閑話 -勉強代は自分の懐から-

「それは……まぁ、断られるだろうな」

「やっぱり、そうなのね……」


 柄にもなく、私はイーサン……先輩にルミナとカナタに協力を断られた時のことを話してみた。

 これからどうすればいいかと相談するつもりで話したつもりだったけど……未練がましく、私は悪くないと言ってもらいたかったのかもしれない。

 トラウリヒでの人生を否定されたみたいでしゃくだったのかも。

 でも、やっぱり返ってくる答えは同じだった。


「スターレイは確かにデルフィ教が広く認知されてはいる……だからといって、知っている者が必ず信徒というわけでもないのだ。そもそも宗教があまり幅を利かせていない」

「ええ、そのようね……」

「聖女と言われて、その地位にピンと来る人も少ないだろう。失礼な物言いになってしまうが、この国の貴族の中には聖女をただのハリボテの象徴だと思い込んでいる者もいる」

「そんなことは――!」


 そこまで言って、私は言い掛けた言葉を吐き出すのをやめた。

 顔も名も知らない誰かに無知を糾弾したかったが……私自身、自分の無知さを実感したばかりだったから。

 聞けばイーサン……先輩はトラウリヒに留学したこともあるという。

 どちらの国も知っている言葉だけに受け止めるしかない。

 国という隔たりはここまで大きいのかと思う。

 トラウリヒに戻れば首都から離れた小さな村でさえデルフィ教徒ばかりだというのに。


「トラウリヒに行ったことのある僕だってそうだ。教皇や聖女が公式に訪問するのなら他国の重鎮として礼は見せるだろうが……それだけだ。同じ学院の生徒なら物珍しさすら感じるが、過度に尽くそうとは思わないな」

「だから、この学院に入っても遠くから見られるだけだったのね……」

「ああ、文化の違いだな……君が見られているのも聖女だからというのが半分、治癒魔術を使える珍しい存在というのが半分だろう。ここは魔術学院だから」


 事実を突きつけられて、私は深く息を吐く。

 ラクトラル魔術・・学院の名の通り、ここは魔術を学ぶ場所。

 そこに通おうという生徒達が聖女よりもその魔術を気にするのは当然なのかもしれない。


「ありがとうイーサン先輩……それと、うちの国の魔道具が迷惑かけたわ」

「自己責任だと言ったろう。こちらこそ盗難された物とも知らず紛失させてしまって申し訳ない……何せ四年前の話だから……」

「それで、その……」

「先に言っておくが、僕個人が君に協力するのは難しい。僕一人でまた飛び込んで、また違法魔道具の被害に遭えば……カナタはきっと僕をまた助けようとするだろう。そんな巻き込み方は望まない。僕が君に協力するとすれば、カナタの力になるためだ」

「ち、違うわ、わかってる……その……どうすれば、ルミナを説得できるかしらと相談したくて……」


 私がそう言うと、イーサン先輩はにこっと笑った。


「まずそこから改めて考えてみたらどうかなエイミー殿」

「え?」

「相談の答えになっているかどうかわからないが……僕はカナタの味方だから、精々言えるのはここまでだ。頑張ってくれ、あの魔道具に関わった者としてあなたの使命が果たされることを応援はしているよ」


 そんな激励を貰って私はイーサン先輩の部屋を後にした。

 どういう意味かしら、と考えながら次の相談相手のところへと向かった。



「交渉材料がカス。何だよ聖女に協力した誇りと忙しくて使えるかわかんねえあんたとのパイプって。この国の貴族の誰がそんなん欲しがるんだよ」

「ぐぬぅ……言い方がむかつく……」


 次の相談相手……イングロールの容赦ない言葉に私はつい苛立ちを覚える。

 我慢ですわ我慢。今の私にはこいつの言い分が理解できるから我慢できるわ。 


「こんな話貰ったカナタと公女様のがむかついただろうよ。真面目に考えて返答してくれただけお人好しだぜあいつら。俺なら中指立ててその場解散だわ」

「ふん、お下品な」

「そんぐらい聖女様の出した条件がカスなんだよ」


 今すぐイングロールの首を掴んでテーブルに叩きつけてやりたい物言いだけど我慢。

 昼食三日分の奢りとこれだけを我慢すれば有益な情報が手に入る。

 でも大して役に立たないと感じたらやってやろうかしら。


「まず、交渉する時の条件や報酬は相手が望むものじゃねえと基本的に成り立たねえんだよ。これはどこだってそうだ、なにが誇らしいだ」

「ぐ……で、でも、トラウリヒでは……」

「誇りっていうのは、自分の内側から湧き立つもんだ、って親父が言ってたぜ。俺もそう思う。トラウリヒで聖女様に協力した連中は、デルフィ教徒としての自分の生き方に誇らしさを感じてたんじゃねえの?

