84.折られるプライド

「全く、いつまで安全とやらのためにこんな所にいなきゃならないのかしら……ねぇ? アクィラ?」

「仕方ないよ姉さん……急に何かが光ったんだもん、何かあったんだよ……」

「はいアクィラ、お姉様の口にクッキーを運ぶ役割をあげてもいいわよ」

「自分でとってよ……もう……」


 舞踏会の会場である小宮殿の広間から離れた談話室……王族であるメリーベルとはアクィラは避難のためにと案内された。二人の護衛であるデナイアルがいない状態なので当然といえば当然だろう。

 メリーベルは機嫌がよさそうにアクィラを召使いのようなことをさせながらソファにだらっと体を預けている。

 部屋を固める騎士や使用人の目などどうでもいい。

 今頃は、デナイアルがルミナに魔術契約書を書かせていることだろう。さっき広間の窓にまで届いた謎の光も、メリーベルは全てが終わってデナイアルがこちらに戻ってきた影響だと思い込んでいた。


「はぁい、どうぞー」


 そんなくつろぎモードな王女様の耳にノックの音が届く。

 メリーベルがそのノックに応えると、使用人が扉を開いた。

 デナイアルが自分の魔術の中から帰ってきたのだろう、とにやにやしているとメリーベルの予想に反して入ってきたのはラジェストラとシャトラン、そして――


「っ――!?」


 応急処置として包帯をあちこちに巻いていたカナタと、そんなボロボロのカナタに肩を貸すルミナだった。

 入ってきた二人は何を言うでもなくメリーベルを静かに見つめている。

 メリーベルは、デナイアルはどうしたの、と口にしそうになるのを自分の手で口を塞いで何とか抑えた。

 デナイアルが閉じ込めたはずのルミナがデナイアルと一緒にいないことに混乱しながらも、決定的な繋がりは何としてでも作らないようにと最低限の保身を貫く。


「メリーベル様とアクィラ様に残念なお知らせがあります」

「な、なに、かしら……?」

「なんでしょう……」


 メリーベルとアクィラ、二人の反応を観察しながらラジェストラは口を開く。


「誠に残念ではありますが、お二方の護衛である宮廷魔術師、デナイアル・アリシーズがルミナを魔術によって誘拐し、強制的に婚姻を結ぼうとしていたことがわかりました。

うちの側近候補であるカナタがデナイアルを見つけて食い止めなければ恐ろしい事になっていたでしょう。今回公爵家で起きた騒動はおどうやらお二方が連れてきた護衛の仕業のようです」

「えっと……? デナイアルさんはどうなったのですか……?」


 ボロを出さないようにと口を押さえているメリーベルの代わりにアクィラが問うと、ラジェストラは隣のカナタを顎で示す。


「……そこのカナタが討伐しました。遺体はこちらで補完しています」

「はぁっ!?」

「そ、そんな馬鹿な!?」


 驚愕の声と共に二人の視線はカナタへと。

 この事実に対してはメリーベルよりもアクィラのほうが驚愕を露わにしていた。

 無理もない。メリーベルが連れてきたのは国に八人しかいない宮廷魔術師その一人。

 王族権限で命令こそ下せるものの、実際には利害が一致した時にしか動かないことを許されてしまう者もいる。一人一人が各魔術分野のエキスパートであり、存在そのものが他国への抑止となる。

 その中の一人を、まさか自分達と変わらない子供が倒したという事実は宮廷魔術師の実情をよく知る王族だからこそ信じられなかった。


「先程の光はデナイアルが作り出した空間をカナタが破壊した時のものです。二人の熾烈な戦いは休憩室は完全に崩壊させてしまうほどで……流石に生きたまま確保するのは無理だったようです」

「しょ、証拠は……? デナイアルが、そんな、ルミナにふらちな要求をしたっていう、証拠は……?」


 メリーベルが苦し紛れにそう言うと、ラジェストラは一枚の紙を二人に向けて見せる。


「ルミナが書かされそうになった魔術契約書です。デナイアルの署名があります」

「――っ!」


 そこに書かれているのは対等な関係を結ぼうとするには有り得ない項目の数々。

 一番下にはデナイアルの署名もあって決定的な証拠だった。

 これで、デナイアルの命を奪ったことに対して公爵家を糾弾するのは難しい。魔術契約書の内容というのはそれだけ重視されるのだ。


「まさか、この短時間で我々が捏造したなどとは言わないでしょうな?」

「……この度は私共の不手際で公爵家に迷惑をかけてしまい、申し訳ありません」

「あんたなにを……!?」


 アクィラは立ち上がり、ラジェストラに向かって……正確にはカナタとルミナに向けて頭を下げた。

 王族が頭を下げるなど本来あってはならないため、メリーベルも動揺する。


「我が国に多大な国益をもたらす公爵家に対して、いかに宮廷魔術師といえどこのような事態を許す道理はありません。私アクィラ・スカルタ・ノーヴァヤが今回の一件の証人となり、お父様……国王様に直接ご報告致します」

