66.毅然とした態度はどこへ

「兄上、セーユイさん」

「カナタか」


 カナタがダンスの練習のために部屋を出て廊下を歩いていると、ばったりエイダンと出会った。

 互いに後ろに連れている世話係が一礼する。ルイとセーユイは友人なので妙な感覚だろうが顔には出さない。


「お前もダンスのか?」

「はい、ルミナ様の足を踏んでしまうかと思うと恐くて……」

「俺もだ。踊るのはお前だけじゃないからな」


 カナタとエイダンは共に目的が同じと知って笑い合う。

 目的地が同じなのもあって自然と一緒に行く事にした。

 パーティー会場の設営のためか、城の中を歩く使用人の数は少ないのだが、その代わり警備の騎士の数が増えていた。

 恐らくは外を警備していた騎士達の何割かが中の警備に移されたのだろう。

 騎士達の間にはどこか緊張感が走っていて、領主一族の居城だというのに必要以上にものものしい。


「兄上は誰をエスコートするんですか?」

「後ろのセーユイだよ」

「あ、そうなんですね」


 歩きながらカナタが振り向くと、セーユイはぺこりと恐縮そうに会釈して眼鏡を元の位置に戻す。

 ルイは黙ってこそいたが、その事実に勢いよく横を向いて羨ましそうにしていた。

 世話係の身でありながら貴族のパーティーでエスコートされるなど本来なら有り得ない。


「俺はまだ婚約者もいないし、セーユイは爵位こそないがれっきとした貴族の家の出だからな……それに、俺達と一緒で会場で目を光らせられる人間が一人増える」

「セーユイさんもですか、こちらもルイを会場に入れます」

「ああ、父上から聞いているよ。この状況だ、騎士でなくても動きを見張れる人間はいればいるだけありがたい。エスコートはキーライさんにやらせるって父上が言っていた」

「げ」


 ルイはつい声を上げてしまうが、慌てて口を手で押さえる。

 カナタとエイダンは聞こえない振りをしてあげたが後ろではセーユイがルイに拳骨する音が聞こえた。

 とはいえ、ルイの気持ちもわからなくもない。二年前、自分を処刑しようとした副団長に今度はエスコートされるなど当時の記憶が悪い意味で蘇ってきそうだ。


「兄上って婚約者いないんですね」

「ああ、そっち方面の社交に気を回す余裕が無かったんだ」

「へぇ、なんでです?」

「お前が来たからだろうが!!」

「え?」


 突然怒りを露わにするエイダンにカナタはきょとんとする。


「お前に対抗して死ぬ気で勉強してたらそういう話に構ってる余裕が無かったんだよ! こちとら一時期、お前に次期当主の座を奪われるんじゃないかとひやひやしながら必死に机に食らいついてだなあ……!」

「いや、自分は養子じゃないですか」

「養子でも有り得るかって危機感覚えるほどお前は魔術の伸びが凄かったんだよ! 他の分野はほんとに大したことなかったから安心したけど!」

「正直文字とかシチュエーションごとの所作とか覚えるのに精一杯で……基礎教育は詰め込んだだけですからね」


 カナタは魔術を除けば要領がいいほうではない。

 どちらかといえば覚えがよくないほうであったし、引き取られた時には文字すら読めなかったのもあって基礎教育がかなり遅れた。それでも最低限の状態に仕上がったのはロザリンドの根気の賜物たまものであろう。

 しかし魔術だけは違った。魔術滓ラビッシュから術式の欠片を読み取れるという能力に加えて、興味がとにかく魔術に集中していたのでエイダンが危機感を覚えるほどの成長速度だったのだ。


「こっちの気も知らないで……兄としての威厳もあるしだな……」

「えっと、ちゃんと兄上は尊敬していますよ?」

「嘘じゃないのがたち悪いな……」


 練習用のホールに向けて二人は歩く。

 騎士達の姿すら少なくなり始めると、エイダンは少しカナタのほうに寄って……そのまま小声で話し始めた。


「ラジェストラ様の魔術が乗っ取られたという話は聞いているな」


 カナタは小さく頷く。


「それも、使い手であるラジェストラ様がその乗っ取りにすら気付けなかったという話だ……そんな離れ業ができる魔術師は限られる」

「つまり……」

「おっと、口に出すなよ。今のあいつはあくまで王族の護衛なんだからな」

「はい」


 兄弟が仲睦まじく歩いているようで、実際は側近と側近候補としての会話。

 一歩後ろを歩く二人の世話係……ルイとセーユイもその話には何も反応しない。

 彼女達はこの話を聞いていない、という事にする。


「ともかく一番怪しいのは奴だ。俺達であいつらの動きは注意を払わないといけない。もしかしたらパーティーの前に仕掛けてくる可能性だってある」

「それでは、パーティーまで御三方には城内で過ごして貰うのがいいですね……直接町に行ったら狙われる可能性も高くなりますし」

「ああ……それは御三方もわかっているはずだ、滅多な行動はしないだろうよ……。万が一、町に行こうと言いだされたその時は俺達で説得する。毅然とした態度で臨めよ」

「はい兄上」


 横を見れば頼もしい兄の顔。

 カナタより先んじて側近として動いているエイダンにはやはり学ぶところも多い。

 エイダンの確固たる思いにカナタも気が引き締まった。

 









「エイダン! カナタ! ここにいたか!」


 しばらくして、カナタとエイダンがステップの確認などを行っていると練習用ホールの扉は勢いよく開く。

 そこにはまだ包帯を巻きながらも元気そうなセルドラが堂々と立っていた。

 その後ろではルミナとロノスティコが小さく手を振っている。


「全員で町に繰り出すぞ! パーティーの前とあらば追加で欲しいものもあろう!」

「…………承知致しました……」

「あれ!?」


 さっきのエイダンの頼もしさは一体どこに行ったのか。

 セルドラの魔術について報告した負い目がまだあるのか、エイダンはセルドラの提案に全く強く出る事ができなかった。毅然とした態度とは一体と思いながらも、側近候補であるカナタにも拒否権は無かった。

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