聖女様と特に関係ねえ俺達があんたに恩着せがましく誇りが報酬、だなんて言われて誰がありがたがるんだよ?」

「うぐっ……」

「だから基本的に報酬ってのは金や金になる権利とかが多いんだよ。金ってのは大抵の人間に不可欠で、どれだけあろうと困らないっていう誰にでもありがたい報酬だ」


 貿易や仕事の斡旋あっせんに人材派遣、商業が全体の根幹であるシャーメリアン出身の人間らしい意見だ。

 そして、今の私にとって必要な意見でもある。どうやら首掴みはお預けみたい。

 私やトラウリヒの国民にとっては大抵デルフィ教が一番大切だけど、この国の人達にとっては違う。


「ったく、世間知らずの聖女様だ」

「……ねえ、聖女様って呼ぶのやめなさいよ」

「へぇ、エイミー様にするか?」

「とりあえずそれでいいわ」


 今は聖女って呼ばれたくないのもあるけど、こいつに呼ばれるのは馬鹿にされているようでむかつくわ。


「なんだそりゃ……まぁ、とにかくカナタと公女様が食いつくものを探さねえとな」

「食いつく……」

「特に、カナタを納得させるようなやつだな」

「……? なんでカナタなのよ? 主人はルミナでしょ?」


 私がそう言うと、イングロールは鼻で笑った。

 やっぱり首絞めてやろうかしら。


「アホか。主人は公女様だが、実質舵を切ってるのはどう見てもカナタだろ」

「え?」

「何があったか知らねえが、それだけ側近として信頼されてんだろあの歳で。だから公女様に協力させる理由を何とか見つけるかでっちあげるかして、報酬はカナタ寄りに考えたほうがうまくいくと思うぜ」

「カナタ寄り……」


 そう考えるとわかりやすい。彼の興味は魔術だ。

 そしてここはスターレイ王国。国に三~四人いれば上等とされる第四域以上の使い手、宮廷魔術師を八人も抱える魔術を中心としている国……少し前に一人欠けたが、それでも七人いる。

 トラウリヒで聖女の立場に価値があるように、この国では魔術の価値も高くなる。


「そこが狙い目……なのかしら」


 私が使えるのは第二域まで。この歳の割には優秀というだけ。

 危険な魔道具の調査に協力してもらう。それに値する魔術は……。


「……ある」


 そう、私は聖女だ。そして聖女には希少属性の魔術がある。

 聖女の立場の価値は低くても、聖女の魔術なら。

 けど、私は魔術契約で術式をそのまま他人に教えることはできない。


「いや……彼なら出来る……」


 そうだ、トラウリヒの調査では彼の力は確か……。

 これを利用すれば私の魔術は交渉材料に出来る。


「どうやら、丁度いいもんが見つかったみてえだな?」

「ええ、礼を言うわ。後は……ちょっと公爵家について色々調べてみて……」

「おう」


 私は椅子から浮き上がって、図書館に向かおうとする。

 そんな私の背中に最後にサービスと言わんばかりにイングロールが声を掛けてきた。


「ああ、そうだ。他にも頼る相手がいるってにおわせたほうがうまくいったりするぜ。相手は本当にいてもでっちあげても構わねえ、他にあてがあるって事をアピールしないとつけあがる連中もいるからな」

「……ええ、ありがとう」

「じゃあ約束通り昼めし一週間分な」

「はぁ!? 三日って話だったでしょ!?」

「サービスしてやったんだからこれくらいいじゃねえか……じゃあ五日はどうだよ?」

「……」

「四日!」

「……まぁ、それくらいなら」

「交渉成立! よろしくなぁ!」


 ひらひらと手を振ってくるイングロールを残して私は図書館を目指す。

 ……他の取引相手をにおわせる、か。


「アドバイスはありがたいけど、それは……何か嫌ね」


 私がどれだけ狭い環境にいたかの実感。思い知らされた文化の違い。

 トラウリヒとは雰囲気が違うと薄々感じていたものを、彼等はしっかりと言葉にして私に教えてくれた。

 だから他の取引相手をちらつかせるのは、その、なんというか。

 嘘でもはったりでも、あの二人相手にやるのは嫌なのだ。


「あれ……? イングロールに譲歩されたような感じ出されたけど、最初の昼食三日分って話から結局増えてるじゃない……?」


 扉の前まで戻ってみると、ちょろいなあの女、とイングロールの高笑いが教室の中から聞こえてきた。

 こいつ……! こいつぅ……!

 すぅー……はぁー……。深呼吸して落ち着きましょう……。

 教えてもらった手前、殴りに行くのもおかしな話よ。ええ、我慢しなさい私。

 苛立ちからいつの間にか作っていた握り拳を何とか解いて、私はそのまま図書館へ向かうことにした。

 勉強代ということで甘んじて受け入れてあげるわ。ぐぬぬ。


――――


お読みいただきありがとうございます。

明日の更新からまた本編に戻ります。五部も終盤となりますので応援よろしくお願いします。

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