92.噂を払拭する方法

「わ、わわ、わたくしじゃない! わたくしじゃないわよお!! 本当に! 本当よ!!」


 自分があらぬ噂を立てられていることを知ったカナタは昼の時間になった瞬間、こんな事をしそうな唯一の心当たり……一級クラスから出てきたメリーベルを庭の方へと連れ出した。

 教室から出たメリーベルがカナタを見た瞬間、顔を青褪めさせたのは言うまでもない。入学初日からカナタと顔を合わせるなどメリーベルからすれば一番避けたい事態だったであろう。


 本来なら王族を連れ出すなどカナタの立場ではできるはずもないが、ここは魔術学院。

 当たり前のことだが、学院では身分を振りかざすことは禁止されている。

 魔術を学び、技術の研鑽を競う場で身分がどうこうなどと持ち出されれば公平性もなにもあったものではない。

 ここではあくまで同じ学年の一生徒。最低限のことを弁えた上での生徒同士の交流に過ぎない。


「あんな噂を流す人に他に心当たりがないのですが……本当ですか?」


 カナタがもう一度問うと、メリーベルはこくこくと凄い速度で頷く。

 特徴的な縦ロールがちぎれんばかりに揺れていた。


「本当よ! わたくしにはもうあなた達と敵対する理由も嫌がらせをする理由だってないわ! 半年前の事件がきっかけでわたくしはメレフィニスお姉さまの派閥からも切り捨てられてるし、後ろ盾もお母様の実家しかないのにこんな危険を冒さないわ!」

