113.実験用の買い物

「……どの本にも書いてないじゃないか」


 エイミーのお願いに付き合わされてから三日、カナタは学院長ヘルメスがやっていた術式の動きに興味を抱き、図書館に通い続けていた。

 術式を勝手に作ったり、変えたりはあるが……術式を崩すようにしながらくっつけたり離れたりするヘルメスの術式の様子はカナタの想像にはなかった。

 しかし、今のところ成果は全くない。

 探し方が悪いのか、読む本読む本、術式の正確さを前置きしたものしかない。


「トップだからこその技術なのか……?」


 読み終わった本を本棚に戻しながらカナタはぼやく。

 また別の本を選んでテーブルのほうに戻ると、クラスメイトであるイングロールが図書館に入ってきた。

 まだ入学して一ヶ月ほどだが……彼はすでに制服を着崩しているほど生活に慣れたようである。

 邪魔にならないよう壁際に立っていたルイが反応し、すぐさまカナタの傍に寄る。


「よう、公爵家の嬢ちゃんは?」

「手紙を書くからって一度寮のほうに戻ったよ」

「置いてかれたか……可哀想にな……」


 イングロールは毎度顔を合わせる度に冗談っぽく軽口を言ってくる。

 カナタはもう慣れたが、ルイはまだ慣れていないのかこっそりイングロールを睨んだ。

 カナタは隣の椅子を引いてやると、イングロールはどかっと座る。

 存外、仲は悪くない。


「笑っちまう話なんだけどよ、さっき聖女様に金稼ぎやら取引の仕方やら色々聞かれたぜ。結構必死に頼んでくるんだこれが、聖女様も金欠になるのかね?」

「……無縁だから興味があるんじゃないか?」

「はは、国を出たら貧乏少女ってか? なわけねえか、豪遊して仕送りでも足りなくなったのかね」


 とぼけたものの、エイミーが何をしているのかは予想がつく。

 三日前に一旦話が終わった違法魔道具の調査をまだする気に違いない。

 イングロールがシャーメリアン商業連合出身なので、その手の話題については詳しいと踏んで頼ったのだろう。

 稼いだ金は町の人を雇って調査でもするのかもしれない。


「そんで……お前も金に困ってたりしねえか?」

「側近としての給金があるから困ってはないけど……あるに越したことはないとは思ってる」

「気が合うねぇ、俺もそう思う」


 カナタは本を閉じて、イングロールのほうに向き直る。

 今のエイミーの話もただの前置きで、本題はここかららしい。


「お前の魔術の術式俺に売る・・気ねえか?」

「術式を売る……?」


 またもや自分に無い術式の扱いにカナタは目をまたたいた。

 イングロールは自分が知識で勝っている部分があったのが嬉しかったのか、得意気に自分の青髪をくるくると指で回し始める。


「なんだぁ? 術式が売れることも知らねえのか?」

「うん全く、珍しくないの?」

「ったりめえだろ、術式の売買ができねえと魔道具とかどうすんだ?」


 確かに、とカナタは納得する。

 魔道具は刻まれた術式に魔力を通すことで起動する道具……メインは刻まれた術式なので、魔道具はそもそも術式を売っているのと同じだ。


「元々魔術だった術式の権利とか買い取って、魔道具用の術式に調整したりすんだよ。教本とかに載ってる術式だって金払って買い取ってから掲載してるんだぜあれは」

「へぇ……」

「まぁ、魔道具用の術式は詳しく調べればどんな構造かわかっちまうから、ちょこちょこ術式をいじった模倣品とかも出るんだけどな。だから道具の素材にも金掛けて耐久性で勝負したりするわけよ」

「術式をいじる……」


 イングロールの話を聞いてカナタは立ち上がる。


「イングロール、魔道具の店どこにあるか知ってる?」

「当たり前だろ、予算は?」

「安めのとこで」

「よし来た。つまり、さっきの話は考えるってことでいいんだよな?」

「欲しいのは?」

「模擬戦で見せた炎の花の魔術」

「『火花ひのはな』か、乗った」


 二人は互いの手を叩くと、図書館を後にして町へと繰り出した。




 魔術都市オールターには魔道具店の数は意外にも他より圧倒的に多い……なんてことはない。

 この町に正規の手順で入ってくる魔道具は他の町に入ってくる魔道具よりも全て入念に検査されるため、売りに出せるタイミングが大幅に遅れるという商売に向いているとは言えない環境だからである。

