89.ようこそラクトラル魔術学院へ

「それでトップ、自分は何で呼び出されたのでしょうか?」

「トップやめろ。学院長って呼べ学院長って」

「ばっはっは! 本当に呼んでくるやつがいるとはな! どちらでもいいぞ、気分がいい!」


 カナタは周囲を観察しようとするが、やはり見えない。

 半円形のテーブルには学院長であるヘルメス以外の教師も座っているのはわかるのだが……どれだけ見ようとしても顔は一切確認できなかった。


「公爵がこいつがやったことにした……なわけにゃいか。工作するにしてもお粗末すぎる」

「ラジェストラがデナイアル倒すの……無理」

「うんうん、全くもって本当に――――の言う通りだねぇ」

「普通に考えたらこいつにも無理だろうが全肯定馬鹿。痩せて出直してから薄くなった腹切って死んどけ」


 姿は見えないが、カナタの耳にヘルメス以外の声は届いている。

 しかし一部聞こえなくなるところもあった。

 これから入学する生徒に対して忌憚のない意見を言うためか、それともカナタから見た教師達のイメージを入学前に損なわないためなのか教師を特定できないようにされているのかもしれない。


「と言う風にじゃな、みなカナタに興味津々じゃ。当然じゃろう、第四域の魔術師を倒した子供が魔術学院に入学してくるなんてあり得んからの。これでわしまで狙われたらたまったもんじゃないわい」

「あれはデナイアルが――」


 カナタはそこで言葉を止める。

 学院長が"失伝刻印者ファトゥムホルダー"を保護してくれるという話をラジェストラから聞いているものの、ルミナについてどこまで喋っていいものか。


「安心するといい。君がわしを狙うなど本気で思っとるわけではないし、ルミナくんが"失伝刻印者ファトゥムホルダー"じゃということはわかっておるよ。今年入学する二人含めて学院には四人の"失伝刻印者ファトゥムホルダー"と二人の"領域外の事象オーバーファイブ"が在籍することとなる」

「そうですか、それはよかったです……」

「デナイアルは少々過激なところがあったからの……野心を抑えきれなくなっても特に不思議には思わんかったよ。

じゃが、それでも聞かねばならんことはある……君は、一体なんじゃ?」


 声色が変わって、挨拶はそこそこに本題だと言われたような気がした。

 先程までの落ち着く声と放出された膨大な魔力からこの上ない警戒心が伝わってくる。

 少なくとも、ヘルメスはカナタを軽んじていないのがよくわかった。

 その圧にカナタの後ろでエイダンが身震いする。

 ヘルメスと同じ席に着く教師陣からも生唾を飲み込む音がした。


魔術滓ラビッシュから術式を読み取って魔術を使う……確かに研究者でもないのにそんなことができるのは珍しいが"領域外の事象オーバーファイブ"とも言い切れぬ。トラウリヒの糞爺くそじじいにも同じことができるからの。

とはいえ、簡単にできることでもない。本来、魔術滓ラビッシュの術式を読み取って魔術にするなど普通の魔術師にはできんことだ……ゆえに問おう。君は何だ? どうやってその技術を会得した?」

「えっと、自分でもよくわからないので判断はそちらにお任せします」

「む? というと?」

「正直、自分が教えてほしいくらいなんですが……」


 こうしてカナタはヘルメスを含めた教師陣に少し設定を交えた話をした。

 傭兵団で戦場漁りをしていたことは外部の人間には言えないので、魔術滓ラビッシュは戦場ではなくダンレスの家で集めていたことにした。

 しかし魔術滓ラビッシュから魔術を読み取れたり、術式を読み取れることに関しては今までの経験を踏まえて本当のことを話す。

 最初から使えたわけではないこと、魔術滓ラビッシュを集めて二年くらいで突然発現したこと、術式を改造して自分用の魔術を作れることなど……。


「はー、なるほど……じゃから『炎精への祈りフランメベーテン』を使えるんじゃな……ありゃダンレスの得意魔術じゃったからのう」

「ダンレスを知ってるんですか?」

「ああ、そりゃここの卒業生じゃからな」


 あまりに嫌なやつだったために、少々朧げな記憶ながらカナタは思い出す。

 そういえばそんな事を言っていたような言っていなかったような、何となく魔術学院のことを口走っていた気がした。 


「カナタ、君にとって魔術滓ラビッシュとはなんだ?」


 あらかた説明したところで他の教師陣が懐疑的な声を零す中、ヘルメスだけは真剣な眼差しでカナタに問う。

 カナタは問われて、戦場漁りをしていた時のことを思い出す。

 戦場で見つけられる綺麗で、唯一自分のものにしても文句の言われないもの。

 いつからか見つけるだけで嬉しくなるようになった魔術滓ラビッシュ……自分にとってそれは一体?


