114.取引は後日要相談

「結局、最初の店が一番安かったな」

「だろ?」


 一軒目の後も、カナタとイングロールはいくつかの店を回った。

 結局カナタが最初に寄った店が一番安く、後にイングロールが案内してくれた他の店はほんの少しだけ高かった。

 しかしカナタは構わず同じものを別の店でも買っていて、両手で抱えている袋には同じ魔道具がいくつも入っている。


「こんなに同じものばっかどうすんだよ」

「実験だから同じものじゃないと変化がわからないだろ?」

「最初の店で全部買えばよかったじゃねえか」

「他の店は初回サービスとかあるかもしれないじゃん。三つ目のとこは袋もくれた」

「意外に庶民的な発想すんだな、伯爵家の子供の癖に」


 イングロールに言われて、カナタは少しどきっとする。

 カナタが貴族らしさを会得するのはまだ先のことらしい。


 学院からずいぶん遠くの店まで来てしまったので戻るのは少し時間がかかりそうだ。

 イングロールはこの帰り道を無駄にすまいと自分にとっての本題をカナタにぶつける。


「それで? あの魔術売ってくれるんだろ?」

「魔術の術式って相場とかあるのか?」

「買う奴がどれだけ価値を感じてるかによって出す値段が変わるって感じだな」

「それだけ?」

「ああ」

「嘘だね。何で買う側のいい値になるんだよ、売る側の意見も入るだろ」

「あー、くそ、お前案外こういうの慣れてる?」

「仲間が騙された経験あるから慎重にはなろうと思ってる」

「めんどくせえガキ」

「同い年だろ」


 入り組んだ町を縫うように歩いて、細い路地へと。

 取引は思いのほか難航していて、カナタが色々と引き出す形に変わっていた。


「お金以外は?」

「情報か? 国の情報は売らねえぞ」

「じゃなくてさ……他の術式を――ん?」


 何個目かの曲がり角を曲がったところで、背後に人の気配を感じて振り向く。

 偶然同じ道を通ろうとしている一般市民にしては腰に差している剣やナイフが気になるところである。


「あん?」


 そしてそれは前からもだった。

 前から三人、後ろから二人。同じ空気を纏っている男が五人……カナタとイングロールを挟むようにこちらに歩いてくる。


「ほんとにガキじゃねえか」

「なんつーか容赦ねえな、俺子供には優しいタイプだから心が痛むわ」

「面白くねえ冗談だぞホラ吹き野郎」


 男達は下衆な笑いを浮かべながらこちらにゆっくりと近付いてくる。

 自分達が狙われているのがわかって、カナタとイングロールは顔を見合わせる。


「どっちの客だ? どうせお前目当てだろカナタ……巻き込むなよ」

「いや、何もしてないぞ」

「俺だって何もしてねえよ。どこに出しても恥ずかしくない善良な留学生だぜ? おーいお前ら! どっちの客だー!?」


 イングロールは前方の男達に手を振りながら質問する。

 男達はイングロールの様子が恐怖を押し殺して必死に取り繕っているように見えたのか、笑いながら素直に答えてきた。


「どっちかというとそのお前だよ青髪のガキ」

「俺!? 間違えてねえか!? 殺される覚えがあるのは絶対カナタだろ!」

「おい」

「狙われる覚えがねぇ……どれだ? 雇った情報屋が何か馬鹿やったのか? 賄賂を見て金ずる断定されたか? それともあれか……?」


 イングロールは指を折って狙われる心当たりを数え始めた。

 覚えがないといいつつも四本の指を折ったので、そこそこ覚えはあるように見える。


「どんな理由かは俺達も知らねえよ、ただ金払いはそこそこよかったぜ」

「恨みはねえが、こっちも仕事でね」

「そういうことだ、大人しく――ぶげえ!?」


 まだ喋っている途中だが、カナタは容赦なく袋の中にあったインク瓶の一つを正面の男達の一人に思い切り投げつける。

 不意打ち気味に投擲されたインク瓶は命中した男に眉間で鋭く砕け、その男は顔をインク塗れにしながら倒れた。顔に塗りたくられたインクが魔力で発光しているのが倒れた男の滑稽さを増している。

