67.買い物はお静かに
「貴様らが何を言おうと、我々は一度はこうして出掛けねばならんのだよ」
がらがらと音を立てながら、五人を乗せた馬車は進む。
襲撃されて日も間もないというのに馬車は公爵家の家紋が刻まれているのを選び、御者席には世話係、馬車の周囲には数人の護衛騎士を堂々と引き連れて自ら高貴な人間がいる事を周りにアピールしているかのよう。
セルドラは巻いていた包帯を全て取っていて、化粧をする事で先日の負傷を隠していた。
馬車が揺れる音に混じって、無理矢理カナタ達を引っ張って外出する意図をそのまま話し続ける。
「あんなもの、我々にとっては大した出来事ではないのだと。予定を変える必要などないくらい日常茶飯事なのだと、町に出向いている貴族や襲撃に動揺して
貴族というのは見栄を張らなければいけないからな……とはいっても、流石に警備は増やしてものものしくなってしまうがな」
「面子、というやつですか」
「そうだ、カナタもわかってきたな。とはいえ、魔術をサボっていた俺が言っても説得力はないが……そういうものだと納得しておけ」
実際は今朝、ルイと話している時に改めて実感した事なのだがセルドラは感心しているようなので余計な事は言わない。やはりこの認識は共通らしい。
カナタは説明されながらもセルドラの様子を注意深く観察する。ロノスティコとは違って疲労ではなく悪意ある攻撃で傷だらけだったはずなのに、セルドラは痛みを表に出す事はせず平然としていた。
見栄ではなく精一杯の強がりと言い換えると、どこか微笑ましく感じるのは自分だけだろうかと余計な事を考えながら。
「ロノスティコ様はもう大丈夫なんですか?」
「うん……僕は走ってただけだし……」
ロノスティコもあんな事があったというのにその様子に変わりはない。
かすり傷などはまだ当然あるだろうが、普段のように本を読んでいる。
変わった事といえば、セルドラとの距離が元に戻った事だろうが。セルドラの両隣りはエイダンとロノスティコが座っているのだが、セルドラとロノスティコの間に狩猟大会の前の時のように険悪な雰囲気は一切ない。
「お前、馬車で本は酔うぞ?」
「大丈夫……」
「ふふ、ロノスティコは本当に本が好きですね」
カナタが公爵家に訪れる度に幾度どなく見た光景が戻っている。
狩猟大会の襲撃は確かに事件ではあったが、兄弟仲を元に戻すきっかけにはなったようだ。
「それで、何を買われるのですか?」
「別に何でもよい。さっきも言ったが出掛ける事自体が目的だ、パーティーに向けて公爵家が必要なものを揃えていないなんてあるはずがないだろ。てきとうに店に寄って買い物をしていけば問題ない。
だが……多くの人間の目に留まるように貴族街も庶民街もどちらも回りたい所だな」
セルドラの言葉に、カナタの隣に座るルミナがびくっと肩を震わせる。
「ルミナ様?」
「い、いえ……大丈夫です、皆さん一緒ですから」
カナタが心配そうに横を見るとルミナはにこりと笑顔を浮かべた。
無理をしているような顔だが、顔色が悪いというほどではない。
「ああ、ルミナは無理はしなくていいぞ」
「セルドラ様も多少はルミナ様を見習ってください……騒ぎにならないような買い物をお願いしますね」
「なんだ人聞きが悪いなエイダン、まるで俺が騒ぎになるような買い物をしているかのようではないか。俺とて理解している、今回は貴族共へお顔見せのようなものだからな。慎ましく店に寄る程度にするさ」
セルドラはエイダンの忠告をひらひらと手を振りながら答える。
エイダンは納得がいっていないように顔をしかめていた。
「兄上、セルドラ様がこう言っているのに何か不安が?」
「ああ、いいかカナタよく見ていろ……世の中には本当にこういう事する人達がいるんだって事をな」
「はぁ……?」
見ればロノスティコは呆れたように目を逸らし、ルミナは苦笑いを浮かべている。
一体どういう事かわかっていないのはこの中でカナタと……ある意味セルドラの二人だけだった。
「ここからここまで全部公爵家に送っておいてくれ」
「ほらそういうのですよおお!!」
アンドレイス領の町シェンヴェイラは主に貴族街、庶民街、そしてスラムと呼ばれる三つの区画に分かれている。
貴族街は領地を持たないアンドレイス家に仕える貴族が暮らしており、並んでいる店も貴族向けの高価な商品を取り扱っている区画だ。
どれも高級品であり、外に家を持つ貧乏貴族が泣く泣く買っていく値段の物も多い。
そんな中セルドラは
「あぁりがとうございまぁす!!」
「えっほえっほ」
「急げ急げ!」
「やっぱやめたとか言われる前に詰めろ詰めろ」
「はっはっは! 俺がそんな事を言うわけなかろう! 遠慮なく運ぶがいい!」
エイダンの叫びは当然無視。店の店長はそのまま床に頭を叩きつけるのではないかという勢いで頭を下げて、三つ子らしき店員は次々とセルドラが指示した棚の商品を運んでいく。
同じ店にいた貴族はその様子をぽかんと見ていた。そしてカナタ達もまた同じように。
「本当にこういう買い方する人いるんだ……!」
カナタはその様子を見て戦慄した。
子供の頃にする妄想のような買い方を目の前でされたからか、いつもよりも少しテンションが上がって目を輝かせている。
「セルドラお兄様はその……頻繁に買い物をするわけでもありませんし、むしろ普段は必要なものしか買わない方なんですが……発散する時は思い切りという主義でして、たまにこうして……」
「いっぱい買うんですよ……普段使わないからちゃんと予算的にはとんとんなんです……。こういう時はエイダンさんにお任せしましょう……」
「側近って大変だなぁ……」
「私達はしませんよ!」
セルドラの勢いある買い物を店に置かれた椅子で座って見守るカナタ達。
ルミナは少し恥ずかしそうに、ロノスティコは本を広げて終わるのを待っている。
「これもさっきも言っていた見栄ってやつ……なんですか?」
「いえあれはどちらかというと……」
「ストレス解消ですよ……何とも思ってないように見えて、セルドラお兄様もこの前の襲撃で少し精神にきていたのかもしれませんね……」
ロノスティコが静かにそう言って、カナタは横顔を覗き込む。
「…………なんです……?」
「……ロノスティコ様もストレス解消します?」
「僕はいいですから……みんなと出掛けられて、充分なってます……」
恥ずかしそうにそう言って、ロノスティコは本で顔を隠していた。
ルミナはそんなロノスティコを見て微笑ましそうに見守っている。
「ルミナ様も何か欲しいものがあったりはしないのですか?」
「私は普段から十分買って貰っていますから……強いて言うなら甘いものでも食べられたらなと思います」
「それではセルドラ様の買い物をゆっくり待ってから食べに行きましょうか」
「はい。普段町には出掛けないので、少し楽しみですね」
カナタが笑い掛けて、ルミナも微笑み返す。
セルドラが自由過ぎる買い物をしてエイダンが止めようとするが全く止められない光景を眺めながら、カナタ達はカナタ達でゆったりとした休日らしい時間を過ごす事が出来ていた。
「僕邪魔か……? けど……お兄様のほうに行くのもな……」
「ロノスティコ様、何か言いました?」
「な、なにも!」
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