85.公爵家の側近
こうして"
宮廷魔術師デナイアルが起こした凶行によって流石にパーティーは中断。
招待客全員を帰した後に王城に今回の一件が伝わった。
パーティーに居合わせた残りのベルナーズ派閥から公爵家へ非難の声が上がったものの、デナイアルが書かせようとした魔術契約書という証拠、そしてアクィラがその証拠に正統性があることを認めたことで沈黙。
そしてメリーベルの立場も一気に厳しいものとなり、第二王女メレフィニス派閥からも切り捨てられることとなる。
メリーベルとデナイアルの繋がりは完全に認められなかったもののデナイアルを
「い、いや! 学院なんて行きたくない! 行きたくないわ! あいつが、あの男がいるのよ!! あの男が……私を殺しにくる!!」
しかしメリーベルは幽閉に近い今回の処罰をむしろ受け入れていて、使用人の話では何かに怯えるように自分から閉じこもっていて見張りすら必要なさそうだという。
メリーベルのこの様子は当然、他の兄弟姉妹にも伝わっており、結果と共に今回の一件の異常性を知らしめることとなる。
後継者争いを有利にするために"
――宮廷魔術師を倒した公爵家の側近候補。
その有り得ない存在の噂は瞬く間に広まり、カナタの全く知らない場所で影響を与えるようになるのであった。
「そうだ、お前はルミナの囮として連れてきた……"
視察と銘打って様々な地域に出向き、そうしてカナタ……お前と出会ったのだ」
「……」
パーティーの一件が片付き、カナタはラジェストラからカナタを引き取った本当の理由を打ち明けられた。
カナタは黙ってラジェストラの懺悔のような話に耳を傾けなければいけないのだが……気になる点が二つほどあった。
「……鼻、どうしたんですか?」
「ああ、気にするな。ロザリンドに殴られただけだ」
「いや、無理です……全然話が入ってきません……。それに父上の鼻もどうしたんですか……?」
「私もラジェストラ様と同じだ。気にしなくていい。当然の罰だ」
「は、はい……」
ラジェストラの鼻の穴には血を吸うための布が詰め込まれていて、後ろに立つシャトランも同じように鼻の穴に詰め物をしていた。そんな状態なので正直カナタは話に集中できていない。
二人とも同じように鼻が晴れていて、ロザリンドが思い切り拳を振り抜いたのがわかる。
この二年、息子同然に教育してきたカナタが囮にするのが目的だったと聞かされればロザリンドとしては納得いかないだろう。ラジェストラもシャトランもそれをわかっていたのか、その拳を大人しく受け入れたようだ。
ラジェストラとシャトランは鼻血が止まっているのを確認し、鼻の詰め物を取ると話を続ける。
「ルミナとお前が通うこととなる魔術学院は宮廷魔術師の第二位にあたる爺さんが学院長を務めている……その爺さんは"
魔術学院にさえ入ればルミナは彼に保護される……それまで盾になってくれる者がを俺は探していた」
「自分がルミナ様のエスコート相手として選ばれたのもそういうことですね」
「そうだ、そこらの輩であれば俺やシャトランラでどうとでもなるが、狙ってくるのは王族な上に公爵家が王族と接触しないなんてのは無理な話だ。
だから、王族が目を付けられるような代わりが必要だった。稀有な力を持ち、注目を浴びながらも自然とルミナの傍に立てる側近が。カナタが公爵家の養子ではなく側近の一族であるシャトランの家……ディーラスコ家の養子となったのもそういう理由だ」
ラジェストラにそんな話をされてもカナタはあまり驚かなかった。
すでにデナイアルにそういった話をされていたからというのもあったが、自分の中で色々と腑に落ちたというのが大きいかもしれない。
カナタは前夜祭の場で、貴族達が表向きは笑顔の仮面を作って臨む姿を見た。表があれば裏もある。貴族が集う場は探り合いの戦場だ。
ならばラジェストラやシャトランにもそういった裏の顔があって当然と言えるだろう。
「えっと、話して大丈夫なんですか? 話さないほうが楽だったんじゃ?」
「ああ、そうなんだがな……」
「……ラジェストラ様からの提案でな、ルミナ様の恩人に何も話さないのはフェアではないと魔術契約を解消した」
「シャトラン……言わなくていい」
「え?」
ラジェストラはばつが悪そうにカナタから目を逸らす。
「悪かった……お前はルミナが消えた時も真剣だったというのに、俺はお前の話を聞こうとしなかった。俺の都合でお前をルミナ達に近付けておきながら、お前の話を聞こうとしなかったのは奥底でお前を駒として扱っていたからだ。
俺はそういう人間だ。貴族には向いていても善良な人間には向いていない。だが今回ばかりは、自分に都合良く片付けるにはお前の存在がでかすぎる。打算ばかりの俺ではルミナを守れなかった、打算なくルミナのところに走ったお前でなければ今回の一件は無事に終わらなかった」
そう言いながら、ラジェストラはカナタに向かって頭を下げる。
シャトランはぎょっとした顔をしていたが、シャトランもまたまたその場でカナタに対して跪いた。
「こんな目的でお前を連れてきた俺達を信じる必要はない……しかし、この言葉だけは信じてくれ。ありがとうカナタ、ルミナを守ってくれて本当にありがとう。貴族ではなく親として、お前に最大の感謝を示す」
「私からもだカナタ。父と呼ばれる資格はなくとも一人の人間として敬意を表させてくれ」
ラジェストラとシャトランの二人に頭を下げられてカナタは視線を泳がせる。
居たたまれないという気持ちが体に出ていて、カナタは体をそわそわさせながら言葉を探す。
「いや、その……友達を守るのは当然というか……その……」
流石のカナタも二人が揃ってこのように謝意を伝えてくるのは異例だとわかったのか返す言葉がうまく出てこない。
何を言おうかやっと思い付いて、カナタは口を開く。
「こちらこそ、ルミナ様達と出会わせてくれてありがとうございます……?」
カナタがそう言うとラジェストラもシャトランも頭を上げる。
利用されたことを責めるのではなく、自分が得たもののきっかけだと捉えるカナタの謙虚な姿に二人の肩の力は抜けてしまった。
「ははは、これが我等の英雄だシャトラン。我々が利用するには少し大物過ぎたな」
「どうやらそのようですな、我々にはカナタの支援が精一杯のようです」
「ああ、むしろ俺達が利用されるくらいが丁度いい」
「……?」
ラジェストラとシャトランの密かな決意など知らず、カナタは首を傾げる。
もうこの家でカナタを駒などと思う者は誰もいない。
「カナタ、何か礼と詫びをさせてくれ。叶えられる範囲ならば公爵家の力をもって叶えよう。何かないか。俺の自己満足ではあるが、何かさせてくれ。受け取ってもらわなければ俺が困る」
「お礼ですか……? えっと、魔術学院に通わせてもらえるだけで十分なんですが……」
「それは側近への手当として当たり前のことだ。他にしろ他に」
カナタは少し考えて、とある事を思い付く。
「あ、それでしたら一つ……教えてほしいことがあります」
「おお、なんだ! 言ってみろ!」
カナタが願いをラジェストラに言ってみると、
「そんなの礼になるか! ただの道案内ではないか! もっと金とか地位とか求めろ!!」
と怒られてしまうのであった。
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