「宝探しのお宝? かな?」

「ぶっ……ばっはっはっはっはっは!!」


 戦場漁りは戦場に転がる金目のものを集める仕事……そんな中、拾っても傭兵団に献上する必要無く、好きなように自分のものに出来る魔術滓ラビッシュはカナタにとってまさに宝そのものだった。

 カナタにとっては真面目な答えなのだが、教師陣の中には失笑する者もいたが……ヘルメスだけは豪快な笑い声をあげる。

 一分ほど笑ったかと思うと息を整えるように深呼吸をして、椅子に座り直した。


「なるほど、デナイアルと魔術を交えられた理由はそこか」

「そ、そこ……?」

「わからんのか。こやつは魔術を会得する前から第四域に到達するに必要な"術式への解釈"を行っていたということじゃ」

「なっ――!?」


 誰かが驚愕の声を上げた。

 カナタは首を傾げた。


「基本的に教えられる魔術というのは第三域まで……第四域からは個々の魔術師の"術式の解釈"によって使い手の思想や信条が混ざり、ほぼオリジナルになってしまう。

"術式の解釈"は第三域と第四域の間にある壁を超えるために必要不可欠だが、抽象的なためにその壁を越えられる者は数少ない……じゃが、驚くべきことにこやつは魔術師としての基盤が整う前に"術式の解釈"を無意識に行ってしまっている。

わしらにとっては魔術滓ラビッシュなんぞ何の価値もないゴミに変わりないが、こやつは術式をと解釈しているがゆえに魔術滓ラビッシュに刻まれた術式の欠片でさえ無意味なものにならんということじゃ。

何と歪な少年か。わしも初めて見る……魔術の常識から外れていたがゆえに魔術の深奥を覗けるようになる子供がいるとはな」

「ということはにゃに!? こいつはもう第四域ってこと!?」

「そうではない。少なくとも、デナイアルと戦える土俵にはいるということじゃ。倒したことについて疑問の余地はある……しかし、戦えたこと・・・・に対する疑問はわしの中では消えた。これ以上の詮索は魔術師のタブーになろう。

デナイアルもまさか自分の不可視の術式が見える子供がいるとは思いもしなかった……そういうことじゃろうな」


 教師達は無言ではあるが、ヘルメスの説明によってカナタを見る目が一瞬にして変わっていた。

 静まり返って、これから自分がどうなるのかとカナタが少し不安に駆られるとヘルメスの前に置かれた羽根ペンがひとりでに動く。魔道具だろう。


「結局"領域外の事象オーバーファイブ"かどうかはわからんが……それでもこやつは特級クラスじゃな。一級や二級に置くわけにはいかんわ」

「特級に入れるんですか!?」

「しょうがないじゃろ……こやつはどう少なく見積もっても第三域相当の実力があるんじゃぞ?

こんなのを一級や二級に入れたら実技の課題が全部こやつに一位をとられて他の者がやる気をなくしてしまうじゃろうが。そういう飛び抜けた才能や実力がある生徒を隔離……ごほん……特別な才能として教育するための特級クラスじゃ。出自はどうあれ入れるしかあるまい」

「それは……そう、ですが……」


 それ以上ヘルメスの判断に文句を言う者はいなかった。

 ヘルメスの前にある羽根ペンが踊るように文字を書き上げると、そのまま紙は燃え上がる。

 すると、ヘルメスはにこっとカナタに笑い掛けた。最初に見た朗らかな笑顔と同じだった。


「ようこそラクトラル魔術学院へ、入学したら改めて……わしらと挨拶することになるじゃろう。入学前の忙しい時期にわざわざ呼び出してしまってすまんかったな」

「えっと、もう、いいってことですか?」

「ああ、君が生徒としてこの学院に通うのを待っておるぞ」

「ほら行くぞ」


 カナタは一礼すると、エイダンに連れられて部屋を出る。

 部屋にはヘルメスと教師陣達が残っていた。

 カナタとエイダンの足音が遠くなり、完全に消えたところでヘルメスが口を開く。


「これで解散とするが……最後にお節介じゃ誉れあるラクトラル魔術学院の教師達よ。この中に宮廷魔術師の空席を狙っている者がおるのなら急いだほうがよいぞ。宮廷魔術師の席は八つ……あの特異な少年が近い将来、一席を奪うことは間違いないじゃろうからな! ばっはっはっはっは!」


 ヘルメスの笑い声に一人は舌打ちして、一人は黙ったまま、一人は興味無さそうに、一人は悔しそうに、一人は興奮しながらその場から去っていった。

 部屋から全員が退出して、残されたヘルメスは立ち上がる。


("術式の解釈"では説明がつかぬ所もあるが、そこまでは言わなくてもよいじゃろう)


 ヘルメスはカナタから聞いた話から立てた自分の仮説が不完全だという自覚があった。

 しかし、現状ではカナタも自分の力についてわかっておらず……これ以上は考えてもカナタからも何も得られないだろうという事を察して自分の仮説でこの場を落ち着かせることにしたのだった。

 そしてもう一つ、ヘルメスが平然としながらも冷や汗を流した点は別にある。

 

「全く……あんまり老人を驚かせてくれるなカナタくん、何故君の瞳に公爵家のがあるのかね?」


 つい独り言を零しながらヘルメスは溶けるようにその場から消えていく。

 まだ自分でも知らない魔術の未知があることを祝福しながら。

 頭を悩ませるのは大人に任せ、学ぶといい子供達――ようこそラクトラル魔術学院へ。

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