116.スタートラインへ

「えー……改めて、あなた達の力を貸してほしくてきたわ」


 カナタとルミナは互いをちらりと見る。

 前回目を付けられたきっかけはカナタへの言い掛かりだということはわかる。

 しかし何故また自分達なのか? この話を知るイーサンにでも学院長にでも持っていける話だろう。


「安心して、理由はちゃんとあるわ。まず学院長にはこの話は頼めなかったのよ」

「頼めなかった……?」

「ええ、学院長は学院内での捜索はしてくれるんだけど……学院の外までの捜索となると、協力はできないらしいの。後三年は身動きができないって」

「ずいぶん具体的だ……」

「そこに関してはよくわからないわ」


 何か魔術の制約があるのか。また別の何かがあるのか。

 カナタはふと、ヘルメスの外からも中からも守るという言葉を思い出した。

 単に学院内にいる生徒を守るためにという意味なのか、それとも……学院内に目を離してはいけない何かがいるのか。


「イーサン先輩はあなた次第だって」

「俺?」

「ええ……」

「当然ですね……イーサン先輩が違法魔道具に改めて関わるとなれば、万が一もう一度術式を刻まれた場合、またカナタの手を煩わせてしまいますから。カナタがこの件に積極的でないのであれば協力したいとは思えないでしょう」


 ルミナの言う通り、イーサンはすでにカナタに一度術式から救われてしまっている。

 救われておいてもう一度術式を刻まれる可能性のある件に自分から首を突っ込む、というのは救ってくれたカナタにあまりにも不義理だ。

 カナタ次第と言っているのは、カナタが動くのなら協力したいという気持ちのほうが強いのかもしれない。


「自分達にまたこのお話を持ってきたのは、知っている二人が協力できないから……ですか?」

「そうじゃないわ。まずはここ数日考えて……あなたの力が必要だということ」


 エイミーはカナタを見ながら言う。


「扇動魔道具リーベの術式を消せるなんて、あなたしか知らない。私にはできなかったから……協力者としてこれ以上の人間はいないわ。そしてカナタに協力を望むなら、必然ルミナも説得しないといけない」

「そうですね……ですが、私達が動く理由は……」

「あるわ」


 エイミーがそう言い切ることにカナタは驚きながらもじっと二人の会話を見守る。

 前回、自分が聖女だというだけの自信とは違う。何らかの根拠に沿った自信がそこにはあった。


「多分、だし……完全に偶然だけどね……。スターレイ王国の貴族関係を調べてたから遅くなっちゃったけど……少なくとも、無視できない名前は見つけた」


 エイミーはそう言うと後ろに立つ側仕えから数枚の紙を貰ってテーブルに広げ、とある部分を指差す。

 それはイーサンの事故が起きた際に提出された報告書だった。学院長のサインもあるが……エイミーが指差したのはこの報告書の作成者の名前。


「バウアー……ベルナーズ!?」

「ベルナーズ家……ロノスティコ様を狙った人達の派閥ですね?」

「はい……」


 それはアンドレイス家と敵対している派閥の長の家の名前。

 半年前、狩猟大会中にもかかわらずルミナの弟であるロノスティコの命を狙うような過激派だ。

 そんな連中が違法魔道具を手にしているのだとしたら……確かに、アンドレイス家の人間としては無視できない。


「当時教師だったけど、この報告書で魔道具の破損を報告してからイーサン先輩の一件で辞職……まるですぐにでも学院から離れたかったみたいな流れでしょ?」

「私がベルナーズに対して悪い印象しかないだけ、というのもありますが……確かに気になるところですね……」

「半年前、あなた達がベルナーズ派の人間と一悶着あったことくらいは流石に私達も知っているわ。黒幕は違ったみたいだけど……それでも、あなた達がこの件を調べる理由にはなるでしょう?」