「……」

「それにこうして真っ先に疑われるじゃない! 出所がすぐにわかる噂なんて間抜けなことはないでしょう!?」


 確かに、とカナタはメリーベルの意見に納得する。

 それにこの必死さ……わざわざこんなくだらない噂で接触するには割に合わない怯えようだ。

 そして切り捨てられたというのは本当のようで、メリーベルの後ろに立つ護衛兼使用人らしき女性も怯えるメリーベルを庇ったり、気遣ったりする様子もない。

 普段からルイを見ているから違いがよくわかる。ただ仕事で、任務だから仕方なく付き従っているという感じが見え見えだ。


「そうですね、疑って申し訳ありませんでした」

「はぁ……はぁ……わかれば、いいのよ……。あんまり手間を取らせないでちょうだい……」


 メリーベルは今更ながら王族らしい態度をとろうとするも、表情から怯えが消えていない。

 肩を震わせながら内股になっているように見える。カナタが少し睨みでもしたら泣き出してしまいそうだ。


「なら心当たりはありますか? サイドテール先輩が言うには入試の結果で騒がれてたと思ったらいつの間にかそんな噂にすり替わっていたというのですが」

「誰よサイドテール先輩……そんなの知らないわ、少なくともわたくしの一級クラスでそんな噂を話していた様子は無かったけど……」

「そうですか……ありがとうございました」


 カナタは一礼すると黙っていたルイを連れて立ち去ろうとする。


「る、ルミナはどう……してる……?」


 すると意外な事に、メリーベルは引き止めるかのようにカナタの背中に声を掛けた。

 カナタは立ち止まって冷たい視線を送るが、メリーベルはびくびくしながらも返答を待っているように立ったままだ。


「元気にしていますよ」

「そ、そう……」


 メリーベルは何か言いたげだったが、それ以上は何も聞くことなく逃げるようにその場を立ち去っていった。

 その背中を見送とカナタの背後で身構えていたルイがこそっと耳打ちする。


「どうしましょうカナタ様? 私のほうでも調べますか?」

「ううん、ここは大人しく学院の先輩に任せよう。ルミナ様が頼んできてくれてるだろうから」










 三日後、あらぬ噂と聖女からの軽蔑の視線に耐えたカナタは寮の自室にとある人物達を招いた。


「まったくお前と言うやつは……入学して早々注目の的じゃないか! はっはっは! 羨ましいぞ!」

「こんな注目のされ方されたくないですよ……」


 招いたのは学院の三年生であるセルドラとエイダンだった。

 カナタについての噂を聞いた後、ルミナがすぐさま噂についての調査をセルドラに頼み、今日はその報告のために来てくれている。

 カナタとルミナは入学したばかりで学院の事情に疎い……ならば先輩であり、身内でもある二人に頼んだほうがいいとルミナの提案からだった。


「感謝しろよカナタ、セルドラ様自ら調べてくださったんだ」

「野暮を言うなエイダン、カナタのためならばこれくらいはしよう」

「二人共ありがとうございます」

「それにしても、カナタが女たらしとは……そんな器用な男じゃないというのに面白いこともあるものだ」


 セルドラは少し面白そうに笑う。

 カナタのことを知っているからこそ、おかしな噂を少し楽しんでいるようにも見えた。

 面白がるのもそこそこに、セルドラは調べたことをカナタに伝える。


「で、この三日様子聞き込みをしてやったわけだが……噂自体は広まっている。広まり方を見るに上級生の誰かが流したのだとは思うが、あまり信じられている様子はないな」

「そうなんですか?」

「ああ、カナタはルミナの側近だからな。公爵家の人間がわざわざ女たらしの人間を公女の側近になぞせんだろう?」

「あ……」


 言われてみれば当然のことで、公女であるルミナの側近が女たらしでいいわけがない。

 カナタがルミナと一緒に入学してきている時点で噂の信憑性は怪しく、信じている者は少ないということだった。


「流石に噂を流した奴は突き止められなかったが……お前らや俺様達に対して何かを企ててるような様子は見えないな。よくあるやつだろう」

「よくあるんですか?」

「ああ、社交界だとな。根も葉もない噂を流して話題や評価をコントロールしたがる……特にお茶会が戦場である品のわるお嬢様達くそどもがよくやるやり方でな。

実技一位がアンドレイス家の側近であるカナタだったのが気に食わなかったんだろ、今頃お前の評価が下がっていることに優越感を感じているだろうさ」


 そんな事故みたいなことをどうしたら払拭できるのか、カナタは困ったように髪を掻く。

 女たらしだと思われるのは最悪いいとして、これから一緒にいる事が多くなるであろうルミナにまで噂の影響が波及してしまうのがカナタにとっては心苦しかった。

 それにルイやコーレナも、カナタと一緒にいたらあらぬことを囁かれるのでは……?


「つまりまとめると、大した問題じゃないということですよねセルドラ様」


 そんなカナタの不安を払うかのようにエイダンがきっぱりと言い切る。

 セルドラもその通りだと言わんばかりに頷いた。


「エイダンの言う通り、所詮は根も葉もない噂だ。お茶会ならいない者の噂でどこまでも下品に盛り上がれるだろうが……ここは魔術学院、魔術の実力を嫌でも見せ付け合う場所だからな!」

「えっと、どういうことでしょう……?」

「噂など本人次第でいくらでも書き換えられるってことだ。俺には無理だが、お前ならば可能だ」


 カナタが首を傾げると、エイダンが問う。


「カナタ、特級クラスは実技の授業……まだだろ?」

「ええ、まだです……一級と二級の人数が多いので場所が優先とかなんとか……授業が関係あるんでしょうか?」

「関係ある。うちに来たばかりの頃、侮られるな・・・・・って父上に言われなかったか? こんな噂を流すってことはお前を舐めてるやつがいる……お前は一見、大したことなさそうに見えるからな。

このまま噂が広がれば同学年の奴等までお前に舐めた態度をとる可能性がある。そこから公爵家の方々に対しても、なんてことになったらそれこそ側近失格だ。

だから、そうなる前にくだらねえ噂を実力で捻じ伏せろ。根も葉もない女たらしの噂と宮廷魔術師を倒した男の実力……この魔術学院でどっちの影響力がでかいと思う?」


 エイダンはにっと笑ってカナタを指差す。

 それは入学してきた誰よりも弟が強いという確信から来る笑みだった。


「まずは同じクラスの連中に見せつけろカナタ。そうすりゃ、噂の中身なんて一週間も経たずに変わってるさ」

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