73.舞踏会はあなたに手を
こうして、パーティーの日は訪れた。
パーティーはアンドレイス家が保有する娯楽用の小宮殿で行われる。
会場である大広間は招待客全員が入場しても有り余る広さなため、着飾った騎士達が紛れ込んでいても狭い印象は全く感じない。
公爵家らしい豪華絢爛な装飾、呼び寄せられた由緒ある楽団の音色、中央では舞踏会らしくすでに貴族達が踊り、端では令嬢が品定めをし、カードゲームなどを楽しむためにテーブルについている若者もいる。
主に領内の貴族を招待したパーティーというのもあって、公爵家主催のパーティーにしては格式はあれどとても気楽な雰囲気で時が進んでいた。
「おい、ほんとにカナタ大丈夫なんだろうな!?」
そんな会場の裏で入場のタイミングを計っているアンドレイス家が集まる部屋に、まだカナタは現れていなかった。
「昨日は自由にしていいと言ったら一日部屋に籠っていて何をしていたかもわからんし……!」
「いや、自分に言われても……!」
「カナタ様、最近変だったし……どうしたのかな……」
「ええ、心ここに在らずという様子でしたね……」
ラジェストラは難しい顔で黙っており、セルドラはエイダンに問い詰め、ルミナとロノスティコは心配そうに座っている。
シャトランとロザリンドも同席しているが、カナタがどこに行ったかはわからないようだった。
どうしたのかと全員が思う中、扉を開く。
「あらあら、待たせてしまったみたいね」
「お待たせしました」
「カナタ……とお母様!?」
現れたのはフロンティーヌとをエスコートするカナタの二人だった。
後ろにはフロンティーヌの世話係が二人、そしてカナタの世話係であるルイがついている。
「ふ、フロンティーヌ……どうしたというのだ!?」
「ここに来るまであなたの前にカナタにエスコートして貰おうと思って……ありがとうカナタ」
「こちらこそ光栄な御役目をありがとうございます」
「まぁ、お上手。ルミナったらいい子にエスコートして貰えて羨ましいわ」
ほとんど会った事があるはずのないフロンティーヌがカナタと仲が良さそうな様子に、ラジェストラやセルドラ達は驚いたように表情が固まっていた。
カナタはラジェストラの前まで来るとフロンティーヌから手を離す。
「ロザリンド、元気だった?」
「フロンティーヌ夫人こそ、お元気そうでなによりです」
「ええ、今日は体の調子もいいの。シャトラン様もごきげんよう」
「今日は顔色もよろしいようで」
「フロンティーヌ……いつカナタと……?」
フロンティーヌが合流してラジェストラが話す中、カナタもセルドラ達に囲まれる。
「カナタ、お母様といつ……?」
「狩猟大会の時のお礼をわざわざ言うためにお会いしてくれまして……」
「なるほど……一昨日の午後、姿が見えませんでしたもんね……」
「カナタったらお母様となんて羨ましいです……」
「申し訳ありませんルミナ様」
セルドラ達に囲まれながら、カナタは手をルミナのほうへと差し出す。
今日のカナタの装いはシャツにパンツ、そして貴族が着るような刺繍の多いジュストコール。宝石が散りばめられた白いドレスで着飾っているルミナと釣り合うとは言えないが、充分隣に立てる服装だ。
「今日のドレスも素敵ですルミナ様。改めてエスコートさせて下さいますか?」
「……はい、喜んで」
ルミナは頬を少し赤らめながらカナタの手を取る。
道中フロンティーヌに貰ったアドバイス通り、ルミナが嬉しそうにしているのを見てカナタはほっとする。
何も言われずとも女性の装いを自然に褒められるようになるのは、カナタにとってまだまだ先である。
「きゃー! ルミナってば可愛い! 素敵ー!」
「ありがとうございますメリーベル様。メリーベル様も相変わらず素敵です」
「まぁねえん!」
アンドレイス家が会場に姿を現し、ラジェストラの短い挨拶が終わるとちょこちょことメリーベルが駆け寄ってきた。
ラジェストラの挨拶で会場が少し引き締まったものの、そう簡単にパーティーを楽しむ空気は変えられない。
領主の挨拶という最後の堅苦しさがなくなって、今やこの場は楽団の奏でる落ち着いた音色と貴族達が持つ自分なりの品格だけが手綱を握っている。
「ねえねえ! 私と踊りましょ! 可愛いルミナを一人占めにしたいわ!」
「女性同士ですが……」
「そんなものわたくしがリードしてあげる!」
「わかりました、カナタ行ってきますね」
「はい」
メリーベルに連れられて大広間の中央へと出ていくルミナをカナタは笑顔で見送る。
とはいえ今はカナタがパートナーである事には変わりない。カナタはルミナから目を離さなかった。
女性同士で踊っているのはルミナとメリーベルだけ。慣習に捉われない自由奔放さは王族らしいのからしくないのか。
間違いないのは、リードしてあげると言うだけあってカナタより断然ダンスが上手い事だろう。
「ははは、パートナーを奪われたのか?」
「ウォロー殿」
「おっと、ダンスを誘いに来たわけではないからな。同性以前に君となんてごめんだ、足を何度踏みたくなるかわからない」
一人となっていたカナタに話しかけてきたのはブリーナの息子で狩猟大会の時にも話をしたウォローだった。
