115.リベンジマッチ

 実技用校舎の一室で、当たり前のように爆発が起きた。

 この場所では当たり前のことなのか、実技用校舎の利用者はそんな爆発の音を聞いても、特に慌てることはない。

 というよりもここ数日はこの音が当たり前になっているからというのもあった。


「いっつぁ……また買いに行かないとな」

「カナタ……どうやって照明用インク瓶と共鳴の魔鈴の術式をいじくったら爆発するんだ……? 二回に一回は爆発している」


 その爆発を起こした一室にはカナタとイーサンの二人がいた。

 実技用校舎にかけられた学院長ヘルメスの魔術によって怪我はない。

 カナタの傍らには中身のインクがない照明用インク瓶と共鳴の魔鈴という魔道具がいくつも積み上げられており、その全てが壊れている。

 それはもう無惨な壊れ方で、インク瓶は大体真っ二つになっており、共鳴の魔鈴はもはやひしゃげた金属板のようにひらべったくなっているものばかりだ。


「照明用インク瓶はインクの発光を抑えるだけの術式だし、共鳴の魔鈴もただセットになっている鈴が同期して鳴るだけの魔道具だ……どこにも爆発の要素はないよ」

「いや、なんか……二つの術式をこうして繋げると爆発の術式になるっぽいんですよ」


 カナタがやっているのは魔道具に刻まれた術式全てに魔力を通すのではなく一部にだけ通して、その魔力をそのまま別の術式に繋げて疑似的に新しい術式として起動させるというやり方なのだが……そのやり方でもう何度も爆発させている。

 カナタはまだ無事そうな魔道具を探して実践して見せようとするが、イーサンに止められた。


「やめなさい。実践しようとしなくていいから」

「そうですか?」

「待てよ……? つまり、爆発の術式になるっぽいということは……一応この爆発は成功しているということなのか? その、術式を結合させるという実験は……?」

「成功ってほど自由にやれてるわけじゃないですね。ただ術式同士をいじって変えることは慣れてきたって感じです」


 末恐ろしいな、とイーサンはごくりと喉を鳴らした。

 魔道具の術式を自分でいじくることは別に珍しいことではない、魔道具を作る技師達は当たり前にやっていることであり、イーサンだって既存の魔道具の術式を書き換えることは可能だ。

 驚くべきは爆発するとわかっていながら作業を続けられる躊躇いの無さと、術式同士を魔力で繋げることを感覚的にやってのけてしまっている迷いの無さだ。


 実技用校舎は確かに肉体の損傷をヘルメスの魔術が補ってくれるが、それでも爆発による痛みはある。それを大量に用意した魔道具で数十回と繰り返しているのはあまりにも異様だ。

