83.魔術漁り

「ぅ……ぁ……」


 どれだけの時間が経ったのかわからぬままデナイアルは目を覚ます。

 目を開けると広がるのは広大な星の天蓋。

 一瞬、今起きた事は幻覚なのかと思い掛けるが……動かない体と自分が休憩室の壁の残骸に横たわっているのを確認して幻ではなかったことを理解する。


 ――自分は敗北した。


 その事実が全身に走る激痛よりもデナイアルの根底にあるプライドを抉る。

 ルミナを閉じ込めた空間は完膚なきまでにに術式を破壊され、切り札さえも塵芥。

 体は動かず、魔力も空っぽ。デナイアル自身が思い描いている宮廷魔術師とは思えない無様さだ。

 デナイアルの目的は完全に阻まれた。突然、公爵家に現れた一人の少年の手によって。


(あの子供は一体……)


 公爵家の人間だけだったなら、ディーラスコ家の人間だけだったなら。

 そんな負け惜しみすら湧かず、デナイアルは魔術師らしくカナタの正体について思考する。

 自分の空間である術式を見つけ出して侵入し、さらには公爵家の失伝魔術をものの数分で発動させた正体不明アンノウン

 魔術滓ラビッシュから術式を読み取るだけでは説明がつかない。

 まさか、本当に彼は領域外の事象オーバーファイブなのか。

 魔術の術式を読み取ることに特化した何か……だがそれでは説明がつかない点がいくつかある。



「言ったよな、許さないって」

「ひっ――!」



 深く潜るような思考の海から、デナイアルは意識を引きずり出された。

 現れた声の主――カナタは歪な形の左腕をぶら下げて、血に塗れたままデナイアルの前に姿を現した。

 恐怖で怯えるデナイアルを誰が笑えよう。

 動けない体と空っぽな魔力のまま、絶対の自信を持つ自分の魔術を破った怪物が現れれば恐れるのも無理はない。


「ぁ……あ……」

「本当に参ったよ、俺だけじゃどうやっても勝てなかった。俺とあんたの勝負はあんたの勝ちさ。これが決闘だったら勝てなかった」


 カナタはデナイアルを賞賛しながら何かを右手で拾う。

 それは様々な色をした魔術滓ラビッシュだった。

 赤に黒、青に透明……カナタは奪われたものを取り返すようにデナイアルの周囲に散らばった魔術滓ラビッシュを一つまた一つと拾っていく。ついでに、自分が投げた短剣も拾っていた。


 遠くからはここで起きた轟音を聞いて駆けつけようとする人々の声が聞こえてきた。

 周りを見れば休憩室だった場所は床を除いて天井も壁も破壊されて、もはや建物の中とは言えない場所となっている。

 戦争でも起きたのかと思うほどの惨状の中、夜の冷たい風がカナタとデナイアルを撫でた。


「でも、これは決闘じゃなく戦いであの場所は戦場だった。戦場は強い奴じゃなくて生き残った奴の勝ちだ。俺達が、生き残った」

「な、にが……言いたい……」

「感謝してる。宮廷魔術師がどれほどなのか身をもって実感できた……俺は、遠い彼方にいる人達にその名が届くくらいの男にならなきゃいけないから。宮廷魔術師くらいにならないと、みんなに俺の名前が届かない。まずは、あんたを糧にするよ」