「ええ、感謝します。流石にお父様に話を通さないといけませんね……コーレナ、お手紙の用意をお願いします」

「はっ」


 ルミナの命令でコーレナが退出する。

 半年前の事件が無ければ頭の隅に留めるだけで終わっただろうが、半年前ベルナーズ家が動いたことを考えるとアンドレイス家としては放置できない。

 アンドレイス家がバウアーという人間について調べる理由は見つけてきた。

 後はこの件について協力するメリットを提示できるかどうか。

 無論、聖女に協力した誇らしい気持ちなどは材料になり得ない。


「お互い、調べたいものは同じ……でしょ? だから改めて共同戦線を張りたいわ。でも前回とは少し変えて……扇動魔道具リーベの一件に関してのみ。これでどう?」

「ふふ、前回は流出した四つ全部の魔道具集めに協力しろって話でしたからね」

「わ、私だって、少しは考えてきたの。あなた達と目的が一致してるのはこの範囲でしょ?」

「ええ……それで、そちらが欲しいのはカナタの協力でしたね」

「そうよ、違法魔道具を使われる事態を考えたら……カナタの協力は不可欠だもの。本当は、私がどうにかできたらよかったけど……」

「まるで違法魔道具が破損していないのがわかっているような口ぶりですが……?」

「ええ、わかっているのよ」

「!!」

「これ以上は協力を約束しないと話せないわ。教会から得た情報だもの……」


 ルミナは少し考えて、隣のカナタをちらっと見た。

 カナタはその視線を受けて小さく頷く。


「協力にあたって、そちら側から差し出せるのは?」

「私達側の情報と……一番大きな対価は術式」

「「術式?」」


 ルミナだけでなく、聞きに徹していたカナタもつい口に出してしまう。

 エイミーはふーっと、息を大きく吐いた。


「こちら側からは聖女の魔術その術式を提供するわ」

「!!」


 スターレイ王国に聖女の地位に価値は無い。しかし聖女の魔術となれば話は別だ。

 スターレイ王国は魔術によって発展した国だが、聖女の魔術はトラウリヒ固有のもの。ならばその価値は宮廷魔術師が秘する魔術にも匹敵する。

 前回の経験を踏まえて、エイミーはスターレイ王国の価値観に合わせた交渉材料を持ち出してきた。


「でも私は魔術契約で術式を直接書き出したりはできないから……カナタの力を通じて渡す事になっちゃうわ。だから魔術滓ラビッシュが出る魔術に限定されちゃうけど……どう? 聖女の魔術、欲しくない?」

「欲しい」

「カナタ……」

「ごめんなさい」


 魔術に対する欲が前に出たせいか、カナタはつい口に出してしまう。

 呆れたようにルミナが名前を呼ぶとすぐに自分で塞ぐように口を手で押さえた。


「そんなことをしても大丈夫なのですか?」

「大丈夫よ、魔術契約は破ってないもの。それに聖女の魔術って言ってもしっかり訓練して私が習得したものなんだから」


 ルミナはちらっとエイミーの側仕えのほうを見た。

 無表情だが、だらだらと冷や汗をかいている。あまり大丈夫そうではないようだが口を挟まないということは了承しているということだろう。


「ど、どう? 言っておくけど流石にこれ以上は出ないわよ!? 後は出せるのはお金くらいだけど、私そんなにお金持ってないし……本国に帰ればちょっとはあるけど、そもそもトラウリヒってそこまで裕福でもないんだから!」

「……カナタ、どうですか?」

「自分はいいと思います。前回と違って明確なメリットがあります」

「公爵家にとっても、カナタにとってもですね」

「はい、ただルミナ様は……」


 エイミーは胸をどきどきさせながらカナタとルミナの会話が終わるのを待つ。

 しばらくして、ルミナはエイミーのほうに向き直った。


「正式な返事はお父様からの手紙が返ってきてからになりますね」

「え……」

「今の公爵家は私含めて魔術師として目立った実績がありません。聖女の魔術を公爵家で独占する……こんなおいしい話にお父様が乗らないはずがありませんから」

「はい、俺も欲しいです」

「ふふ、というわけです……情報のほうもよろしくお願いしますね」


 事実上のイエスの返事と共にルミナはエイミーに向かって手を伸ばす。

 エイミーは表情を明るくさせながら、その手を思い切り掴んだ。


「はぁあ……よかったぁ……」

「お疲れ様でしたエイミーさん、まさか聖女の魔術まで差し出す覚悟だなんて……」

「あなた達の力が必要っていうのもそうだけど、あのままただ引き下がるのは悔しいじゃない……それに、ルミナだけじゃなくてカナタも前向きにするにはこれしかないと思ってさ……」


 握手を終えると、エイミーは安堵から座る椅子に全身を預ける。


「それでも、運がよかっただけだけど……たった二人頷かせるだけでこれって……肩書きに頼らず働くって大変なのね……」


 その姿には凛とした聖女らしさはどこにもなく、疲れ切った一人の人間がいるだけだった。

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