「アク……ィラ……!!」


 姉の味方ではなく、公爵家の味方をすることを選んだアクィラにメリーベルはぎりっと歯を鳴らす。

 決定的な証拠が公爵家側に渡ってしまっている以上、アクィラは懸命な判断をしたと言える。

 何よりこれは敵対ではない。むしろデナイアルの非を完全に認めることで、王族である自分達をこれ以上追究しないようにさせるためのアピールだ。

 まだデナイアルが負けたという事実を受け入れきれない頭で、それくらいは理解できる。

 だがそんな理屈とは関係なく、屈辱的な結果にメリーベルは肩を震わせた。

 先程までにやにやとしていた余裕たっぷりの姿はもうない。


「……ただの招待客としてデナイアルをここに来させれば、僕達の非を認める必要もなかったのにね」

「あん、た……!」

「無様だね、姉さん」


 小声でアクィラにそう言われて、メリーベルは血が沸騰したかと思うほどに怒りで全身が熱くなる。

 ただでさえ恥辱に塗れたプライドを傷付けられて今にもアクィラを八つ裂きに思想だったが、周囲の目がある中そんなことをすれば終わりだ。

 メリーベルが唇を噛んで血を流す中、カナタは口を開いた。


「……メリーベル様は、自分達と同じ歳でしたね」

「はぁ!? だから何――」


 怒りを露わにしながらカナタのほうに首を振って、メリーベルの声が止まる。

 カナタの目は初対面の時とは違ってあまりに鋭く、射殺すような視線がメリーベルを貫いた。

 カナタの視線を受けて、さぁっ、と全身の血が冷めていく。


「なら、魔術学院も自分と一緒になるでしょう」

「だ、だから……何って……」

「王族の方ともなれば色々大変でしょうし、何かから解放されたいこともあるでしょうが……気を緩めないようお気を付け下さい」

「何、が……言いたいのよ!?」


 メリーベルはギリギリのところでプライドを保って声を振り絞る。

 必死なメリーベルとは裏腹に、カナタは淡々と言葉を続けた。


「ええ……学院では、一人にならないことをおすすめします。今日のルミナ様のように、どこかに攫われてしまうかもしれませんから」

「ひっ……やっ……!」


 王族としての尊大にとか王族としてのプライドだとか、そんなものはカナタの脅しがとどめとなって砕け散った。

 初対面の時に言われたなら鼻で笑って嫌味の一つでも言えただろう。

 しかし、今は違う。

 目の前にいるのはデナイアルを殺した――宮廷魔術師を倒した人間なのだ。

 その言葉の説得力は今ではメリーベルが一番よくわかっている。

 あまりに現実味を帯びてしまった言葉に体が凍る錯覚すら覚えた。


「うっ……っ……。ひっ……!」


 こわい。こわい。こわい。

 メリーベルはカナタへの恐怖で歯を震わせて、言葉にならない声が漏れる。

 今まで見せた余裕たっぷりの態度とは打って変わって、メリーベルはカナタを直視できぬまま俯いてしまった。

 そんなメリーベルの様子を見ながら、アクィラは頭を上げる。


「まさか、本当にあなたが公爵家の切り札だったとは……やっぱり僕の予想は当たらない」

「……?」

「姉さんは疲れているようです、姉さんには僕から話しておきますので……話はまた明日にできないでしょうか」


 アクィラの提案に、ルミナとカナタの様子を見ながらラジェストラは頷いた。

 王族の二人が今回の件に関わっているという物証はない。デナイアルの件を認めさせただけでもアンドレイス家としては十分……なにより、もうメリーベルが何かを企む余裕がないのは手に取るようにわかった。


「これは気が利かず申し訳ございません。舞踏会の後ということもあってお疲れでしょう、また日を改めてお話出来ればと思います」

「はい、姉さんもそのほうがいいでしょうから」

「それでは、パーティーも終わりとなりますが……失礼致します。お帰りになるまで、引き続き公爵家が世話させて頂きますよ」


 そう言い残してラジェストラはカナタとルミナを連れて談話室を後にする。

 結局、全員が出ていくまでメリーベルは一言も話さぬまま俯き続けていた。

 カナタ達が出ていくのを確認して、ようやくその口を開く。


「ふ、ふん……王族である、わたくしに、あんな……あんな……」


 振りかざそうとする尊厳にいつものキレは無い。

 カナタ達が出て行ってもカナタへの恐怖心は拭えず、扉のほうをちらちらと見ている。


「ま、まぁ、でも……今回は、勘弁……してあげる……」


 小声でそんな負け惜しみと保険を兼ねた呟きをして、メリーベルは座った。

 先程までのように全てを舐めたような態度ではなく、震えながら背筋を伸ばす。

 やがて談話室に小さな水音が響き、談話室には妙な匂いが漂った。

 誰も、そんなメリーベルの粗相を指摘することはなく……メリーベルとアクィラが去った後にその跡は淡々と片付けられた。

 一緒に零れ出たメリーベル自身のプライドと共に。

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