107.とある酒場の諦め

 ラクトラル魔術学院がある魔術都市オールターは首都に次いで広大である。

 スターレイ王国の貴族達、王族達の支援もあって成り立っているため治安もよく、子供だけで出歩いてもいい珍しい都市として有名でその煌びやかさを保つために貧困層を都合よく追いやるスラムもない。

 だが、それだけ安定しているということは金があるということ。

 そして治安がいいからといって決して裏がないわけではない。

 魔術都市には魔術都市らしい裏の顔がある。


「名はシメルタ。出身はシャーメリアンのツーダ国。ほぼ独学だが第二域だ、斬撃系の魔術は特に自信がある」

「紹介は?」

「レーノルダ」

「レーノルダレーノルダ……ああ、欠損とか好きそうだもんなあのおっさん」


 一階の酒場から聞こえてくる酔っ払いたちの笑い声を隠れ蓑に、面接官エメトは今日も腕に自信のある魔術師を見極める。

 ここは魔術都市オールターのとある酒場。一階は普通の客だが二階は違う。

 オールターにある魔術師達を戦わせて楽しむ裏決闘場、その出場者を歓迎する小さな面接会場だ。

 そんなことが許されてるのか?

 とある場所で偶然出会ってしまった魔術師達が勝手に決闘をして、たまたま周りに座れる場所があって、見物人がそこに集まっただけなのだから問題はない……というのは勿論詭弁。

 出場者でトーナメントを組んで賭けの道具にしている時点で問題ありまくりである。


 エメトの仕事は出場を希望する魔術師達の素性を聞いて、紹介人からの手紙と照会して問題がなければその魔術師を仕事場・・・に案内するという重要なもの。

 エメトは腕っぷしに自信があるわけでもないので、付き添いの魔剣士ダーオンが常に面接相手に目を光らせている。

 一人目は紹介状の名前や特徴も一致していて特に問題はない。気になるのは申告してきた魔術領域だろうか。

 エメトの経験上、独学と前置く自称第二域は大抵そこで躓いている魔術師だ。恐らくは魔術に幅がないタイプ。斬撃系の魔術に自信があるというが、正確にはそれしかうまく扱えない可能性が高い。


「よし問題ない。ようこそオールターへ。互いに末永く稼げるといいな」

「ああ、よろしく頼む」

「表の顔は貴族向けのゲームハウスだ。多少ギャンブルはできておいてくれよ。稼いだ金を落としていってくれていてもいい」

「ギャンブルか。いいじゃないか、賽を投げるのは得意だぞ」

「ははは、こんな所に来るくらいだからな」


 いけて三回戦が限界だろうな、とエメトは思いながら招待状を手渡した。

 エメトは黒服と笑顔が似合う男である。その笑顔をもって一人目は無事に面接終了だ。


「名前はアンクラー……出身はトラウリヒ神国。第二域です……」


 二人目は若い男だった。トラウリヒといえば神を崇める国。

 毎度のことだが、そんな国の人間がこんな場所・・・・・に頼ろうとしている時点で少し吹き出しそうになる。


「紹介は?」

「しょ、紹介? いるんですか……?」

「そりゃそうだ。うちにだって信頼がある。出資してくれてる下衆な貴族様達の信頼に応えなきゃあな。無法者が気まぐれでやってるわけじゃねえんだ」

「そ、そうか……金が稼げると聞いてきたんだが……。なんとかならないだろうか……」

「そうだな、少し別室で待っててくりゃ上に聞こうか」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ、一応紹介無いやつも実力次第で採用したりするんだ。大切なのは見物のお客様に提供するエンターテイメントだからな。トーナメント形式にしているのも目的はお気にに魔術師が勝ちあがるのを楽しんでみてもらうため。だから気にするな。次の出場枠を調整できるか確認してやる」

「ありがとうございます!」


 二人目は別室待機。すぐさまダーオンに案内させる。

 次の開催に出場枠が余っていれば一先ずは採用だ。出場して支援者パトロンを捕まえられればよし、捕まえられなかったら金にならないということなので処分しなければいけない。

 エメトとしてはこちらで処分するのは面倒なので何とか頑張って欲しいところである。


「……俺が言うのもなんだが、魔術師がこんな場所に普通に来ることに未だに驚いている。」


 別室から帰ってきたダーオンがぽつりと呟く。

 ダーオンは魔術師になれず、仕方なく魔術師になった過去があるからだろう。


「魔術師にも色んなやつがいるってわけだ。ここに来るには……まぁ、大抵魔術を誰かに向けたいやつ、だな」

「そんな単純な魔術師がいるのか」

「わかってないなあダーオン……力を振るう理由なんて単純なんだ。

動物や魔物を魔術でどうこうしたところで何か物足りない、っていう暴力的な一面がある魔術師もいる。人に向けたくなっちまうんだよ。魔術師だなんて偉そうな響きしてるが、こんな便利な力を持っていたら好き勝手にやってみたいと思う奴がいるのも必然だろうさ」

「そういうものか」


 あまり納得いっていないのはダーオンの表情は露骨に不満を表している。


「そういうものさ。そして俺達はそんな魔術師達が思う存分に力を発散場所を提供し、そんな暴力を見るのが好きな下衆貴族様から金を引っ張り出して儲ける……ほうら、全員幸せでなによりだよ。いいから三人目を呼びな、まだ仕事中だ」

「すまない、そうだったな」


 エメトはゆっくりと拍手をしながらダーオンに三人目を連れてくるよう指示する。

 今日は三人目で面接官としての仕事は終わりだ。

 ダーオンが出ていくのを見送ると、エメトはどこからか出したタバコを咥える。


「『火花ティンダー』」


 魔術でタバコに火をつけて一息。

 これが終われば今日はもう寝るだけだ。


「全員、幸せ……か」


 自嘲気味に先程自分が言った言葉に呆れていると扉が開く。

 タバコを咥えたまま、エメトは正面に座る三人目を出迎えた。

 座った男はずいぶんと身綺麗でこんなところに来るような人間には見えない。

 整った顔立ちにグレーの髪、平民ではないように見える。


「バウアー・ベルナーズ。紹介は俺自身だ」

「…………はい?」


 エメトはぽろっと咥えていたタバコを机の上に落とした。

 ベルナーズ家といえばかつてアンドレイス公爵領の一部を統治していた大貴族。

 確か侯爵家のはずではないか。侯爵家の紹介ともあれば確かではあるが、自分自身をというのは前代未聞だ。

 エメトは落としたタバコを拾いながら念のためにと質問する。

 

「出資者向けの窓口はここじゃないんですけど、場所をお間違えでは?」

「出資もしてやっていいが、今回は出場者としてここに来た。

殺しはありか? まさか酒のように年齢制限があるわけではないな?」


 いやどの年齢だろうが制限されてるだろ、と言うことはできなかった。

 エメトはこの三人目の面接から厄介事の予感を感じてげんなりとした。

 厄介ごとの種は他の出場者か? それとも優勝賞品の魔道具か?

 どちらにしてもエメトとしてはトラブルだけは遠慮願いたい。

 殺しは処理が面倒だからやめてほしい……これだけは何とか伝えるも、


「まぁ、相手によっては考えてやってもいい」


 これ駄目だな、とエメトは諦めながら招待状を渡した。


――――


いつもありがとうございます。

ここからは第五部「影法師の誇り」となります。応援よろしくお願いします。

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