108.聖女の要求

「私はトラウリヒ神国から、留学ついでに調査に来たのよ」


 教室で掴まれたカナタの胸倉はすぐに解放されたものの、カナタ自身が解放されたわけではなかった。

 シャンクティによる実技の授業が終わった後、カナタはエイミーに半ば強制的に引っ張り出され、それに付いていく形でルミナも同席する。


 連れ出されたのは学院にいくともある空き教室の一つ。

 エイミーは教室に二人を連れてくるなり、盗聴防止用の魔道具を起動させてから話し始めた。ラジェストラが使っていたものとは形状が変わっていて、カナタはついじっと見てしまう。

 念のため、コーレナとルイは教室の外で待機しているので話を聞かれる心配はない。


「何の調査に?」

「発端は数年前……トラウリヒの魔道具がいくつか他国へ流出したらしいの」

「らしいの、とは?」


 事情を説明する割に妙に他人事な言い方にカナタが質問する。


「その時、私は八歳よ? まだ聖女の修行中で事件そのものには関わってないわ」

「あ、なるほど」

「普通の魔道具ならただの窃盗で片付けて教皇達がわざわざ乗り出して調査することはないんだけど……どれもこれも放置できないものだったから国が調査して、最近盗んだ奴等を捕まえたわ。けど、そいつらの話ですでに四年前には他国へ流出させられていたことがわかったの」

「四年前……」


 確かイーサンが違法魔道具を手に入れたのもその時期だったと聞いたような。

 カナタはそんなことを思い出しながら続きを聞く。

 エイミーはじろりとカナタを睨んでいて、ルミナがいなかったらもう一度胸倉を掴んできそうだ。


「流出したのは"対竜魔道具バルムンク"、"対人魔道具トラウリヒの微睡まどろみ"、"扇動魔道具リーベ"、"増幅魔道具ヴンダーの杖"の四つ……流出後のルートを調べてみると、少なくとも四つ中三つはオールターに流れ着いていることがわかったわ」

「対竜って……竜って本当にいるんですか?」


 カナタは少し目を輝かせながら問う。

 対して、エイミーは唾を吐くような目でカナタを見た。


「数は少ないけどいるわ。だから作られたんじゃない、少し考えればわかるでしょ」

「すいません……」


 答えてはくれるものの、エイミーからカナタへの当たりが妙に強い。

 女たらしの噂は誤解で治癒魔術についてを教えてもらった時に多少打ち解けたと思ったが、そこからまた距離が離れたようだ。


「エイミーさんはその三つを探しに留学に来た……ということですか?」


 カナタに代わってルミナが小さく手を挙げる。

 エイミーは小さく頷いた。先程は詰め寄られていたが、別にルミナを悪く思っているわけではないらしい。


「そういうこと、悪用されたらまずいのは精神干渉の術式を使う扇動魔道具リーベくらいなんだけど……ほら、"失伝刻印者ファトゥムホルダー"には精神干渉系の魔術は効かないでしょ?」

「ルミナ様そうなんですか?」

「そう……なんですか?」

「何であなたがわかってないのよ!?」


 対面している二人がどちらもよくわかっていないように首を傾げていることにエイミーは驚きのあまり立ち上がった(浮き上がったのほうが正しいが)。

 エイミーは今度こそカナタ目的ではなくルミナに詰め寄る。


「あなた"失伝刻印者ファトゥムホルダー"でしょ!? 違うの!?」

「はい……ですが、入学するまで誰にもばれないようにするためにそういった情報は得ないようにと教育されていて詳細はあまり……」

「ああ、そうか……スターレイは私のような扱いはされないんだったわね……。国が魔術研究に熱心すぎるせいで逆にそういうのを知る機会がないわけか……悪かったわね……」

「い、いえ……」


 二人の知識の差はスターレイとトラウリヒ、二国の"失伝刻印者ファトゥムホルダー"に対する文化の違いからくるものだ。

 魔術によって安定しているスターレイと宗教によって安定しているトラウリヒ。

 無法な魔術師から身を守るために隠してきたルミナとは違い、同じ"失伝刻印者ファトゥムホルダー"でも国に象徴として保護され、鍛え上げられたエイミーのほうが自分の扱いや術式の理解度に関しては遥か上なのは当たり前だろう。

 当たり前のはずなのだが、ルミナの心は妙にざわついてつい俯いてしまう。


「とにかく、私には精神干渉が効かないから教皇の命令で送られたの。他国をうちの教皇達が色々調べたら大事になっちゃうけど、生徒として研究の名目でなら色々と動き回っても自然でしょ?

しかも学院には被害者らしき生徒という手掛かりが早速あって……特級クラスは時間もあるし、調査の環境としては完璧だったわ。入学早々、本国にいい報告が出来ると思っていた……」

「なるほど」

「そ・れ・を……!」


 エイミーはふわりとカナタの隣へと移動して、がっと首を掴んだ。


「この男に台無しにされた私の気持ちがわかる!? 何でまだ何もわかってないうちにぱっぱと消しちゃうのよ!? というか何でそんな事出来ちゃうのよ!?」

「わわわわわ」

「え、エイミーさん落ち着いて……! カナタの頭が頭が!」


 エイミーはカナタの首を掴んだまま揺さぶり、カナタもなすがまま頭を揺らされる。

 エイミーの形相に聖女というより悪魔のような形相に近い。

 腕が疲れたのかエイミーがカナタの首を揺さぶるのを止めると、カナタは思い出したように言った。


「もしかして、一度、実技用校舎で鉢合わせたのって……」

「そうよ! 私も調べてたのよ!! 私だって手掛かりついでに治せるものなら治したいと思っていたわよ!! 出来なかったけど!!」

「ごご、め、ん、なささ!」

「エイミーさん落ち着いてください! カナタの頭がおもちゃみたいに揺れています!」


 余計な質問をしてしまったからか再開。

 カナタの頭は再びぐわんぐわんと揺らされる。

 ほぼ八つ当たりなのだが、カナタがあまりにも自然に二回目を受け入れたからか、今度は早めに解放された。


「カナタ、大丈夫ですか……?」

「視界が揺れる……初めて馬車に乗った時みたいだ……」

「治してくれたのは礼を言うわ。尻拭いしてくれてありがとう。それはそれとして、手掛かりを無くされた怒りが多少上回ったからぶつけさせてもらったわ」


 カナタの背中をルミナが擦っているうちにエイミーは再び椅子に戻る。

 どうやらある程度満足したのか、表情は元に戻っていた。


「ともかく、あなたのせいで私は手掛かりを失ったわけ」

「それはなんというか、すいません」


 カナタはぺこりと頭を下げる。

 その流れのまま、エイミーは椅子にふんぞり返りながらさらっと本題を突き付けた。


「だから責任取ってあなた、私を手伝いなさい」

「はい…………え?」

「はいじゃありません! カナタは私の側近ですよ!?」

「じゃああなたも手伝って。手伝ってくれたなら、代わりに"失伝刻印者ファトゥムホルダー"について色々教えてもいいわ」

「……っ!」


 心が揺れるルミナを見てエイミーはにやりと笑う。


「どう? 悪くないでしょ?」


 さっきの表情見逃さなかったわよ、とでも言いたげな表情だった。

 無理矢理な要求の後にすかさず利のある交換条件を出してくる辺り、聖女はどうやら思った以上にしたたからしい。

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