93.見せつけろ

 競争とは成長する上で大切なことの一つである。

 人間は誰しもが一人で勝手に成長できるほど都合のいい生き物ではなく、誰かに負けたくないという思いはいつの時代も燃費のいい原動力と言えよう。

 ここラクトラル魔術学院も例外ではない。

 入学する前から実技と筆記の順位を張り出し、競争心を煽っている。

 これはまだ見ぬ魔術の才能を見出し、才能無き者を炙り出す手段でもあった。

 魔術の才能とは技術を積み重ねられる者。ひたすらに技術を磨ける者を指す。

 学院に所属する生徒のほとんどは権力を持つ貴族ばかりだが、その権力に頼って他を蹴落とそうとする方向に舵を切るようならば才能は無い。権力を振りかざしてはいけないと言う学院のルールはそのまま魔術師の成長にも繋がっているのだ。

 権力に頼って他を貶めようとする者は一級クラスの人間であっても、次の学年からは容赦なく二級に落とされるであろう。

 そこから這い上がろうとまた魔術の腕を磨けるのならそれはそれだ。


 その方針からラクトラル魔術学院の最初の授業は例外なくクラスの人間同士による模擬戦と決まっている。

 同じクラスでより実力の近い者同士だからこそ、勝敗によって最初に決まる明確な序列の差。

 それは魔術師を目指す者にとって魔術に浸かる最初の起爆剤となる。


「ラクトラル魔術学院の校舎は大きく二つに分かれます。一つは通常の授業を学ぶための教室や教師たちの研究室、食堂など普段の学院生活を送るための一般校舎……そして模擬戦用の広場、魔術の実験場や魔道具の作成に関する施設がある実技用校舎です」


 入学してから一週間。

 人数の多い一級クラスと二級クラスの長い模擬戦が終わり、ようやく特級クラスが初の実技の授業のために模擬戦用の広場を使えるようになった。

 教師の案内で一般校舎から渡り廊下を渡って、特級クラスの六人は実技用校舎のほうへと。

 移動の途中にすれ違う生徒も、実技用校舎のほうではどこか雰囲気が違う。


「縄をくれ……縄を……」

「ぶつぶつぶつぶつぶつ……」

「ジャジャウラの鱗粉たっか……あー……溶けたい……。スライムはいいなぁ……溶けられて……。お金なんていらないもんねぇ……」


 特級クラスの中でも目立っている浮いて移動するトラウリヒの聖女エイミーが通りがかってもちらっと見ることはなく、ただただ独り言を繰り返す者ばかり。

 制服を着ているので生徒には間違いないが、最早その雰囲気は研究に没頭する魔術師だった。

 そんな若干心配になる様子の生徒すらいつも通りの光景なのか、教師はそのまま説明を続ける。


「この実技用校舎の中では、ヘルメス学院長の魔術によって魔力を含んだ攻撃による肉体の損傷を術式が肩代わりするようになっています。なので危険な魔術の行使が行われる模擬戦、魔道具の実験などはこちらを使ってください。申請さえすれば生徒なら誰でも使えるようになっています」

「傷を……素晴らしいわ、空間のルールを変えてるってわけ……?」

「まぁ、流石エイミーさん。その通りです」


 聖女らしく怪我や傷に対しての魔術に対する知見が深いのかエイミーは見事、実技用校舎の魔術についてを言い当てる。

 互いの情報が少ない中、このように何でもない会話の中で披露する知識も同じクラスの人間に対する牽制であり、自身の優秀さを示せる機会となり得る。

 エイミーはちらっと他の五人を見ると、得意気に鼻を鳴らした。


(空間のルールを変える、か……デナイアルも術式の中に独自の空間を作ってルミナ様を閉じ込めてたな……。第四域の最低ラインは魔術を使って空間への干渉が出来るかどうかなのかも……)