 カナタはそう言って、動けないデナイアルに右手の魔術滓ラビッシュを見せた。

 そこに混じっているのは透明な魔術滓ラビッシュ

 他の者には見えないはずの、デナイアルの術式の欠片をカナタはしっかりと拾っていた。

 デナイアルはそこでカナタの行動の意味をようやく理解する。

 この子供は、自分を本当の意味で敗北させるつもりなのだと。

 カナタはデナイアルとの戦いの中で、彼のプライドを完全に見透かしていた。


「あんたほどの力があるなら、誰かから奪うなんてしなくてよかったはずだ」

「い、いやだ……や、めろ……!」

「言ったはずだ、許さないって。あんたにはきっちり負けてもらう」

「やめ、て……!」

「駄目だ。そう言われても、あんたはきっとルミナを解放しなかっただろ」


 魔術滓ラビッシュを自分のものであるかのようにカナタは握り締める。

 今のデナイアルにはもう絶対の自信など無く、その表情にあるのは悲愴だけ。自分の魔術が全て破られた時よりも絶望に染まっていた。


「や、めろ……! 私の、わたしの、魔術だ……! 私の、名前が……残る……」

「残るさ、魔術師の犯罪者として」

「違う……魔術師の、この国唯一の、無属性……として……! この時代に――!」

「いいや。これから唯一じゃない」


 デナイアルが恐れるのは自分自身の魔術が自分のものではなくなること。

 魔術師としてのプライド、絶対なる自信が詰まっている自身の希少属性――無属性の魔術師として未来永劫この国の記録に残るはずだったが、カナタの力を見てそうでなくなる未来が容易に想像できてしまう。

 他者の術式を消すデナイアルの切り札は、デナイアル自身が最も恐れる力の具現だった。 

 カナタは魔術滓ラビッシュをポケットにしまって、一緒に拾った自分の短剣をデナイアルの首に当てる。

 自分がいなくなった後の未来に絶望して、デナイアルは涙を流す。


「今日から俺のだ。戦場を知らないのかい宮廷魔術師。戦場じゃあ武器も鎧もお宝も……命だって、拾った・・・やつのものなんだぜ」

「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 夜風を裂くような絶叫が響き渡って、鮮血が散る。

 その死に顔は安らかとは程遠く、デナイアルは後悔しながらその命を散らす。

 ……これが宮廷魔術師の序列七位、第四域の魔術師その結末。

 意識が途絶えるその間際、自分を見下ろす少年を見て思う。

 自分の思い描く筋書きシナリオにミスはきっとなかった。

 だが、そんな筋書きシナリオを殴り書きで変えてしまう怪物ジョーカーに自分は出会ってしまった。

 不運だった……いや、出会った瞬間から必然となってしまったこの結末を呪いながら、デナイアルの意識は深淵に落ちていく。

 その呪いは決して、誰にも届くことはない。


「はぁ……。はぁ……」


 カナタの吐息と、からんからん、と短剣を落とした音が響く。

 自分達を脅かす脅威が消えて、猛獣のような苛烈さはその表情から消えていた。


「こ、これは一体!?」

「ルミナ!! カナタ!?」


 休憩室の崩壊に駆け付けてきた騎士団、そしてシャトランに続いてラジェストラ。

 その後ろにはルイやコーレラもいて、休憩室がこんな有様で床が抜けそうでなければ今にも駆け寄りたそうにしている。

 先程まで一切の音すらなかった休憩室の崩壊、消えていたルミナの眠る姿とデナイアルの死体……そして滅茶苦茶になった左腕をぶら下げるカナタの姿に休憩室に駆け付けた面子は全員呆然としていた。


「はぁ……はぁ……。終わっ……た……」

「カナタ様!!」


 ふらつく体の中で見えるのは涙目で駆け寄ってくるルイの姿、そしてルミナがラジェストラに保護される様子。

 魔力も体力も、何もかも出し切った少年はルミナのほうを見る。

 そこにはカナタが傍にいると思っているからか、だらしないほどに安らかなルミナの寝顔があった。


「はは……よかったぁ……」


 自分が救えたものを確認して、カナタは先程とは別人のようなあどけない笑顔を浮かべる。

 それは今日まで出会ってきた人達の声に応えられた安堵の表情でもあって、ルイに体を支えられながらもその二本足でカナタは確かに立っていた。

 ――この道を歩むと選んだその足で。



―――――


いつもお読み頂きありがとうございます。

これにて決着となります。これからは第三部のエピローグに向けての更新となります。

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