112.協力終了?

「うへぇ……今日もえっぐいな……」

「うぶ……」

「おい、吐くなら便所行け便所」

「ず、ずいまぜ……」


 魔術都市オールターのとあるゲームハウス……要はギャンブルを楽しむ施設だ。

 カードやルーレットを楽しむそんな貴族ご用達の店の地下がエメトの仕事場である。

 地下には店よりも広大で、地上で行うギャンブルよりも熱気がある裏決闘場。 

 定期的に開催されるトーナメントの日は魔術の応酬と魔術師同士の容赦ない戦いを楽しむ貴族達の暴力的な熱気が溢れている。


 そんな暴力的な場所ではあるが、出場する魔術師達には固定の支援者パトロンがいたり、これから支援する魔術師を探している者もいたりと、金持ちの怒りを買わないために意外にも殺しは少ない。

 だが今日は一回戦からすでに死者が出ており、エメト達は熱気とは程遠い保管所に死体を運んでいた。

 部下の一人が死体に凄惨さに耐えられず、トイレのほうへ走っていく。


「ったく……まぁ、わからねえでもないけどよ」


 何せ今日の死体は顔の皮が乱暴に剥がされている。

 その死体からは無念さが伝わってくるかのようだ。

 表舞台とは違って、互いの健闘を称えるなどという爽やかな決着も少ない。

 負の感情がぶつかり合い、その連鎖が生むスリルこそが趣味の悪い貴人達の求めるものだ。


「……最近、殺しが多いな」


 護衛の魔剣士ダーオンがぽつりと呟く。

 エメトはため息だ。


「二月前にあのバウアーってやつが来てからだよ、ったく……そろそろ補充しないとなぁ……」


 出場者がいなければトーナメントも開催できない。

 魔術師同士の容赦の無い魔術の撃ち合いが見たいというのに、出場者が死んでしまうとその場は盛り上がるが、後が厄介なのだ。

 ベルナーズ家という名家に生まれながら二月前にここに来たバウアーという魔術師は殺しが多く、派手で人気なものだからたちが悪い。


「ただ……殺さない時も結構あるのが気になるな、少しはこちらのことも考えてくれているということか」

「は? ダーオン……お前気付いてないのか?」

「エメトはわかるのか?」

「おう」


 二月前からここの出場者となっているバウアーは対戦相手を容赦なく死体にする時と、そうでない時がある。観戦者からも毎度殺していては飽きが来るのをわかっている、と配慮していると思われているが……面接官であり、出場者のほとんどのプロフィールを把握しているエメトは殺された対戦相手の共通点に気付いていた。


「あいつが殺してんのはな、全員トラウリヒ出身の魔術師なんだよ。出身誤魔化してるやつも含めてな、今日で四人目だから間違いない」

「誤魔化しているのにわかるのか……?」

「ダーオン……ちょっとは考えろ、トラウリヒ出身の見分け方なんて簡単だろ?

デルフィ教について興味あるような話を振れば一発だ。ようそこの糞ったれ、今日見た夢に神様とママは出てきてくれたかい? とかな。自分は無神論者なんて言ったら自分の信仰に反する」


 なるほど、とダーオンは頷く。

 しかしそれでも一つ疑問が残る。


「だが、何故トラウリヒの魔術師を狙っているのだろうか?」

「そこまで知るか。何か恨みでもあんじゃねえの?」


 エメトはデルフィ教の祈りを省略しながら唱えて、ダーオンと一緒に死体を袋に入れた。

 入れ終わった頃、ようやくトイレから戻ってきた部下にエメトはそのまま命令する。


「吐き終わったか、これ夜になったら処分しに行けよ」

「しょ、処分ってどこにですか……?」

「こいつはトラウリヒ出身だ。教会にでも放り投げておいてやれ」


 死んだ後くらい神様に会えるといいな、とエメトは死体袋に向かってそう言いながら、仕事の持ち場に戻っていった。







「なんじゃ今頃……そりゃ知ってるに決まっとるじゃろ」

「え!?」


 イーサンを訪れてから三時間後、シャンクティに学院長の予定を聞き、修練場の点検に来た学院長ヘルメスを待ち伏せする形で会う事が出来た。

 カナタ達が見守る中エイミーが問うと、ヘルメスからは呆れたようなため息が返ってくる。


「え!? じゃないわい。わしは学院長、この学院のトップじゃぞ? トラウリヒから君のことや魔道具について連絡くらい貰ってるに決まっとるじゃろ……わしとトラウリヒの糞爺……おっと、今の教皇とは顔見知りじゃしな。エカードじゃろ?

