96.乙女の秘密は浮遊だけにあらず
カナタの噂が一週間も経たずに広まったように、ラクトラル魔術学院には色々な噂が飛び交っている。身分が関係無い学院内で価値観の違いなどを気にせずに共通の娯楽として騒ぎやすいからであろう。
そのほとんどが根も葉もなかったり、尾ひれをつけたり羽ひれをつけたりで事実からかけ離れたりしているものばかりだが……中には本当にこの学院内で見られる物もある。
その中で最も身近なのが、怪物と呼ばれる大男だった。
徘徊している制服を着た大男が一体誰なのか、一体何のために学院を徘徊しているのかもわからず、しかし特に危害を加えてくるようなこともないので遭遇した生徒達からはもっぱら話の種にされている。
「生徒達の間では有名なのですが教師達が対処しないのが謎を呼び、噂好きの生徒達があることないことを言いふらして盛り上げているといった印象です」
「本人をよそに周りが盛り上がっている……カナタ様の時と同じパターンですね。やっぱりミステリアスな存在は目を惹きますから」
午後の基礎授業が終わった後、寮へ帰りながら改めて昼に出会った大男についての噂を聞く。
どうもその噂がラクトラル魔術学院では有名らしく、新入生は一度はあの大男と遭遇して騒ぐのがここ数年の定番なんだとか。
「えっと……何で二人はそんな詳しいの?」
カナタとルミナも実技用校舎で見掛けたが、特級クラスの同級生は誰もそんな噂を知らないようだった。
だというのに何故今日初めて大男と遭遇したルイとコーレナがこんなに詳しいのか。
「あなたが女たらしという噂を流されていたから、何かの役に立てないかとルイと一緒に学院に流れているであろう噂を収集していたんですよ」
「側仕えは実技用校舎入れなかったので、その間に他の人達に探り入れておきました! 結局いらなかったですけど!」
「あ、お手数かけました……」
そう言われてみれば実技の時間に二人はいなかった。
どうやらその間に二人は二人なりに噂を書き換える参考になればと他の噂を収集してくれていたらしい。
ついでに他の側仕え達とも色々話して仲良くなったらしい。カナタはまだ一人も友達いないのに。
「噂かぁ……」
「あら、カナタ様ってば興味あります? 他にも色々調べましたよ! 何もないところから出てくる果物、禁止区域から聞こえてくる雄叫びに見ると気絶する図書館の本! 深夜に開催される無人の人形劇!」
まあどれも魔術なんでしょうけど、と思いながらカナタの恐がる様子が見たいと思うのはルイのお姉さん心。
ホラー系の噂をチョイスして恐がらせようとして見るが、カナタは特に反応を見せない……というよりも何か考えているようだった。
「やっぱカナタ様はこんなのじゃ怖がらないかぁ……」
「うふふ、カナタは度胸もありますからね」
「ルイが喋るとふざけて聞こえるのでは?」
「コーレナさん、私の扱いひどくないですか?」
せめてもっと暗ければ、と夕方を演出する夕陽に責任転嫁するルイ。
そんな三人の会話にカナタは少し申し訳なさそうにする。
うまく恐がることができればよかったのだが、カナタにとって特に恐がる理由はない。
むしろ、どんな魔術なんだろうと少し好奇心が顔を覗かせるくらいだ。
「何か考え事ですか?」
少し反応の鈍いカナタにルミナが問う。
「はい、あの人のことが少し気になって……見たことある気がするんですよ」
「え? お知り合い、ですか?」
「いえ、初めましてのはずなんですけど」
何故か、あの大男が気になるカナタ。
以前に会ったことがあるわけではない。当然、一目惚れということでもない。
好き勝手に噂されている者同士の親近感だろうか?
