68.買い物はお静かに2

 大量の毛皮を買って公爵家に送った後、カナタ達が訪れたのは魔道具が並ぶ店だった。

 宝石からカナタも見た事ある防音の魔道具、杖などもある。

 店内は広いが商品を一定間隔で離していてまるで美術品の展覧会のようだ。

 商品も先程の店のように棚に置かれているのではなく、魔道具の一部らしきガラスの中に入っているため余計にそう見えてしまう。


「ふむ……魔道具では流石にさっきのようにはできんな」

「そうなんですか?」

「公爵家が魔道具を大量に買っていったなんて噂になってみろ……近々、戦でもあるなんて勘繰られるかもしれないだろ」

「そういうものですか」


 相変わらず貴族の事情は細かいというかなんというか。

 セルドラから聞かされて、カナタはうーんと考え込んでしまう。

 行動してどう影響を与えるかどうかを常に考えなければいけないのでややこしい。

 これも勉強の一環と考えよう、と未知の魔道具相手に上がりかけたテンションは見事相殺されていった。


「ふわぁ……!」


 その代わりに、今回はロノスティコがあちこちに商品を見に行って目を輝かせていた。

 ロノスティコは魔術への興味が強いのもあってか魔道具にも興味があるようで、さっきまで開きっぱなしだった本も今は閉じてわきに抱えている。


「これはクザルスの羽根ペン……。ピットル・ジョーニアの骨杖だ欲しいな……。あ、宝石食いの無駄蛙まで……! わー! こんなの誰が買うんだろう!」

「悪口言ってません?」

「えと……店員さんごめんなさい……」


 ちょこちょこと店内の商品を眺めては移動する姿は年相応に可愛らしいのだが……テンションが上がりに上がっているのかロノスティコらしからぬ発言まで飛び出してくる始末。

 ルミナは近くにいる苦笑い気味の店員さんに謝罪をする。


「すごい、スクロールもある……!」

「ああ、そういえば最近見たリストの中にあったな……」


 ロノスティコは一つのガラスケースの前で止まり、セルドラも覗き込む。

 中にはただの羊皮紙にしか見えない紙が一枚置かれているだけだった。


「スクロールって確か……術式の書かれた紙でしたっけ?」


 カナタが思い出しながら聞くと、ルミナは頷く。


「はい、魔力を注ぐと魔術を発動できる道具です。とても珍しいんですよ」

「へぇ、便利ですね」

「ただ、使うには通常よりも大量の魔力が必要なので使えるのは必然魔術師や高位の魔剣士に限られてしまいます。スクロールで発動する魔術は難しい挙動ができないですし、スクロールそのものが高価な上に使い捨てでして……それなら魔術師が普通に唱えたほうがいいという事で今ではほとんどコレクション用のような扱いになってしまっていますね」

「コレクション……」


 カナタは不意にガラスケースの中にあるスクロールの値段を見る。


「金貨、五、十枚……!?」


 そこに書かれている値段にカナタはつい計算してしまう。

 傭兵団の稼ぎ何回分だろうとつい指を何度も折り始めた。

 少なくとも、平民がただの平民の生活をしなくなってもいい値段である。


「この値段で魔術一つ使い捨てするだけとなると、いくらなんでも勿体ないですよね……これは白紙のスクロールですから、術式も自分で付与しないといけません」

「魔術一つで金貨五十枚は確かに……コレクション用になるわけですね……」

「はい、術式がないとただの羊皮紙にしか見えないので、模造品も多くあるんです。そんな事情もあってあまり好まれていませんね。これは……ちゃんと鑑定されているので本物のようですが」

「少し興味があったんですけど、流石に手が出ませんね」


 そう言って、カナタは次のケースの商品を見に行こうとする。

 セルドラだけがスクロールをじっと見たかと思うと、そのまま店員を呼ぶように手を挙げた。


「店主、このスクロールをくれ」

「え」

「え!?」

「え……」

「セルドラ様!?」


 セルドラの発言にカナタ達だけでなく、店主も驚いているようだった。

 くるりとセルドラはカナタのほうに指を差す。


「カナタ、お前には世話になったからな。礼だ、受け取れ」

「セルドラ様、流石に……」

「いいから受け取れ」

「金貨五十枚は受け取れないと言いますか……過分な頂き物です」

「ほう、公子からの贈り物を側近候補ごときが断るのか? お前は側近に相応しいかどうか試験の一環で今回送り込まれたのだろう……?