 貴族向けの店はその安全性もあって人気だが、それ以外の店の評価はまちまちといったところだろう。

 寮で制服から平服に着替えたカナタとイングロールは、学院から少し離れた魔道具店へと到着した。


「俺も直接来るのは初めてだが、リサーチ済みだ。ここは学院からそんなに遠くもねえし、量産系の魔道具ばっかだから安めだって話だぜ」


 しばらく歩いて到着した魔道具店はどこか埃っぽく、カナタには懐かしい雰囲気だった。

 学院周りの店は全体的に貴族街のような雰囲気だが、この店は学院から少し離れているからか庶民街の雰囲気に近い。

 売られている魔道具にはガラスケースなど無く、ただ棚に商品として置かれている。

 値段が手頃なのはカナタにもわかる。アンドレイス領にいた際、ルミナ達と一緒に行った魔道具店とは大違いだ。当然スクロールのような高級品などない。


「高くても人好きの燭台とか、珍しさだったら宝石食いの無駄蛙とかな。おすすめはやっぱ量産品だとよ」

「前も見たなこの蛙の魔道具……人気なのか……?」

「で、結局何が欲しいんだよお前?」

「いやとりあえず安いのもいくつかてきとうに買うだけだよ」

「は?」


 カナタは魔道具というよりも、値段を見て安い物をいくつか手に取る。

 どんな効果は確認するでもなく、自分の予算と相談していくつか選んだ。


「トップ……学院長が術式をくっつけたり離してるのを見てさ、とりあえず魔道具の術式で実験してみたくて」

「んなことできるのか?」

「できるかどうか確かめるために実験するんだ、出来たら自分の頭の中で魔術の術式でもやってみる」

「寮とかでやるなよ……お前のことだ、爆発の一つや二つさせそうだ」

「はは、やらないよ」


 それからカナタとイングロールは別々に店の中の魔道具を興味本位に見始めた。

 しばらくしてカナタがカウンターに向かうと、イングロールが何やら店主と話している。

 がたいのいい店主だが、腰に杖を差しているので魔術師だろう。魔道具の店ならば当然だ。


「おっさん、何でデルフィ教の紋章なんて飾ってんだ?」

「はは、オールターにはトラウリヒ出身の魔術師も結構来るからな。これを飾ってると気を良くするのかそいつらが買っていってくれるのさ。他の店も結構やってるんだぜこれ」

「ふーん、なるほどな……」


 二人の視線は店の壁に飾られているデルフィ教の紋章が描かれた羊皮紙だった。

 埃っぽい店だが、どうやら羊皮紙はこまめに掃除しているのか新しいものなのか綺麗だ。


「これでちょいと売り上げが上がるんだから神様ってやつも捨てたもんじゃねえよ。どうだ? 坊ちゃんは神を信じるかい?」

「ああ、信じてるとも。神様ってやつがいる以外に俺がこんなに幸運な理由が見つからねえ」

「がっはっは! そりゃいい! お、そっちは買い物かい?」

「はい、お願いします」


 カナタが商品をカウンターに並べると店主は上機嫌に魔道具を手に取った。


「照明用インク瓶に夜歩き人形、共鳴の魔鈴の三つで銀貨五枚だが……どんな組み合わせなんだこれ? なあ坊主、こんなもん何に使うんだ?」

「あなたの店の商品じゃ!?」

「あっはっは! おっさん最高だな! もっと言ってやってくれ、こいつ変なんだ!」


 全てカナタが術式をいじる実験用の消耗品なので、組み合わせについては何も言えない。

 カナタは銀貨五枚を払うと、ツボにはまったのかずっと笑っているイングロールを引きずりながら店を出た。

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