ウォローはジュースが入ったグラスをカナタに手渡すと、隣に立つ。
「前夜祭の時にも思ったが、ルミナ公女のパートナーとして出てきたのは驚いた……君、見られているぞ」
「はい、単純に側近候補の仕事してパートナーになっているだけなんですけどね」
「それでも、ほとんど表舞台に出てこなかった公女のパートナーは注目せざるを得ないものだ。このパーティーが終わっても君はきっと注目されるだろう……側近候補なら魔術学院にも行くはずだ、そうなったら大人の目も少なくなるから色々と面倒ごとになるはずだ。精々気を付けるんだな」
ウォローの言う通り、カナタは会場に姿を現してからずっと見られている。
その視線の数は警戒、興味、それとも敵意かはたまた別の何かか。混ぜこぜになっていてどんな風に見られているのかカナタにはわからなかった。
「ご忠告ありがとうございますウォロー殿」
「ふん……ただの嫌味さ」
自分のグラスの酒を飲み干してそう言い残すと、ウォローは自分のパートナーの元へと戻っていった。
どうやら、これから貴族社会で過ごす際、カナタがやりにくくなると言うことを教えにきてくれただけのようだった。母の仇に悪態をつきながらも忠告してくれる不器用な人柄にカナタはつい笑みが零れる。
「カナタ、少し聞け」
「兄上」
ウォローが去った後、話し掛ける気を見ていたのかすぐにエイダンが声を掛けてきた。
エイダンの後ろにはパートナーであるセーユイを連れている。
セーユイは普段の使用人の制服とは違い、煌びやかな紺のドレスを纏っていて大人の女性の知的的な印象を感じさせる。まるで別人のような美しさでちらちらとセーユイを見ている者もいた。
「セルドラ様、ルミナ様、ロノスティコ様には全員ラジェストラ様と父上の防御魔術と精神干渉に対する対抗魔術をかけられている。どれも第三域のものだが、二重に重ねているのもあって第四域だろうと一撃は耐えてくれるそうだ。
「もしそうなれば、その防御魔術が壊される前に……という事ですね」
「ああ、そうだ。躊躇う必要はない。妙な動きをしたら騎士団も俺達も動く。責任はラジェストラ様がとるそうだ。御三方の無事が最優先だと仰ってる」
そう伝えてエイダンは会場にいるあの男……デナイアルのほうをちらりと見る。
「おやおや、お嬢さん達……駄目ですよ、今の私はメリーベル様とアクィラ様の護衛……。一人一人お相手するわけにはいきません」
「ひ、ひぃ……」
デナイアルはアクィラと共に会場の隅の方で若い令嬢に囲まれていた。
一応、護衛の仕事らしき事をするためかアクィラを背中に隠してあげている。
未婚で若く将来有望な宮廷魔術師なので、人気になるのは必然か。本人も満更ではないような余裕があった。
「ちっ……。あの顔だからか女にもモテやがる……いらつく野郎だな」
「今の兄上にはセーユイさんがいるじゃないですか」
「パートナーがいる事とモテてる事は別だろうがよ……ったく」
エイダンはそう言って後ろのセーユイの手を取る。
セーユイは突然手を取られたのに驚いたのは眼鏡の奥の目が見開いていた。
「俺達も踊ってくる。舞踏会で一度も踊らないなんてちょっとな。お前もちゃんとパートナーを取り返して踊れよー」
「はい、どうぞ楽しんできてください兄上」
「ばっか、仕事のついでだっつの」
そう言いながらも広場の中央に躍り出るエイダンとセーユイ。
予想とは違って、セーユイのほうが少しぎこちないステップを踏み、エイダンがしっかりとリードをしている。
普段世話係であるセーユイがしっかりしている使用人なだけにカナタにとっても意外な構図だった。
「ルイは……」
そして自分の世話係はというと、どうやらフロンティーヌとロザリンドの近くにいる事を命じられたのか、カナタに助けを求めるような目で遠くからこちらを見ている。
心の中で、頑張れ、とエールを送りながらその視線を無視して大広間の中央へと歩いていく。丁度、演奏の節目だ。
一曲踊り終わったルミナとメリーベルの近くまで歩いていくと、カナタはルミナに向かって手を差し伸べる。
「メリーベル様、そろそろ自分のパートナーをお返しして貰ってもよろしいですか?」
「あらぁ……? なぁんだ、この前と違ってちゃんと男らしい顔もできるのねぇ? ほらルミナ、パートナーが私からあなたを奪い返しに来たわよ。熱いわねぇ」
「え、え、えっと……!」
ルミナがカナタとメリーベルを交互に見ながら狼狽えていると、メリーベルはくすりと笑って握っていたルミナの手をカナタへと渡す。
「はいどうぞ、今は返してあげるわ」
「……ありがとうございます」
メリーベルはダンス終わりの一礼をすると、手をひらひらさせながらデナイアルとアクィラがいるほうへと戻っていく。
カナタとルミナがその背中を見送る中、次の音楽が奏でられ始めた。
「ルミナ様、踊って頂けますか?」
「はい、もちろんです」
カナタの誘いに、ルミナは表情を綻ばせながら差し出された手を取った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます