの姿を見て魔道具店の店主はカウンター内で後退る。

 懐かしさを感じていた店の埃っぽさも、今は不快感しかない。


「用件はわかってますよね?」

「な、なにをかな……? あ、ああ! 前に買っていったやつを今度もかな!? まいどあり!」

「ちげえよ」


 カナタはカウンターの傍の壁に飾られているデルフィ教の紋章を指差す。

 以前、イングロールと来た時にイングロールと店主がこの紋章について話していたのをカナタは覚えていた。

 カナタはゆっくりと店主に歩み寄る。


「俺達を襲ったチンピラみたいな人達に連絡したのあんただろ? イングロールに質問したみたいにトラウリヒの魔術師かどうか確認してたんだ」

「な、なんのことやら……」

「安心してください。自分はあなたやここをどうこうするつもりはありません。そのトラウリヒの魔術師を捕まえようとしていた人達相手の窓口が知りたいだけです。連絡が取れるんだからどう接触したらいいかわかりますよね?」


 店主はぶんぶんと首を横に振る。

 しらの切り方がここまで下手だと囮なのかと疑ってしまう。


「あなたから話したなんて言いませんよ、俺はたまたま誰かの独り言を聞いてしまった……それだけでいいんです」

「い、いやぁ……そう言われてもな、俺は魔道具を売るだけだから……」

「そうですか、なら……あなたが連絡したチンピラみたいな人達がどうなったか今ここで実践してみましょうか? そうすれば、思い出せないものも思い出せるのでは?」


 しらを切る店主を見て、カナタはカウンターを足蹴にする。

 それを見た店主はぷるぷると肩を震わせて、怒りで顔を赤くした。

 カナタが子供だからというのもあって、追究されるよりもその態度のほうが鼻についたのかもしれない。


「なめるなよガキぁ! 俺は……第二域の魔術を二つも使えるんだぜええ!!」


 店主は腰に差していた杖を抜き、カナタに向ける。

 十二秒後、店主はカナタに知ってることを全て話して円満に解放された。

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