69.傍観者は何もできない

「アクィラ様、ご報告が」

「なに?」


 アンドレイス家の来客用の居館パレスの最上階。

 第四王女メリーベルと同じく最上階に部屋を用意されている第七王子アクィラ・スカルタ・ノーヴァヤは気怠けだるそうにベッドに寝そべっていた。

 部屋に入ってきた護衛騎士はそんなアクィラの様子に驚く様子もなく、ベッドの横に跪いて兜をとる。まだ若く見える騎士で青い目の左側がぼんやりと光っていた。


「宮廷魔術師のデナイアル様がラジェストラ公爵に呼び出されました。メリーベル様もご一緒です」

「へぇ……」


 少し興味が湧いたのかアクィラはゆっくりとベッドから起き上がった。

 アクィラは王族ではあるが、継承権を放棄している上に後ろ盾も少ない。

 護衛騎士も幼い頃からアクィラと共にいる一人しかつけられていないくらいであり、王城内での価値は王族の中で一番下だ。

 突然隕石が降ってきて上の六人が同時にぽっくり死ぬくらいの事が起きなければ担ぎ上げられる事すらないくらい低い価値しかない。

 そして、アクィラ自身もそれはわかっていたが……それでも王族らしい野心はある。

 たとえば、同じく価値の低いはずのメリーベルの妙な動向を注視するために今回のパーティーに出席したくらいには。


「まぁ、狩猟大会の時の事でしょ……一応形だけでも話を聞くって事じゃない……? どうせ何もわからないだろうけど、釘を刺す意味でも呼んでおかないとね。

ああ、でも僕を呼んでないって事はデナイアルが王族の護衛じゃなくて姉さんの護衛だってのはちゃんと気付いたんだ……そこは流石だね」


 王城に所属する宮廷魔術師は王族の要請によって動くが……アクィラのような価値の低い王族の要請であれば必ずも従う必要はない。

 一見無礼にも見えるが、宮廷魔術師はそれほど王城内で高い価値を誇るのである。

 そんな宮廷魔術師が継承権の無い王族の要請に応える理由は……それ相応のメリットが宮廷魔術師側のほうにもある場合だ。


「やはりデナイアル様が何らかの妨害をしていたと?」

「そうじゃない? あんな場所で男爵とかの下級貴族が公子を狙うのがおかしかったし……姉さんに指示されてたんでしょ」

「公子を殺すとは穏やかではないですね……」

「いや、殺せとは言ってないんじゃないかな? 流石に殺しちゃうと問題が大きくなりすぎるもん……。

姉さんがこんな事する理由なんて"失伝刻印者ファトゥムホルダー"ぐらいしか思いつかないけど……ロノスティコを狙ったって事は公爵家の"失伝刻印者ファトゥムホルダー"が彼なのかな……? でも僕の予想ってあてにならないからな……ルミナさんかも?」

「セルドラ様の可能性は?」

「セルドラさんはもう魔術学院に入っちゃってるからね……彼が"失伝刻印者ファトゥムホルダー"ならもう保護されてるでしょ、学院には序列二位の魔術大好きお爺さんがいるからさ……」


 メリーベルが宮廷魔術師を釣って協力させる餌といえば"失伝刻印者ファトゥムホルダー"や"領域外の事象オーバーファイブ"絡みくらいしか思いつかない。

 どうやってメリーベルが今の公爵家の子供に"失伝刻印者ファトゥムホルダー"がいたと知れたのかまではわからないが、今までの行動から察するに狙いは間違いないだろう。

 アクィラは蚊帳の外に置かれながらも、王族であるという身内の視点から得られる情報と推測でメリーベルの目的をある程度見抜いていた。


「ではどうしましょう、この事を国王様には……」

「いや言ったら殺されるよ僕……姉さんが協力してるのってメレフィネスお姉様だもん……。僕が報告したなんてばれたら三日後には運悪く・・・事故死してるよ……」


 護衛騎士は第二王女の名前が挙がり、緊張でごくりと生唾を飲み込む。

 第二王女メレフィネスは今第一王子と血生臭い後継者争いをしている過激な女性だ。

 目を付けられないために継承権を放棄したというのに、自分から目を付けられるような事はアクィラはしようとは思えない。

 自分の命に価値がない今、迂闊な事はできないので傍観者になっているというのに。


「ラジェストラ公爵には悪いけど、自力で乗り切って貰わないとね……僕はたまたま居合わせて、事の顛末てんまつを証明するだけの証人になるのが限界だから……。

姉さんと公爵……どちらの手札が強いか見届よう……。もしかしたら公爵にも切り札があったりするかもしれないし……」

「切り札……あの少年ですか?」

「少年……? いやいや……」


 護衛騎士の問いにアクィラは吹き出すように笑う。


「あれはどう見ても使い捨ての囮でしょ……それか盾?」

「そうなのですか?」

「だって今まで婚約者と無縁だったルミナさんを急にエスコートする人だよ……? そんなの死んでもいい盾か、ちょっと珍しい事が出来る使い捨ての囮かのどちらかだよ……。

ルミナ様の婚約者候補みたいに見えて否が応でも注目されるし……公爵も自分の子の代わりにあの子に死んでほしいんじゃない? 確かカナタさん?」

「アクィラ様……」

「おっと、ごめんね……滅多なこと言うものじゃないね……」


 流石に言い過ぎた、とアクィラはこほんと小さく咳払いをする。

 後継者争いが加速する王城という殺伐とした環境にいたせいか、つい残酷な予想と言葉が出るのが癖になってしまっている。

 もっと大人しく、無価値で、気弱で、害のない男の子を普段から演じなければ、とアクィラは背中を丸めた。


「それにしても、姉さんの狙いは失伝刻印者ファトクムホルダーだろうけど……どうやって"失伝刻印者ファトゥムホルダー"を連れ出すんだろう……?」

「誘拐、でもする気では?」

「ここは公爵領だよ……? さらっても運んでいる内にすぐに見つかっちゃうだろうし……術式の摘出なんてすんごい時間がかかるし……。公子か公女の死体なんて出たら流石に他の宮廷魔術師の出番になっちゃうから姉さんも分が悪いだろうし……。

これだけどういう算段になっているか予想がつかないんだよなぁ……」


 アクィラは小さく首を傾げる。

 誰かに愛でられる事しか出来ない小動物である事をアピールするかのような仕草だった。


「デナイアル様の魔術で何とかするのでしょうか? 私は魔剣士なので、どれだけの事ができるのかわかりませんが」

「あはは、第四域なんて僕もわからないよ。デナイアルの魔術がそこまで万能だったら公爵に勝ち目はないかもね……ああ、もしかしたら、本当にもう負けてるのかも。わざわざ姉さんが連れ出した切り札だしね……」


 そんな恐ろしい事を呟いて、アクィラは公爵家の最悪の未来を見る。

 失伝魔術を盾に中立の立場を捨てさせられ、無理矢理争いに巻き込まれて使い潰される未来を。


「同じような切り札が公爵家にも無い限りはさ」

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