いや、それよりももっと前……もっと子供の頃。
曖昧な記憶の中に、あの大男と同じ顔を見たことがあるような気がした。
「げ」
「ひどいな」
学院での生活にも慣れてきた頃、カナタは実技用校舎に向かう途中でクラスメイトでありトラウリヒの聖女と呼ばれるエイミーとばったり出くわした。
エイミーはカナタの顔を見るなり嫌そうな表情を浮かべている。
エイミーの側仕えもカナタを睨み、カナタの側仕えであるルイも対抗するかのように睨み返した。カナタ以外の全員が鋭い目付きと、あまりに出くわしたくない現場となってしまう。
「エイミーさんも実技用校舎に用が?」
「気安く名前を呼ばないでくれる?」
「では聖女様と」
「それも嫌だけど、あなたに名前を呼ばれるくらいならまだましだわ」
女たらしの噂がなくなった今でもエイミーはカナタのことが気に入らないようだった。
元より警戒心が強い性格というのもあるかもしれない。
カナタとしては嫌う理由が特にないので、エイミーからのごみを見るような視線はただ受け止めておくことにする。
「ここにいなさい」
「かしこまりました」
「ごめんねルイ、ここで待ってて」
「カナタ様ルイをお呼びの際はルイお姉ちゃん一緒にいて、と叫んでください。そうすると私の足が過去一速くなりますから」
「ははは、いつも一緒にいるでしょ」
側仕えを置いて、カナタとエイミーは実技用校舎へと。
ここから先は規則で側仕えは入れない。
カナタはきょろきょろと辺りを見ながら歩き、エイミーはその隣でふわふわと浮いて進んでいる。
「聖女様ってどんな魔術を使うんですか?」
「主人にトラウリヒへの探りでも命じられた?」
「いや、この前の実技では第一域の魔術しか使ってなかったから気になって……何で聖女って呼ばれるのかなと。"
「第三域を使えるあなたがおかしいのよ……」
エイミーがこの質問に答える義理はない。
女たらしという噂があった上に、実際に教室で出会った時もルミナや側仕え含めた女性に囲まれていたのが彼女のカナタへの印象を決定づけていた。
しかし、それでもカナタはクラスメイト。これから対等な立場で数年を過ごす一人だ。
祖国では聖女と呼ばれて敬われ、対等な人間が周囲に少ないエイミーにとっては得難い関係。
何より実技の授業の際、惜しげもなく第三域の魔術を見せているカナタに、魔術を隠すというのがエイミーにとって気分が良くない。
「あなただけ見せていて私だけが隠すでは公平ではありませんからね。それに本国ではみな知っていることですし……いいでしょう。
聖女と呼ばれているイメージの通り、私の得意な魔術は治癒です。なので模擬戦に近い先の授業では使いませんでした。実技用校舎では使うまでもないですから」
確かに、エイミーの得意魔術が治癒ならばこの校舎の中では出番がない。
ここでは魔術による損傷は全て学院長の魔術によって肩代わりされてしまう。
聖女の威光もより深い魔術の深奥には届かないというわけか。
「治癒魔術って初めて聞きました」
「当然です。治癒魔術を得意とする聖属性は希少属性……滅多に現れないからこそ私は本国で聖女と呼ばれているのですから」
「治癒ってどんな感じなんですか?」
「負傷部位を術式になぞらえて干渉……こほん、そんな事を聞いてもあなたには使えないでしょう。治癒魔術は
「え」
カナタが悲しそうにこちらを向いたのを見て、エイミーは狼狽える。
まるでおやつの時間寸前で今日のおやつがないと知った時の自分のような顔だと。
「そう……なんですね……」
「何を人の魔術事情で勝手にがっかりしているの……」
肩を落とすカナタは少し慰めたくなるくらいに背中が丸まっていた。
普段は真面目なカナタだが、
「それじゃあ……その浮いているのはなんなんですか?」
「これは乙女の秘密よ。それでは」
さりげなく一番聞いてみたかったことを聞いてみたが、エイミーはカナタとは違う方向にふわふわと行ってしまった。
最悪の初対面を考えれば、話せたほうだろう。しかし気になることが一つ。
「何で
学院ではまだ
去年公爵領で流されていた噂を聞いたのかな、とカナタは首を傾げた。
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