109.そういえばそうだった

「あなた達も一日考える時間が欲しいでしょうから正式な回答は明日で構わないわ。まぁ、あなた達も聖女の人脈は持っておいたほうがいいんじゃない?」


 それから少し話した後、エイミーの確信したようなその言葉でその場は解散となった。

 見張りで外に置いていたコーレナとルイと入れ替わる形でエイミーは出ていき、側仕えには共有してもいいという事でルイとコーレナにも同じ話をする。


「半分言い掛かりですね……」

「半分どころか思い切り言い掛かりですよ! しかもカナタ様の善意に……!」


 ルイは怒りを表したいのかその場で右でパンチを放つ。

 戦闘訓練を受けているわけではないのでへぼい。


「その、あの大男……イーサンさんでしたか。彼に刻まれていた術式が手掛かりになるというのは確かなのですか?」

「エイミーさんが言うには、最後に使われたであろう術式を解析できていればより正確に魔道具の魔力反応を辿れると……量産されているものと違って、流出した魔道具は基本的には一個しかなく、特徴的らしいですから」

「なるほど、使われるか誰かの手に渡っていて研究されているのならその魔力反応を辿って位置を把握できたかもしれないと……ですが、真偽を確認できませんからね……」


 むむ、とコーレナは眉間に皺を寄せる。

 コーレナの言う通り、聖女とはどのような能力を持つのかわかっていないため向こうの言い分を全て鵜呑みにするわけにもいかない。

 しかし、聖女という肩書きが出来るのかもという可能性を強めてしまう。


「それと、"失伝刻印者ファトゥムホルダー"の情報はやはり魅力ですね……詠唱できるだけの私とは違い、幼い頃から訓練を施されているであろうエイミーさんでは練度にかなりの差があるでしょうから」


 ルミナが失伝魔術を使ったのはデナイアルの空間内でカナタと唱えたその一回のみ。

 未熟な自分の失伝魔術があの時うまくいったのは、カナタと一緒に唱えたことで意図せず増強魔術になったからだろうとルミナは推測していた。

 エイミーが浮遊しているように術式の影響も現れていない自分では、一人で失伝魔術を唱えられないであろうことも。


「それにメリットはもう一つ……エイミーさんが言い残した通り、聖女との人脈ができるのは魅力的ではあります」

「アンドレイス家はトラウリヒとはほぼ無縁ですからね」


 ルミナは頷く。言い掛かりに近い提案でも魅力を感じる一番大きい点はそこだ。

 魔術学院の在学中に他の家との人脈を広げることを目的とする貴族は多くいる。

 人脈というのは子供達からすれば初めてまともに家に貢献できる機会だ。

 ルミナには弟のロノスティコのような覚悟を持って家のために動くような行動力はなく、明確な実績もない。

 家に対してなにもできていない劣等感がルミナを悩ませる。


「……」

「……カナタ様、お疲れですか?」


 そんな中、日が傾くのをじっと見ているだけのカナタに気付いてルイが声を掛ける。


「ん? ううん、大丈夫だよルイ」

「寮に帰りましょうか。ここ最近、イーサンという御方のために色々やられていましたし……後は帰りながらでもよいのではないでしょうか」

「そうですね、特級クラスのほうまでは他の生徒も来ませんし……帰りながらでもよいでしょう」


 空き教室を利用していいのはすでに独自の研究が推奨されている特級クラスだけだ。

 一級や二級は実技用校舎で許可を得るしかなく、特級ならではの特権がある。

 基礎授業が必要なレベル、または独自の研究をしなければいけない生い立ちでもない限り学校の施設を自由に使えないということだ。

 ルイとコーレナが教室の周囲をきょろきょろと確認してから四人は外に出る。念のため、寮への帰り道も正面ロビーではなく裏手のほうに回ることにした。


「そういえば、カナタ様の意見は? ずっと黙っておられましたが……?」

「そうですね、カナタの意見も聞きたいです」


 空き教室ではずっと無言だったカナタ。

 ルミナとコーレナが問うと、カナタはきっぱりと言った。


「断ったほうがいいでしょうね」


 カナタからのまさかの意見に聞いた二人はおろかルイでさえ意外そうだった。

 入学したばかりにもかかわらず見知らぬ大男を助けたのと同一人物の言葉とは思えない。


「あ、謝っていたのは……?」

「結果的に自分の行動が邪魔になったなら謝るくらいはしますよ。けど、それを理由に協力しろと言われると話は別です。

俺相手には流れと勢いで押し切ろうとしていましたが、側近に過ぎない俺の返答に意味がないことくらいは彼女もわかっているはずです。だから俺の主人であるルミナ様が食いつきそうな交換条件はしっかり提示したんでしょう。ルミナ様が話を呑めば、側近の俺も自動的についてきますから。ですが個人的には断りたいです」