 しっかりと痛みを感じていることから、痛みに無頓着というわけでもない。痛いのがわかっていながら経験と割り切って積み重ねているのだ。一体どんな環境で生きてきたのか。

 そして刻まれた術式をどう扱えばいいかわかっているような勘の良さ。

 まるで普段から魔術の術式をいじくりまわしているようだ。子供が遊ぶかのように。


「カナタ……君ならきっといい魔道具技師になれるさ……」


 イーサンは応援のつもりでカナタの肩を叩くが、当のカナタは首を傾げた。


「えと、なる予定ないですけど……?」

「な、なんだと!? ならこの練習は一体!?」

「ああ、ほらこの前エイミーと一緒に学院長に違法魔道具について聞きに行ったことがあったじゃないですか?」


 カナタがそう言うと、イーサンの表情が少し真剣なものになる。

 カナタは少し前まで魔道具だったものを掃除して袋に入れながら続けた。


「その時、トップがやってたのを見てやりたくなったからやってみようと思って……これは魔道具でまず試してみようっていう練習です」

「魔術の新規開拓の練習ということか……向上心があるな」

「そういうんじゃないですよ。昔からの趣味なので、やりたくなっただけです」


 少し褒められて照れくさそうなカナタに、イーサンは少し黙ってから話題を変える。


「あれからエイミーくんからは何かあったかい?」

「え? いえ、あれからは特に……クラスメイトだから少し話したりはしますけど……」

「そうか……」

「エイミーがどうしました?」

「いや……まだ君のところに行っていないということは僕がとやかく言うことじゃないんだろう」

「……?」

「それより……」


 イーサンは真剣な表情でとある方向を指差した。

 そこには照明魔道具と同じくらい黒い光沢で輝く人形が隅に数個置いてある。


「この光るインクを塗りたくって発光している夜歩き人形達をどうする気だい? しかもところどころ破損していてものすごい不気味だぞ」

「何かこの人形が脆いのか、術式繋げたら魔力に耐えられなくて途中からこれで実験するのやめちゃったんですよ……どうしましょ……?」

「そこまではいいけど、何でよりによってこれにインクを塗りたくってしまったんだい……?」

「インクもったいないかなって……ごめんなさい……」


 元々ジョーク魔道具である夜歩き人形は不気味さを倍増させてこちらを見ている。黒く光っているのがまるで暗がりの中に浮かぶシルエットのようだ。

 すると、効果が切れたのか人形に塗りたくったインクの発光が終わり……その瞬間、数体の人形はゆっくりとカナタ達に向かって歩き出す。


「うお!? 動いた!?」

「全身にインクを塗るから発光が終わって夜判定になったんだ! 止めるぞ!」


 二度とこの人形は買うまいとカナタは心の中で誓いながら、イーサンと二人で箱の中へと押し込む。道具の購入は計画的に、それは魔道具でも同じことだ。







「あの聖女様、最近静かですね……?」


 ぽつりと、ルイの呟きでカナタとルミナは顔を見合わせた。

 エイミーから無理矢理めいた要求をされてからすでに十日が経とうとしている。

 あれからというもののエイミーは無茶な要求をしてくる様子は無く、カナタとルミナともクラスメイトとして挨拶をする程度だ。

 時間が空けばどこかへ行っているようで、顔を合わせる機会も朝と授業がある時間くらいである。


「イングロールさんとお話しているところを見かけましたよ」

「イーサン先輩もエイミーのことは何やら知っている様子です」


 それでも、エイミーが何か動いているのはカナタもルミナも気付いていた。

 


「ふふ、なんだかんだカナタもエイミーさんのことを気に掛けているんですね?」

「まぁ、少し偉そうにしてしまったので……」

「いずれ誰かが言ってあげなければいけないことだったと思いますよ?」

「そうだとは思っているんですが……」


 あのままではエイミーに協力する者は誰もいなかっただろう。

 デルフィ教の誇りとやらで動くような人間がこのスターレイ王国で見つかるとは思えない。それこそ教会にでも行かなければ。


「……そういえば、何で教会を頼らないんでしょう?」


 オールターにもデルフィ教の教会はある。

 現地協力者が欲しいのなら、教会をあてにすればいいのにとカナタは思ったが……ルミナ達三人は揃って苦笑いに近い表情を浮かべていた。


「カナタ様、トラウリヒ神国は確かに侵攻してくる魔物から国を守っている国だが……デルフィ教の人間全員が戦闘や魔術に長けているわけではない。スターレイ王国の教会であればトラウリヒの事情は関係ありませんから尚更でしょう」

「あ、なるほど……頼ってもそこらの町の人と大して変わらないんだ……」

「それに、この町の教会の神父が急に違法魔道具について捜査などし始めたら変ですから……悪意ある人間がそれを見たら探られているとすぐに気付かれてしまう。まだ無関係な人間を無作為に選んで使ったほうがいいかと」


 コーレナからの説明でカナタは納得する。

 そしてトラウリヒ神国の事情を聞いたからか、勝手にデルフィ教を戦闘集団のように考えてしまっていたことを反省した。

 宗教問題は確かに複雑で、是非を巡って戦うことは確かにあるが……だからといって信仰を持つ者全員が戦うためにデルフィ教に入るわけではない。

 

「国から派遣してもらったりはしないんですかね」

「いえ恐らく――」


 ルミナが言いかけて、空き教室の扉がばん!と勢いよく開く。

 噂をすれば何とやら……そこにはエイミーがふわふわと浮いていた。


「ちょっと、話があるんだけど……いいかしら?」

「ええ、どうぞエイミーさん」

「……ありがと」


 エイミーの様子は前回のように自信満々ではない。

 しかしその顔付きは真剣で鼻息を荒くしている。

 リベンジマッチみたいだ、と思いながらカナタも同じ席に着いた。

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