だというのに、まさか! 上の人間からの贈り物を! 礼だと言っているのに受け取らないぃ!? 生意気にも下の人間が上の人間に泥を塗るような非礼が許されると思っているとはなぁ! いつからそんなに偉くなったんだ!? ええ!? あーあ! 側近どころか側近候補に恥をかかされてしまうなー!」

「わかりました! わかりましたよ!!」


 睨まれながら詰め寄られ、人聞きの悪い事を言い始めたセルドラの勢いに押されてカナタは渋々首を縦に振ってしまう。

 どうやら遠慮も時には失礼になるようで、セルドラは容赦が無かった。


「いいか? 贈り物をやると言われたら、よろしいのですか、と聞いて、いい、と帰ってきたらありがとうございます、と二往復で終わらせろ。主従の信頼関係を疑われる前にな」

「わかりました……」

「お兄様! お礼というのなら私の予算からも出します!」

「僕も……」

「なんだなんだ! お前らまで!」


 あーだこーだと三兄弟がお金の配分を話し合い始めた所で店主がスクロールをガラスケースから取り出す。

 結局、一旦セルドラが払って後で二人もお金を出し合うという事で落ち着いた。

 店主からスクロールを受け取ったセルドラはそのままカナタに手渡す。


「ありがとう、ございます……」

「エイダンも欲しいものがあれば遠慮なく言え! 当然貴様にも礼をするからな! 金なら心配するな、兄弟全員で折半する事になったからな!」

「よ、よろしいんですか?」

「ああ! 今日の俺達は太っ腹だぞ! おっといつもだったか! はっはっは!」


 カナタは貰ったスクロールをぎゅっと握りしめる。

 他人からプレゼントを貰うなんてほとんど経験が無かったからか、その表情は隠し切れないほどの喜びに溢れていて口元がもにょもにょとにやけるのを我慢していた。


 魔道具店で買い物を終えた五人は今度は庶民街へと馬車を走らせた。

 結局エイダンは魔術学院で使う用にクザルスの羽根ペンを貰ったらしい。

 クザルスという魔物の羽根を使っており、使い手の魔力に反応して文字を書けるという便利なんだが便利じゃないんだがよくわからない羽根ペンである。


 馬車は進み、煌びやかで静かな貴族街から騒がしさと活気が目立つ庶民街へと入った。

 今日は大通りも比較的空いているが、貴族の馬車が通るとなると視線が集まる。


「……?」


 カナタは外の景色を眺めて、妙な感覚に襲われた。

 来るのが初めてのはずなのに、まるで初めて見た景色ではないかのような。


「カナタはこちらに来るのは初めてだろう。ディーラスコ家から貴族街を通ってきているからな」

「その……はずなんですが……」


 カナタは食い入るように窓から見える景色を見る。

 何故か、心がざわついた。外では町の住民達が暮らしているだけの平和な光景のはずなのに。


「なんというか……町に覚えがあるような……?」

「……? カナタさん、ここの町の出身だったんですか……?」

「初耳ですけれど……」

「いえ……孤児になる前の記憶は確かに曖昧ではあるんですけど……流石にこんな立派な町に住んでたはずはないので……。気のせいだとは、思うんですが……」


 カナタは妙な感覚を抱いたまま窓の外の景色に釘付けになる。

 それは町の景色が綺麗だとか住民の活気に感動しているとかではなく……何故か心の奥をかき混ぜられているような感覚で、吐き気を我慢するようにカナタは生唾を飲み込んだ。

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