 まだ何かが始まる前の雰囲気だったというのに飛んできた容赦の無い攻撃に男達は一瞬ぽかんとして、次には臨戦態勢をとった。


「あーあー……銀貨一枚が台無しだ……」

「おぉい!? 何してんだお前!?」

「何って……こっちのが楽だろ?」

「何が!?」


 あまりの容赦の無さにイングロールも驚いたが、カナタはごく自然に答えた。


「いやだから、これで両方の客・・・・になるだろ?」


 イングロールはカナタの言っている意味を理解するとこらえられないと言いたげに笑い声を上げた。


「おー、お前結構頭いいな。筆記一〇三位の癖に」

「そっちが後ろ二人な」

「はいよ」


 カナタは魔道具が入った袋をはじに置いて正面の男二人に、イングロールは後ろの男二人に対して戦意を剥く。

 二人は一瞬だけ背中合わせになって、互いに背中を預ける形になるが……カナタはすぐに前に駆け出した。


「油断すんな!」

「……魔剣士か」


 カナタは一瞬懐かしんだが、すぐにため息を吐く。

 向かってくる男が剣を抜く前から大したことがないとわかってしまった。

 男の一人は腰の剣を抜き、大振りでカナタに斬りかかる。

 体格はカナタより二回り大きく、その剣が当たればカナタを骨ごと折ってしまうだろうが……。


「そんなにぶんぶん振り回してたら二対一にできないだろ……」


 せっかく二人掛かりだというのにその利点を全く活かす気が無い。襲撃の仕方の拙さから、この男達が統率されているのではなくただの寄せ集めであることは明白だ。

 路地では不利な長剣を持ち出している点から、魔剣士としての腕も底が知れる。

 魔力を込めた剣は当たればさぞ強力かもしれないが、路地で大振りは逆効果。こういった場所で取り出されるのがナイフのような小振りの武器であるのはしっかり意味がある。

 さらにカナタは大人よりも小柄なので、当たるものも当たらない。

 剣を振る男の後ろにいるもう一人の男が苛立ったように叫んだ。


「おい、馬鹿みたいにぶんぶん振ってんじゃねえよ!」

「くそっ! こいつやけに落ち着いて――あぐっ!?」


 剣を切り返そうとして、男の振るった長剣を壁に突っかかってしまう。

 そりゃそうだ、とカナタは冷めた目で男の懐に入り込み、その手元を蹴り上げた。

 剣を壁に当てて痺れてしまった手では柄を強く握り続けることもできない。


「どけ愚図!」


 剣を振り回していた男の後ろにいたもう一人がナイフを抜いてカナタに斬りかかる。

 こちらは先程の男よりはましだ。魔力操作の心得があるのか斬りかかる踏み込みには速度があり、武器も路地のような狭い場所でも扱いやすいナイフを選んでいる。

 カナタがただの子供なら、確かにこの近距離では分が悪い。


「『黒犬の鎖ハウンド』」

「な、なんだ!?」

「うおわ!?」


 残念ながら、カナタはただの子供ではないのだが。

 カナタの影から鎖の形をした数本の影が壁や地面を這い、壁から剥がれるとそのまま男を縛り上げた。ついでに剣を拾おうとしているもう一人も拘束する。


「『炎精への祈りフランメベーテン』」

「ひ――!? 火っ!?」


 男がどれだけ速かろうとも、拘束してしまえば意味がない。後は攻撃魔術を撃ち込めばいいだけだ。

 拘束する必要があったのかと思うほどの炎が路地を埋めるように男二人を呑み込む。


「あっづっぅああああ!?」

「あっぢゃあああ!!」

「安心しなよ、死にはしない」


 カナタから放たれた業火とも言うべき魔術に、男二人は悲鳴を上げる。

 拘束されたところを火に巻かれれば恐怖もするだろう。最初にインク瓶で気絶した男はある意味幸運だったかもしれない。

 カナタは前から来た二人が戦意を失ったのを確認すると、その炎を操ってイングロールのほうへと放つ。


「イングロール」

「ん? おおい!? 何やって……あ、そういうことか」


 カナタの放った炎はそのままイングロールを包み込んだ。

 イングロールに斬りかかろうとしてた後ろの男二人組がその様子を見て笑う。


「ははは! 馬鹿だ! コントロールをミスりやがった!」

「おいおいお友達を焼き殺していいのかぁ!?」


 男二人組が笑う中、炎の間から緑色の光とイングロールの笑みがちらりと見えた。

 イングロールは"領域外の事象オーバーファイブ"……精霊系統の魔術全てをその身一つで無効化し、掌握できる体質。

 カナタが放った炎はカナタの手から離れて、イングロールの武器と変わる。


「うおおあああ!?」

「あっっぢゃあああああ!」


 カナタの魔術は第三域……平原ならともかく、狭い路地で躱すにはその攻撃範囲はあまりに広い。

 結局、カナタは自分の魔術をイングロールにも利用させて襲い掛かってきた男達を寄せ付けずに終わらせた。

 カナタもイングロールも、買った魔道具も無事。

 だというのに、イングロールは少々不満そうである。


「なんだよお前……俺に魔術を使わせないようにしてんのか? せっかくの憂さ晴らしがよ……」

「便利な体質だし、ノーリスクなんだから積極的に使っとこうと思って」

「ったく、この体質をそんな軽く言う奴初めてだぜおい……んで? 結局こいつらなんなんだ?」

「さあ? 目的はイングロールだろ?」

「まぁ、商人の家ってのは野盗やらごろつきに絡まれるのは珍しく……って何拾ってんだお前?」

「え?」


 カナタは当然とばかりに倒れている男達の剣やナイフをせっせと回収する。


「魔道具に金使ったし、こいつらの武器売って足しにしようかなと……」

「何か、やけに手慣れてねえか!? ったく…………俺の取り分も当然あるよな?」


 結局イングロールも加わって、カナタは魔道具の入った袋とナイフ三本を、イングロールは長剣二本を男達から取り上げるとすぐにその場を後にした。表通りにいるであろう兵士に伝えて、後は任せればいい。


「で? いくらにするよ?」

「お金より俺が知らない魔術の魔術滓ラビッシュくれないか?」

「要求がきもちわりい……魔術を教えろじゃなくて魔術滓ラビッシュを要求するところがうわぁって感じだ……」

「なんでだよ!?」


 二人が去った後の路地には、服が焼けて半裸の男四人と顔がインク塗れの男一人が倒れているという……異様な光景だけが残った。

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