 カナタは一人、きょろきょろと辺りを見回す。

 よく観察してみると、入学前に学院長のところへ連れられた時に見た術式があちこちにある。

 エイダンに連れられてわけもわからずついていったが、今思えばあそこは実技用校舎だったのだろう。

 エイミーの言葉と校舎に張り付けられる術式を見て、カナタは第四域のヒントを貰いながら模擬戦を行う広場へと到着した。

 入口は魔術というよりは物理的に固そうな扉で、横には修練場と書いてある。


「広いですね……それに床に術式がこんなに……」

「うわぁ……こんなの書いてたら気が狂うぞ……」


 同級生の声に釣られて、カナタも下を見る。

 術式を見慣れているカナタですらぎょっとした。

 床となっている石材一つ一つに目に見えるよう物理的に術式が刻まれていて、それら全てが繋がって修練上の床の模様となっている。

 魔術師が書かなければ魔術的効果が現れない上に、自分の魔術ゆえに他者に任せることもできない。どれだけ途方もない時間をかけたか想像するだけで辛くなる。


「ここは模擬戦を行う場所なので、他の場所よりも特別安全に作られているんですよ。なので……安心して思い切り魔術を使うといいですよ」


 特級クラスを案内してきた教師が改めてカナタ達のほうを向いて一礼する。

 赤い長髪が乱暴に揺れて耳のピアスがちらりと見えた。


「改めて、今年の特級クラスの実技担当シャンクティ・バルドレートよ。模擬戦の際の立会人にでもあるから、顔を合わせる機会は多くなると思うわ。よろしくお願いするわね」

「ん……?」


 よく聞くとどこかで聞いた覚えのある声だな、とカナタは記憶を探る。

 顎に手を当てて少し考えると、思い出したのか手を叩いた。


「痩せて出直せの人……?」

「――うぐっ」


 どこかで聞いた声かと思えば入学前に学院長に呼び出された部屋で聞いた声の一つだ。

 特徴的な罵詈雑言を吐いていたのでよく覚えている。

 カナタがそう言うと当たりだったのか、シャンクティは頬を引きらせた。

 

「痩せて……? それはなんですかカナタ?」

「えっと……入学前に――」

「さあさあ! 時間もないわ! 早速始めましょう! ええ!! まずはやっぱりあなたからよね!!」

「痛い痛い。痛いですシャンクティ先生」


 ルミナの疑問に答えようとすると、言葉を遮るようにシャンクティはカナタに飛びついて肩をばしばしと叩く。

 これは素を隠しているのか、それとも猫を被っているとでもいうのだろうか。

 猫っぽい言葉遣いの教師は別にいたが。


「早く黙って前に出なさい。お願いだから」

「痩せてる人にはああいうこと言わないんです?」

「口閉じろこら。それにあたしからああいうこと言われるのはちまたじゃご褒美なんだよ」


 ご褒美の意味がわからないままカナタは言われた通り前に出る。

 これ以上追求してシャンクティを怒らせたら学院生活が穏便に過ごせなさそうだ。 


「さ、当然お相手は実技二位よ。出なさいイングロール・シーヴィル」


 カナタの次に前に出たのは青色の髪に金のメッシュが入った男子生徒だった。

 カナタを見ながら微笑んでいる……というよりはにやついていると言ったほうが正しいだろうか。

 イングロールはそのまま広場の中央に立つカナタの前に堂々と立った。

 他の同級生は巻き添えにならないよう中央から少し離れていく。そちらのほうを見ればルミナがカナタに向けて小さく頑張って、と声を掛けてくれていた。

 カナタはルミナの声に応えるようにに、そちらに向けて小さく手を振る。


「実技二位の俺なんか眼中にないかい? 実技一位の女たらしさん?」

「……言っとくけど、誰もたらしてない」

「へぇ、眼中にないほうは否定しないんだな?」

「そういうわけじゃないが……」


 カナタの返答を待つことなく、イングロールは腰から杖を抜いてカナタに向ける。

 煽るような言動だが、その目はカナタに対しての戦意でみなぎっていた。

 一位と二位の差をここで逆転させると意気込んでいるかのように。

 もしかすれば、煽るような言動も対抗心からつい口から出てしまっているだけなのかもしれない。


「戦意の欠片も無さそうな冴えない顔で……本当に魔術が使えるのかい一位さん?」

「そうか? 筆記一〇三位の顔はこんなもんだろ?」


 挑発めいたイングロールの声にカナタも減らず口で乗る。

 互いに遠慮が無くなったところでシャンクティも前に出た。


「では只今より実技の授業を開始します。内容は特級クラス内部による模擬戦。

まずはカナタ・ディーラスコとイングロール・シーヴィルの模擬戦を開始するわ」


 シャンクティはどこからかコインを取り出して上に投げる。

 コインが床に落ちた時が開始の合図。ハンカチだったら決闘になってしまう。


"まずは同じクラスの連中に見せつけろカナタ"


 コインが落ちてくる間、カナタはエイダンに言われた事を思い出す。

 くだらない噂を払拭するために必要なのはそれ以上のインパクト。

 実技一位として、侮られる隙もないほどの実力を見せつけること。

 カナタは探り合いの選択肢を捨てて、初手から出し惜しみをしない方針を選ぶ。


「『炎精への祈りフランメベーテン』」


 コインが落ちる音と同時に、カナタは初手から第三域の魔術を唱える。

 ダメージを肩代わりする術式が無ければひとたまりもない――人間一人に使うには巨大過ぎる規模の業火を、カナタは容赦なく正面に放った。

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