78.背中から生える片鱗

「"選択セレクト"」

「加筆詠唱……?」


 カナタは怒りを抱きながら、冷静に魔力をコントロールする。

 決してデナイアルを舐めているわけではない。

 頭に浮かび上がる魔術の名前から、牽制になるであろう攻撃魔術を選択する。


「『旋風の刃トゥルビヨン』!」


 選んだのは第二域の攻撃魔術。

 風が吹き、風の刃は草原を切り裂きながらデナイアルへと向かう。

 速度は充分、威力は生身で受け切るのは難しい程度。

 まずはデナイアルに魔術を出させなければ話にならない。


「ご所望通りに……『虚無よここにカヴォスヴェーラ』」


 カナタの意図に応えるように、デナイアルは魔術を唱える。

 デナイアルの周囲に現れる無色透明の球体。

 泡よりも滑らかに、魂のように浮かぶその球体が風の刃を受け止めて……そのまま消滅させた。


「何だこれは……!?」

「魔術師見習いの諸君……無属性魔術を見るのは初めてかな?」


 デナイアルは腰から宝石があしらわれた杖を抜き、指揮者のように構えた。

 球体はデナイアルの動きに合わせるように動き、揺れて、幻想的に。

 その球体は水でも氷でも、ましてや風でも光でもない。魔力そのものにすら見えた。


「無……? 無いことが、属性……?」

「そうとも。数ある魔力属性の中で最も純粋で美しく……私に相応しい」

「知るか」

「『醜悪なる痕跡ブルットヴェーラ』」


 デナイアルの周囲に浮かぶ球体から魔力が放たれる。

 カナタはその魔力の起こりだけを見て、咄嗟に体を横に逸らした。


「ぐっ……!?」

「食いつくしなさい」


 空間が歪み……次の瞬間、カナタの肩が少しえぐられる。

 体を逸らしてなければ顔の皮膚が食い千切られたか。

 魔力反応と攻撃される部分の空間が歪むのを見ただけで躱さなければいけない凶悪さ。

 デナイアルはカナタに休む暇を与えないように杖を振る。灯る魔力は今の魔術が一撃だけではない事を示していた。

 デナイアルの周囲に浮く球体は十個……残りの九回の攻撃が来る事を覚悟してカナタは上着を脱ぎ捨てた。


「くっ――!」

「踊り切れるかな? 舞踏会の続きですよ」

「曲がないだろうが!!」


 ほとんど見えない攻撃をカナタは横に走り、時に速度に緩急をつけて草原を駆ける。

 かしゅ、と今いた空間が抉られる音が後ろから聞こえてきた。

 今度は足下に、次は喉元に。

 魔力に反応を感じ取ってカナタはギリギリの所で全てを躱す。

 ほとんど不可視の攻撃など絶望してもおかしくないが、戦場漁り時代に培った体力と精神力がカナタを支える。

 次々とカナタの周囲の空間が抉られて、掠ったカナタから血が舞った。


「ふむ、では『残虐なる驟雨クルッデアーゴ』」

「……?」


 しん、と魔力の起こりが突然止む。

 先の魔術が終わっただけか、それとも次の魔術の前兆か。

 前者だと楽観的に振舞う余裕はカナタにはない。


「――『水球ポーロ』!」

「おや、考えましたね」


 カナタは自分の前に巨大な水球を繰り出す。

 次の瞬間、デナイアルのほうから魔力の波が押し寄せるのを感じ取った。

 目の前の水球に雨が降るように、不可視の攻撃が数回……いや数十!

 いくらカナタが唱えたものが巨大でも第一域に過ぎない『水球ポーロ』は瞬く間に破壊される……が、カナタはそのまま腕を前に出して魔術を受ける。

 両腕には突き刺さるような痛みが走り、細かな傷と流れ出る血。

 デナイアルの魔術を受けた水球の形状の変化、そして腕に突き刺さる痛み。

 その二つをもってカナタはデナイアルの魔術の正体を看破した。


「うっ……! 針……か……!」

「そう、この魔術はただの見えない針の連続……。第二域相当の攻撃魔術……しかし、見えないというだけで厄介なものでしょう?」


 宮廷魔術師の中でもデナイアルしか使えない希少属性――それが無属性魔術。

 その属性は希少であるがゆえに研究されやすいはずが……魔術の詳細はほぼ不可視、そして術式はデナイアルの"現実の余白"という解釈によって他者に見えない。

 デナイアルが若くして宮廷魔術師となったのは希少属性と完璧な相性の魔術師であった事、そして第四域に至った際に完成した第四域らしからぬ隠匿性。

 卓越した技量の上に辿り着いた他者に観測されない魔術という無法さが彼を第七位に座らせる。


「見えないのに確かにある。それは術式を構築しなければ現れない魔術を眺める我々魔術師の本質を表すようでしょう? この無属性こそが魔術の深奥を除く鍵。私を頂点へと連れて行ってくれる属性、私だけの魔術」


 得意気に、自分の魔術を誇るデナイアル。

 この男にはそれだけの技量がある。希少な属性の道を拓いた自負がある。

 自惚れなどではなく操る魔術こそが絶対の自信。自分こそが魔術の深奥に至るに相応しいと、この空間とカナタを襲う魔術が証明しているのだと。


「何を、べらべら得意気に……! 二回とも受けてわかったよ……ようは見えない以外は普通の魔術と同じって事だろう?」


 ……だからこそ、デナイアルにとって自分の術式が観測されるというのはあまりに異常事態。

 ここにカナタがいる事そのものがデナイアルにとっての問題だった。

 魔術滓ラビッシュから術式を読み取れるのはわかった。それが魔術師にとって厄介である事も。

 だからといって、この空間に普通現れる事ができるだろうか。


「『炎精への祈りフランメベーテン』」

「第三域……」


 唱えて、カナタを中心に燃え上がる炎が噴き出す。

 デナイアルは自分がカナタに振らせた見えない針が全て燃え尽きるのを感じ取った。

 カナタに放った魔術は第二域。第三域の攻撃魔術である『炎精への祈りフランメベーテン』に破壊力は敵わない。


「やっぱりな、普通に相殺できる。見えない以外は普通の魔術と同じってわけだ……特別なのはこの空間だけかい宮廷魔術師」

「今の応酬を見て普通とは……貧弱な感性ですね。この偉大さはやはりわかりませんか」

「はは、あんたと違って生まれが高貴じゃないもんでね」


 腕から流れ出る血が服を染める。それでもカナタは笑っていた。

 その黒い瞳がぎらりと獰猛にデナイアルに向けられる。


「それでも、できる事はある。地べたを這って見つけた宝で、あんたと戦うくらいは」


 デナイアルもわかっている。この少年も自分同様、普通ではない。それも自分とは違う方向で。この空間に割って入れる人間が普通であるわけがない。

 目が違う。空気が変わった。その魔力さえも――。


「『虚ろならざる魔腕うつろならざるかいな』」


 唱えて、カナタは自身の片鱗を見せつける。

 デナイアルの知らない魔術が、カナタの背中から生えてきた。


「これは……?」

「こっからが本番だ」

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