99.中心にいる少年

「だから、あなたには無理だと言っているでしょう」

「いえ、そこは問題じゃないというか……むしろ無理なほうがありがたいというか」

「だとしたらそれはそれできもっ……ってなるんだけど……」

「お願いします! 今度何か協力するので!」

「……わかったわ、そこまで言うのなら。けれど本当に使えないわよ」


 特級クラス全体で学院側の方針を理解し始め、各々が調べ物に時間に費やす日々。

 自分の得意分野を突き詰める者、自分の能力についての理解を深めようとする者と別れているが、まだ入学してから一ヶ月ほどしか経過していないため成果を出す者はいない。

 そんなクラスの中で一人だけ、他人の能力について興味を全開にして頭を下げていた。


 朝から頼み込んできたカナタの熱意に負けて聖女エイミーは仕方なく了承する。

 エイミーからすると大して好ましく思っておらず、口汚い言葉は遠慮なく使ってしまっても罪悪感の一つも湧かない相手ではあるのだが……何故だか切り捨てるように断れない。

 噂を鵜呑みにしてしまっていた負い目からだろうか。


「おいおい、ご主人に尻尾振るだけじゃなくて聖女にも媚び売ってんのか? 噂が本当に思われちまうぞ」


 そう言うのはカナタと模擬戦の相手をしたイングロールだ。

 一方的に負けはしたが、未だにカナタに対抗心を燃やしているのもあって何か言わずにはいられない。頼み込む姿を見てからかうように茶々を入れる。

 そんなイングロールの席にも、カナタは遠慮なくずかずかと歩いていく。


「イングロール、君のあれもどうなってるのか教えて欲しいんだ。どうやって術式無しで魔術のコントロールを奪ってるのかとか」

「はぁ!? 俺も狙われてる!?」

「俺は魔術を色々見せたのにそっちは見せてくれなかったじゃないか。相手の魔術の乗っ取る感覚くらい教えてくれていいだろ?」

「お前が知ったところで意味ねえだろ!? ありゃ俺が"領域外の事象オーバーファイブ"だから出来るってだけで……」

「意味無いかを決めるのは俺だよ。お願いします」


 圧倒的に勝った相手にすらカナタは頭を下げて教えを乞う。

 ここで本来負けた側である自分が断ったら、と考えるとあまりに惨めだ。

 イングロールは気に食わないと感じる心とプライドを天秤にかけて後者をとった。

 頭を下げる勝者を自分で無碍にするというのもどこか気に入らない。


「わぁった! わかったよ! そんぐらい教えてやる!」

「ほんとか!」

「ったく、俺にあんな勝ち方した癖にこれだからな……調子狂うぜ……」


 そんなカナタの奇行を他の特級クラスの生徒達はちらちらと見ている。

 特級クラスは六人……カナタとは一言もしゃべっていない生徒が二人いるのだが、実技一位のカナタを意識しないのは無理がある話。

 こうして教室で先生を待ちながら、過度にかかわらないようにして会話を盗み聞いているのだが……そんなものはお構いなしでカナタはその二人のほうにもぐるんと顔を向けた。


「あなた達のも後で頼みに行くのでよろしくお願いします」

「え!? 僕達も!?」

「予約制で全員の聞いていく気なのあなた!?」

「あ、まずは自己紹介からですよね。カナタです」

「知ってるわよ! ペルレノよ! よろしく!」


 そんな一気に騒々しくなってしまった特級クラスの教室の扉が開く。

 実技担当のシャンクティはその光景が異様に見えたのか一瞬教室に入るのを躊躇ってしまう。

 教室の中でカナタが作ってしまったペースの中、一人だけ微笑ましそうにその騒ぎを見つめているルミナを見つけてシャンクティは駆け寄った。


「い、一体どういう状況なのこれ……?」

「おはようございます。ふふ、カナタが朝から皆さんに色々教えて欲しいと頼み込んでまして……カナタの粘り勝ちといったところです」

「教えてって……実技一位はあの子だからむしろ……」

「そんな順位よりも、自分がやりたいことが優先のようです。最近何かを気にしているようでしたから」


 へぇ、とシャンクティはつい素直に感心してしまう。話を聞きに来たカナタが何かをしようとするとは思っていたが、まさか周囲に教えを乞うことから始めるとは思わなかった。

 シャンクティは勿論教師として、実技授業のための移動の号令をかけなければいけないのだが……。


「聖女様の治癒魔術は怪我が無いと見れないか……まずは怪我するために俺とイングロールで殴り合いでもします? 勝ったほうが先に治癒してもらうってことで……」

「するかボケ!」

「何を名案みたいな顔で言ってるのよ? そんなことにこの神聖なる私の力を使えと?」

「初めて話すけど根本的に馬鹿寄りというか……ほんとに公爵家の側近なのこれ?」


 カナタのペースにすっかり乗せられながら纏まっている特級クラスを見てシャンクティは少し黙ったままでいることにする。

 特級クラスは、"失伝刻印者ファトゥムホルダー"や"領域外の事象オーバーファイブ"を隔離するのは勿論……技術的に飛び抜けた生徒達で構成される。

 そのため競争心や警戒心が強く、クラスの人数が少数なのもあって集団という意識が薄く他のクラスよりも個人個人で結果を出そうとする傾向にあるのだ。


「だから、治癒は相手の肉体を術式になぞらえるから……治ればそれは術式に綻びが無いということになるでしょう? だから魔術滓ラビッシュが出ないの」

「治らなかったら出るんですか?」

「治らないと発動が失敗してるってことだから。どちらにしろ出ないの」

「ああ、なるほど……」

「メモる意味あんのか」


 しかし、稀にこうしてクラス全員で纏まる年代がある。

 それが悪い方向・・・・に転ぶこともあれば、良い方向に転ぶこともあるのだが……。


「このクラスは……どうやら良い方向に転んだようね……」


 カナタが中心となって国がどうこう貴族がどうこうと関係無く話す様子にシャンクティは嬉しそうに呟く。

 競争心やプライドがいい方向に働いている雰囲気がこのクラスにはある。

 特級クラスといえどまだまだ子供……宮廷魔術師を倒したとされるカナタが自分達に興味を持ってくれるという無意識の嬉しさが互いの間にあった壁を壊し、この空気を作っているのかもしれない。

 どうやら今の四年のようにはならないようね、とシャンクティは安堵した。


「というかあなた……何故絶対無理なものまでして知ろうとしてるの?」


 やけに熱心に話を聞くカナタに先程ペルレノと名乗った女子が聞く。


「だから、俺じゃ無理なやつが知りたいんですよ。参考にしたいから」

「だから何で無理なものをわざわざ?」

「参考にできねえだろ!?」

「はいはい、そろそろ実技の授業よ特級クラス諸君。落ち着きましょうね」


 カナタの要領を得ない回答にクラスメイトが納得できないまま、シャンクティの号令によってこの話は一旦打ち切られるのであった。

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