なんなら"バルムンク"と"トラウリヒの微睡み"の二つついては学院内の捜索ももう終えておる」

「な、なんで私に……」


 そこでエイミーは出掛かった言葉を呑み込む。

 しかし、何が言いたいかはヘルメスもわかったようで作業の手を止めた。


「わしは学院長で、君と同じように自分の国から使命を与えられている宮廷魔術師じゃぞ? 周辺の国から集まった"失伝刻印者ファトゥムホルダー"や"領域外の事象オーバーファイブ"はもちろん、一般の生徒に至るまで外からも中からも必ず守るという使命がある。

他国の都合で命令を受けている君に、何故わしのほうから気を利かせてコンタクトを取ろうと動かねばならん?」

「え、ええ……そうよね……」

「一度もこちらに話を通しに来ないものだから、何か別の案件を追って忙しいのかと思ったくらいじゃぞ」

「あ……」


 ヘルメスの話を聞いて、エイミーは改めて自分の無知を恥じた。

 カナタの言う通り、ここでは聖女の肩書で待遇が特別になったり、過度に敬われることなどない。

 ここはラクトラル魔術学院であり、ヘルメスはそのトップ……エイミーが受けた指令をヘルメスも把握していたからといって、わざわざヘルメスのほうから時間と話すための席を用意などする必要がない。

 エイミーのほうからヘルメスと面会する時間を取ろうと動くのが当然だ。


 しかしトラウリヒにいた頃、エイミーが聖女として領地や村を訪れれば領主や村長のほうから挨拶に来てくれるのが普通で……自分からなどとい発想はエイミーには全くなかった。

 今こそトラウリヒで自分が領主や村長してもらったことを学院長に対してするべきだったのだと、エイミーは理解する。


「あの、俺の時は呼び出されたんですが……」

「君は意味がわからん超絶危険人物なんじゃから当然じゃろ」


 カナタが耐え切れず、自分が入学前に呼び出されたことを話すと、ヘルメスにばっさりと言葉で切られた。

 カナタは「超絶危険人物……」と不服そうに呟きながら引っ込んだ。


「その様子じゃと聖女としての術は叩き込まれたが……といった感じかの。エカードは教育者としてはちょっと偏っておるからな」

「ごめんなさい……」

「よいか? ここでは聖女という肩書きは――」

「トップ、それはさっき自分達で言ったので大丈夫です」


 仕返しとばかりにカナタがヘルメスの言葉を遮ると、ヘルメスは拗ねたように作業の手を再開する。

 魔力がうねり、隣り合った術式同士が補うようにくっつき、時には離れていく様子はカナタには興味深かったのか珍しい動物を見かけた子供のように瞳の中がはしゃいでいた。


「それで学院長……僕が四年前に研究していた魔道具はどこに……?」

「あれは当時、暴走して破損したと報告を受けておるぞ」


 学院長から帰ってきた答えにカナタ達は驚きの顔を隠せない。

 エイミーとイーサンは特にだ。


「破壊された……? もうないってこと……?」

「うむ、イーサンが意図せず術式を刻まれてしまったのは魔力が暴走してしまったからと……当時の報告書は残っているはずじゃ、書いた奴はもう辞職してしもうたがな。今はどこで何やってるやら……報告書だけでも探しておいてやろう」

「ありがとう……ございます……」


 エイミーは今までのことが無駄になったことに疲労を覚えたのかその背中はわかりやすくいくらい丸くなっていた。

 その背中を見て、カナタはぽつりとルミナに耳に顔を寄せる。


「……俺達が協力できるのはここまでですね」

「ひゃあ! あ、はは、そ、そうですね……少し、可哀想な気もしますが……いい方向にやる気が向いて変わろうとしていたのに……」

「そうですね……」


 エイミーと打ち解けたからか、ルミナは心配そうにしている。

 そんな中、カナタは別のことを考えていた。


(外からも、中からも……か)


 先程ヘルメスが言った言葉……まるで学院内に敵がいるかのようなヘルメスの発言をカナタは頭の隅に置いておくことにした。

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