「い、意外ですね……カナタ様なら困っているなら、と前向きに話を受けそうでしたが……」


 驚きのあまり、コーレナは言葉の途中で息を呑んだ。

 コーレナの言葉にルミナとルイもうんうんと頷く。

 カナタといえば周りを助けようとする人という印象であり……実際ルミナもルイもカナタのおかげでここにいる。


「……命令で来たということは彼女は仕事でこの学院にいるわけですよね?」

「そうですね、教皇からの命令と仰ってましたから」

「なら彼女とその仕事を命令したトラウリヒの偉い人の責任でしょう。それに、未知の危険がありそうな割に報酬も見合っていないかと。"失伝刻印者ファトゥムホルダー"については学院の先生方のほうが詳しいでしょうし……人脈の話は自分にもよくわかりませんが、それもあちら次第であるかのような言い方でしたから」


 夕陽の差し込む廊下を歩きながら、三人はぽかんとカナタの話に耳を傾けていた。


「せ、正論……」

「カナタ様って意外にこういうとこありますよね、自分の考えを思い切りぶつけるというか……そこも素敵な所ですが」


 カナタは心なしかいつもより饒舌で、仕事の報酬に対するこだわりがちらちら見えた。

 それも当然……カナタは元々傭兵団の戦場漁りとして仕事をしていた子供だ。貴族となった今でもその時の価値観が根付いている。

 日常の不幸を見かけたのなら伸ばす手もあっただろうが、エイミーの要求は自分の仕事をほぼ無償で手伝えというもの。仕事ならば仕事なりの関わり方と姿勢がある。

 ただの八つ当たりなら受け止めてもいいし、言い掛かりを付けられる程度は笑って許そう。

 だが幼い頃から戦場漁りとして毎回ノルマをこなしていた真面目な少年であるカナタには、エイミーの仕事についての要求の仕方は少々気に食わなかった。


「な、何故エイミーさんにそれを言わなかったのですか……?」

「すぐにルミナ様に話を振っていたので……先程も言った通り、自分の返答にはほとんど意味がありません。側近ですからね。向こうも口ぶりからして最初からルミナ様に近付きたかった節がありましたし」

「……」

「公爵家のコネが欲しいのか、現地の協力者が欲しい状況なのか……現地の人間を安く雇うっていうのはよくある手だから想像しやす…………どうしました?」


 カナタがぶつぶつとエイミーの目的を推測している中、ルミナとコーレナは顔を近付けてこそこそと小声で聞こえないよう内緒話をしていた。


「ど、どうしましょうコーレナ……! いつも以上にカナタが頼もしいです……傭兵団時代の経験でしょうか……?」

「かもしれませんね。あのような流れの職業は雇い主と不当な取引きを持ち掛けられる経験も多そうですから……もしかしたらこういう事態に慣れているのかもしれません」

「お二人とも?」

「は、はい!」


 カナタに呼ばれてルミナは振り返り、コーレナはなんでもないかのように背筋を伸ばす。

 頼もしさを実感してしまったからか、振り返ったルミナの顔は少し赤くなっていた。夕焼けのせいにしようと決めてカナタの隣へと並ぶ。


「どうかしましたか?」

「い、いえなんでも……! こ、こほん」


 わざとらしく咳払いをして、ルミナは決断する。


「そうですね、カナタの助言通り……今回はお断りましょうか」

「ありがとうございます」

「ふふ、側近の助言ですから大いに参考にさせていただきました」

「"失伝刻印者ファトムホルダー"の情報については謝らないといけませんね。すみません、せっかくの情報源だったかもしれないのに」

「いいんです」


 ルミナは自分の胸に手を当てる。


「これは私自身の問題ですから。結果を急いで誰かにちらつかされた情報に飛びつくくらいなら、自分の力でゆっくりと前に進めようと思います。たまにカナタの力も貸してくださいね?」

「はい、勿論です」


 カナタとルミナは互いに顔を見合わせて微笑む。

 エイミーの要求への答えも決まって、気持ちよく一日を終われそうだ。


「あ、柔らかくなりましたね」


 ルイがカナタの表情を見て一言。

 カナタが自分を指差すと、ルイはこくこくと頷く。


「さっきまでカナタ様……ちょっと怒ってませんでしたか?」

「そうなのですか?」

「確かに空き教室から出るまで黙っていましたからね」


 ルミナ達三人の視線がカナタに集中する。

 簡単に自分の心中を見抜かれまいとカナタは目を逸らしたが無駄な抵抗のようで……カナタは三人の視線にぽつりと小さい声で呟く。


「……俺、理不尽・・・な要求する人は嫌いなんですよね」


 そういえばそうだった、と三人は思い出す。

 彼は理不尽に誰かが傷付けられたり、奪われそうになると貴族だろうが、家庭教師だろうが、宮廷魔術師だろうが容赦なく噛みつく猛犬だということを。

 ――こうして、聖女の目論見は一日もかけるまでもなく失敗に終わった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る